第73話 目撃情報
いつものように宿で朝飯を食べてからセレナと二人でギルドへと向かう。ブラスカに来てからずっと同じ宿を使っているのだが、どうやらあそこは当たりだったようだ。部屋の清潔感もさることながら、何より食事が美味しい。宿を評価する上で最も重要な要素の一つと言える。
さて、ミラはもう来ているだろうか。昨日は結構遅くなってから解散したからまだ来ていないかも。そんな事を考えながら、まるで人の気配のしない冒険者ギルドの扉を開けると、その先にいたのは意外な人物だった。
「おはよう♡」
「レクサスさん!? お、おはようございます!」
セレナも予想をしていなかったのか、戸惑いながら挨拶をする。ブラスカに来た初日以外は全くギルドで姿を見なかったというのに、こんな朝早くからギルドに来ているとは……何もないなんてことは絶対にありえない。
「……珍しいな。あんたがこんな早い時間にギルドに来るなんてよ」
「これでも冒険者クランのトップなのよ? どんなクエストがあるのかとか、美味しそうな新人ちゃんがいないかとか、そういうのを調査するのもアタシの仕事よ」
それが方便である事は分かってる。なぜならその仕事をするのは、
「そりゃご苦労さんだな。精々身を粉にして働いてくれ」
「んもう! 本当にいけずねぇ! 偶にはママとコミュニケーションを図ろうとは思わないのぉ?」
「そんな無駄な時間を過ごすくらいなら、もっと有意義に時間を使いたいところだ」
「はぁ……この子の反抗期はまだまだ続きそうねぇ」
レクサスが肩をすくめながらため息を吐いた。ふん……茶番はこんなものでいいだろう。
「それで? 用はなんだ?」
「だかさっきからら言ってるじゃないの。可愛い息子との絆を深めようと思っただけだって。……まぁ、そのついでに世間話でもしたいなって思ってはいるけどねぇ」
レクサスの口調は穏やかそのものだったが、その目は違っていた。
「面白い世間話だったら是非聞きたいところだな」
「残念ながら退屈な話になると思うわ。世間話というのは総じてそういうものなんだから」
「そうとも限りねぇだろ? 他愛のない話でも意外と興味を惹かれる事があるしな」
「それもそうね」
とりあえず前振りの段階は終了した。ここから本題に入っていく。
「他のところに出かけていた
「……へぇ」
あえて素っ気ない返事をしたが、頭の中では様々な考えがよぎる。そんな物騒な得物を使う人物に心当たりなど一人しかいない。セレナを付け狙う裏ギルドのSランク執行者、"死神"ディアブロ・ブラックバーンその人だ。てっきりこの町か隣町であるギンサスで俺達を張ってると思ったがどうやらそうではなかったらしい。
「レオンさん、それって……」
「あぁ。お前にご執心の迷惑なファンの事だな。出来るだけ会いたくねぇ相手だ」
俺が軽い口調で言うとセレナが難しい顔をする。
「そんな顔する必要ねぇだろ。居場所が分かったのはありがたいし、見当違いの町にいたんだからなおさらだ」
「そう……ですね」
離れた町とは言い難いが、アオイワから南下してくれたのはいい傾向だ。そのまま更に南に行ってくれれば、俺達を見失ってくれる可能性も出てくる。あくまで希望的観測にすぎないが。
「まぁそれでもああいう輩からはなるべく距離を取っていた方がいいだろうな。二三日の間にこの町から離れるか」
「急ですけど仕方がないですね。レクサスさんを含め、この町の人にご迷惑をかけたくないので」
「あらぁ、アタシ達の事なんて気にしなくていいのに。でもまっ、嬉しいわ。ありがとうセレナ♡ それで? どこへ向かつもりなの?」
「選択肢なんかねぇな。南は論外だし、東に向かってアオイワに戻るのは嫌だし、魔族領がもう目と鼻の先だから西に行くわけにもいかねぇし」
「という事は、北のダコダに向かうわけね? でも、あそこは……」
「ダコダ同士でもめてんだろ? 知ってるよ」
それに関してはダコダに拠点を置く巨大商会、クルーズ商会の一人娘であるフィット・クローズから聞いている。そういえばダコダに行けばあの女と会う可能性があるのか。十二分に注意しなければならない。まぁ、あのフィットが新たに護衛の冒険者を雇い、無事に町へと帰る事が出来ていればの話だが。
「仮に町がごたついてても流れ者の俺達が被害を被る事なんて殆どないだろ」
「……まぁ、そうね」
「それにセレナと二人で俺達の旅の目的は美味いもんを食べる事だって決めたんだ。それならあの町は外せねぇよ」
「それは間違いないわぁ。ダコダは最大の港町だから、あそこの海鮮は絶品ね」
「海鮮ですか!? 私、貝が大好物なんです!」
「あの町の貝は他とは一味も二味も違うから、思わず舌が蕩けちゃう貝料理を食べられると思うわよ?」
「わぁ……!!」
レクサスの話を聞いたセレナが目をキラキラと輝かせた。この反応を見てしまったのであれば、やはりダコダに行くという選択肢以外にありえない。
「決まりだな。なら今日はそのための準備に当てた方がよさそうだ」
「ちゃんと挨拶しておきなさいよ? あんたは何も言わずにどっか行っちゃう節があるんだから。まぁ、その点はセレナがいれば大丈夫だと思うけど」
「わーってるよ」
まずはミラに言わないといけないな。その後はヴィッツとエブリイ、ノートにも声をかけておくか。あぁ、グロリアにも言っておかないと次に会った時が恐ろしい。
「面白い世間話だった。感謝するぜレクサス」
「アタシの話がつまらないわけないでしょ」
そう言うと、小さく笑いながらレクサスが出口に向かって歩き出した。だが、ギルドを出る直前で立ち止まる。
「……あ、そうそう。もう一つ世間話があったんだったわ。みんな大好き勇者様が'烈火'のダンタリオンの討伐に乗り出したそうよ」
ドクン。一瞬、心臓が俺の体から突き抜けようとした。
セレナがはっとした表情で俺の方を見る。それには反応せずに、俺はゆっくりと振り返った。
「……それはつまらねぇ方の世間話だな。聞くだけ時間の無駄だ」
「あらそうだったのね。てっきり一番興味ある話題かと思ったわ」
さらりと言ってのけると、軽やかな足取りでレクサスはギルドから去っていった。
「レオンさん……?」
気遣うような声でセレナが俺の顔を覗き込んでくる。たくっ、レクサスの奴め……。気遣いの化身であるセレナの前で余計な事を言いやがって。
「ミラの奴、遅ぇな。あいつにはちゃんと話しといたほうがいいだろ」
「はい……」
セレナの考えている事が手に取るようにわかった。だが、それに関して触れる事はない。セドリック達が魔王軍四天王の一角である'烈火'のダンタリオンを倒しに行こうが、俺には関係のない話だ。なぜなら俺はもう勇者パーティの一員ではないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます