第72話 深まる仲
「……右から来るぞ」
「わかったです!」
俺の言葉を聞いてミラが素早い反応を見せる。襲い掛かってきた魔物を上手く躱し、自分の攻撃を叩きこんだ。
「グゲッ!」
ミラの硬鞭により強打されたゴブリンがその場で倒れるが、仕留めるまでには至らなかった。やはり駄目か。決して悪い動きでは無かったのだが。
ミラをいっぱしの冒険者として鍛え上げると宣言してから早二週間が経過した。一日みっちり修練場で体を鍛え、翌日はクエストをこなすというサイクルを回しており、今日はクエストの日という事でセレナを含む三人でゴブリン討伐に赴いていた。
実際に魔物と対峙してミラが抱える問題が浮き彫りになる。いや、何となくは分かっていた事ではあるのだが、明らかに決定力が足りていない。それもそのはず、彼女が使っている硬鞭は本来馬などを調教する時に使われるものだ。当然殺傷力があるわけもなく、お世辞にも魔物を倒すのに適しているとは言い難い。とはいえ、小さい頃から慣れ親しんだ武器だと言われてしまえば、他の武器を使えとも言いづらい。
「次も来てるぜ」
「見えてるです!」
倒れているゴブリンからすぐさま、次のゴブリンへと意識を切り替えた。最初に比べれば格段に進化している。それだけに惜しい。二匹目のゴブリンに放った攻撃もクリティカルヒットしているというのに戦闘不能にするには至らなかった。
「ゴブリン相手ならかなり余裕が出てきたな。まぁ、それでも倒す術がないのは変わらないが。セレナ」
「はい」
俺の隣で一緒にミラの戦いを見ていたセレナが静かに矢を放つ。それは的確にゴブリン達の急所を射抜きその命を奪った。それを確認したミラが何とも言えない表情で硬鞭をローブの中に戻す。
「お疲れさん。大分冒険者っぽくなってきたんじゃねぇか?」
「……それでもまだ自分だけの力で魔物を倒せてないです。補助魔法も攻撃魔法も使えないミラが冒険者として生きていくには、この手で魔物を倒すしかないのに」
下を向きながら言うその小さな頭に、俺はそっと手を乗せた。
「例えそうだとしても、この短期間で役立たずで足手まといの冒険者から、それなりに動ける冒険者になったのは事実だ」
「…………」
「自覚はねぇが、俺のメニューは結構きついらしいぞ? それに弱音も吐かずついて来てるんだ、もっと自信を持て」
そのままガシガシとミラの頭を乱暴になでる。少しの間なされるままだったミラだが、俺の手を払いのける様に頭を振り、俺を見上げた。
「ミラは強くなってるです……?」
「もちろんですよ。ミラさんはびっくりするくらい強くなってます」
俺が答える前にセレナが笑いながら言った。それを聞いたミラが僅かに口角をあげるのを見て、俺も小さく笑った。
「とりあえずさっさとゴブリンの核を集めてブラスカに帰るぞ。腹減った」
「はい! 私もお腹ペコペコです!」
「……ミラは肉を食べるです」
セレナはにっこり笑うと、そそくさとゴブリンの解体作業を行い、ミラもそれに続く。誰とでもすぐに仲良くなれるセレナの特殊能力に、一日の殆どを共に過ごしている事もあって二人の仲は相当深まっていた。こう見ると姉妹のようだ。俺ですら微笑ましく思ってしまうほどにな。
依頼に出されていた数を優に超えるゴブリンの核を持ち、ブラスカの町に帰ってきた。足早にギルドへと戻り、グロリアに適当な報告と依頼品を押し付けさっさと食べ物屋へと足を運ぶ。出会った当初は変に遠慮をして食事を共にしようとしなかったミラだが、いつの間にやら一緒に食べるようになっていた。
「俺はビールとスプリングバードの串焼きで」
「私はボロネーゼをください」
「ミラはワイルドボアのステーキとドッグスオックスのハンバーグ、それとビッグポークの照り焼きを食べるです」
「……肉ばっかだな、おい」
もはや行きつけとなったグロリアに教えてもらった店の店員に注文を頼む。食事を一緒に取るようになって知ったのだが、十六歳とは思えないほどに体の小さいミラだが、その食欲は食べ盛りの男子も目を丸くするほどだった。比較的小食な俺はミラが頼んだ料理を見るだけで正直胃がもたれそうだ。ちなみにマルファスは指輪の中でぐっすりおねんねしてる。うるさいから本当にありがたいよ。
「それにしてもよく食うよな、お前」
「……レディにそれは禁句だ、です」
運ばれてきた串焼きを頬張りながら言うと、ミラが僅かに顔をしかめた。
「レディって年齢でもねぇだろ」
「その発言は世の女性を敵に回しますよレオンさん?」
「若いって意味合いで使ってるから問題なくねぇか?」
「だから敵に回すで済んでるんです。もし老いたという意味で使ったら『敵に回す』じゃなくて『消される』と言いますので」
セレナの笑顔に思わず戦慄する。時々この聖女様からは"
「レオンはもっと女心を学ぶべきだと思うです」
「それに関してはミラさんに激しく同意します」
「学べるものなら学びてぇな。そうすりゃミラもセレナも適当にあしらえるからよ」
「……その発言を女の子の前でする時点で落第点ですね」
ビールを飲みながら軽い口調で言ったらセレナにジト目を向けられた。奇怪不可解女心なり。
「アリアさんやシルビアさんからは注意されなかったんですか?」
「あー……シルビアからは口うるさく言われたな。アリアはその光景を見ていつも苦笑してた」
「アリアさんからは諦められていたのですね」
すごい失礼な事を言われている気がする。別に諦められていたわけじゃないぞ。いつだってアリアは『まぁ、レオン君だからね……』って困ったように笑っていただけだ。……あれ? これは諦められていないか?
「アリア……シルビア……。レオンが元居た勇者パーティの仲間です?」
「まぁ……そうだな」
「どんな人達だったです?」
「ん? どんな人って聞かれても……」
ミラの質問に思わず言葉が詰まる。そんな質問を今までされた事がなかったからなんて答えればいいのか迷ってしまった。
「アリアはあれだ。セレナとは違うタイプのセレナと同じタイプの奴だった」
「……言ってる意味がわからないです」
「すいません。私も理解できませんでした」
いや、俺も自分で言ってて『何言ってんだこいつ?』と思わないでもないが、これが一番正しい言い回しだからしょうがない。
「底抜けにお人好しのセレナは困ってる奴を見たら何も考えずに助けようとするが、アリアは緻密に計算立ててから助けようとする。結果を見れば救いになるわけでセレナと同じと言えるけど、そのプロセスが全く違うって話だ」
「……なるほどです。なんとなく理解したです」
「え? ミラさんは今の説明で分かったのですか? 私は全然ピンときません」
まぁ、本人はそうだろうな。だが、ミラには伝わったようだし、的を射ているとは思う。
「シルビアは……うーん……一言で言えば頭でっかちの勝気な女だな。自分に絶対の自信を持っていて、いつだって上から目線で物を言ってたな。その自信が事実なだけになお
「確か魔法職としては破格の"大賢者"のジョブを持つ方ですよね?」
「ああ。四属性の最上級魔法を呼吸をするように軽々扱う魔法の天才だったな。だが、性格は俺ととことん合わなかった。口喧嘩していた思い出しかねぇ」
「……きっとレオンさんの厄介な性格に苦労していたんですね」
「同情するです」
「おい」
どうにも俺が悪いように聞こえて気に入らない。セレナだって直接会えばあいつの性格の悪さを嫌というほど思い知るはずだ。……まぁ、そんな機会は一生訪れないだろうが。
「――勇者はどんな人だったです?」
ミラの何気ない問いかけに、セレナの手がピタリと止まる。……そう言えばレクサスから色々と聞いたんだったか?
「あいつはジョブに違わない奴だったよ。勇者の様に弱き者を助け、勇者の様に悪を挫く……まさに物語の主人公ってやつだ」
「…………」
俺の言葉を聞いたセレナが何も言わずにフォークで自分のパスタを突っつく。……まったく。変に気を使いやがって。
「やっぱり強かったです?」
「もちろん、強かったぞ。Sランクの魔物相手にも単独で立ち向かえるほどだ。あいつもセレナと同じで聖魔法を使うんだが、セレナと違って魔を滅する攻撃的な聖魔法のスペシャリストだった。その代わりに、これもセレナと違って味方を癒したりサポートしたりはからきしだったけどな。まぁ、その辺はアリアの領分だったから問題なかったが」
「ほえー……流石はあの魔王軍四天王の一人を打ち破っただけの事はあるです」
流石にそれは知ってたいたか。まぁ、喧伝を兼ねて国が大大的に発表していたから当然か。
「もちろん、四天王を倒した時はレオンもパーティにいたです?」
「……ああ」
そうするつもりなんて全くなかったのに、体が勝手にミラから視線を背ける。それで何かを察したのか、ミラの質問はそこで止まった。
「……お皿空いてますよ? 追加で何か頼みますか?」
「ん? ああ、じゃあギンナン二本追加で」
「ミラはお肉ごろごろシチューとオークジャーキー、それと唐揚げを追加するです」
「……そのうちお前の血液が肉汁になりそうだな、おい」
ミラの偏食ぶりに思わず顔を引きつらせる。セレナが楽しげに笑いながら店員を呼んだ。……またセレナに気を使わせてしまった。俺達が'絶氷'のベリアルとやり合った時の事は知らないはずなのに。その事はいずれ機会を見て話をした方がよさそうだ。
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