第71話 スパルタ
翌日、早朝に冒険者ギルドへ行くと、入り口前でミラが待っていた。結構早い時間だからまだ来ていないと思ったが、予想以上に真面目な子らしい。
「おはよう。早いな」
「おはようございます、ミラさん」
「おはようです」
朝の挨拶もそこそこにギルドの中へと入っていく。当然、この時間帯に依頼を探しに来る殊勝な冒険者は殆どいない。
「今日はどんな依頼を受けるです?」
「いや、今日は昨日の報酬を受け取るだけで、依頼を受け取るつもりはねぇ」
「え?」
ミラが振り返り俺の顔を凝視した。そんなミラにセレナが優しく話しかける。
「昨日、レオンさんと話し合ったんですよ。安全にクエストをこなすためにもう少し鍛える事にしようって」
「…………」
セレナがぼかして言ったが、その意味を正しく理解したミラは表情を暗くした。そんなミラを見て、俺は呆れたようにため息を吐く。
「何落ち込んでんだよ」
「……ミラが全然駄目だからそんな事をするです。ミラだってそれくらいはわかるです」
「そうだな、足手まといだな」
「レオンさん!」
セレナが非難するような声をあげたが、俺は無視をした。
「俺とセレナに比べてお前は何もかもが足りていない。冒険者の動きがまるでできてないのは、お前が一番わかってんだろ?」
「…………」
「なら同じくらい動けるようになればいいじゃねぇか」
「…………え?」
俺に残酷な事実を突きつけられ下を向いていたミラがゆっくりと顔をあげる。こういうのは俺の柄ではないんだが、セレナに頼まれてしまったから仕方がない。
「……まぁ、そのためには相当きついメニューをこなす必要があるわけだが?」
挑発する様な視線を向けると、ミラはまっすぐに俺を見返してきた。
「……ミラはやるです。足手まといはいやです」
「お前は体力も動きも全然だからな。血反吐を吐く思いをするかもしれねぇが、それでもいいのか?」
「やるといったらやるです!」
ミラが力強く答える。どうやらやる気はあるみたいだ。さてさて、このやる気がどこまで続くのか見物だな。
「……それで朝からずっと走らされてんのか、あいつ」
十時ごろになってギルドにやって来たノートに事情を聞かれたので話すと、汗だくのローブ姿で修練場を走っているミラを気の毒そうに見ながら言った。
「どれくらい走ってんだ?」
「三時間くらいだな。別に常識はずれな時間じゃねぇだろ?」
「それはまぁそうなんだが……」
魔物に追われて何時間も逃げ回る可能性だって冒険者にはある。危険もなく足場の悪い道でもないこの場所で、そのくらいの時間走るのは準備運動と言っても差し支えないレベルだ。
「にしたってあれは見てると可哀そうになってくるぞ? 殆ど歩くのと同じくらいの速度じゃねぇか」
「それだけ基礎体力が足りないって話だ」
「はぁ……相変わらずの鬼コーチだな。……で? セレナはまぁ分かるが、なんだってヴィッツとエブリイも一緒になって走ってんだ?」
「お前と同じようにミラの話をしたら『俺も走るぜ師匠!』ってヴィッツは勝手に走り出したから、ついでにエブリイにも走れって言った。あいつも体力ない方だしな」
「なるほど。だから、エブリイは恨みがましい目でヴィッツを見ながら走ってんのか」
ノートが苦笑いを浮かべる。エブリイは魔法を使う遠距離型だから、体を鍛えるのを疎かにしがちなんだよな。それはよくない。追いつめられた時重要になるのは自分の肉体だ。
「それにしても、あれが話題の
「ノートもミラを知ってたのか」
「酒の肴に人気なんだよ。最近この町にやって来た美少女が、色んな冒険者パーティに潜り込んじゃ足を引っ張るだけのパーティ荒らしだってな」
大抵の噂は大層な作り話であったり話が盛られていたりするのだが、それに関しては殆ど事実だから何とも言えない。
「確かにあの走り方を見る限り、足を引っ張る姿は容易に想像できるけどよ。それでもあれだけ必死な姿を見せられたら思うところがあるな。久しぶりに俺も自分の体を苛め抜くかな?」
「一緒に走るか?」
「それで強くなるなら喜んで走るぜ」
俺の軽口にノートが肩をすくめて答える。ノートはCランク冒険者だ。流石に基礎体力の向上をメインに据える段階は過ぎている。
「じゃあ俺はきつめのクエストでも受けてくるわ。若手のしごきもそこそこにな」
そう言うと、ノートは軽く手を振りながら建物の中に入っていった。それと入れ替わるように少し息の上がったセレナが俺に走り寄ってくる。
「レオンさん。ミラさんがそろそろ限界そうです」
「だな。ミラ!」
名前を呼ぶと、ミラがフラフラな足取りでこちらに近づいてきた。
「…………」
呼ばれた理由を聞こうとしているのだが、疲れすぎて声が出ていない。
「結構走ったから少し休憩するぞ」
「…………ぃ」
俺の言葉を聞きホッとした表情を浮かべるや否や、地面に倒れ込んだ。中々根性があるじゃないか。
「"
すぐさまセレナが聖魔法をミラにかける。この魔法は傷ではなく疲労を癒す魔法だ。疲れ切っているミラには今一番ありがたい魔法と言える。程なくしてミラの寝息が聞こえてきた。どうやらとうの昔に限界を迎えていたようだ。
「文句ひとつ言わずに走り続けるとは意外だったな」
「はい。ミラさんはすごい頑張り屋さんです」
慈しむようにミラを見ながらセレナが言った。性格的に苦言を呈する事はないと思っていたが、もう無理だと早い段階で走るのを止めるものだと思っていた。だが、蓋を開けてみればこちらが止めるまで彼女は走り続けていた。これは俺の想定を遥かに超えている。
「本当、よくわからねぇ奴だな」
「でも、嫌いじゃないですよね?」
「……根性ある奴を嫌いな奴はいねぇだろ」
どうにもセレナが俺の事を理解しすぎでやりづらい。まぁ、それだけ仲が深まったという事にしよう。
「師匠ー!!」
「レ、レオンさ~ん……」
ミラと一緒に走っていたヴィッツとエブリイがこちらに近づいてきた。ん? どうしたんだ?
「もうランニングは……終わりでいいよねぇ……?」
「なんだ? お前らも限界か?」
「ず、ずっと走ってるんだよ……? 限界に決まって……」
「何言ってんだよ! まだまだ余裕に決まってんだろ!!」
へとへとな様子のエブリイの言葉をかき消す様にヴィッツが元気よく言った。エブリイが信じられない速さでヴィッツの顔を見る。
「そうかそうか。なら自分の限界を探して来い」
「分かったぜ! いくぞ、エブリイ!!」
「…………」
威勢よく走り去っていったヴィッツの背中を、エブリイが絶望に染まった表情で見た。そのまま何かを期待するように俺に視線を向けたエブリイに、俺は晴れやかな笑みを向ける。それで全てを察したエブリイは泣きそうな顔でヴィッツを追って走っていった。
「……最近気づいたんですけど、レオンさんって結構サディスティックですよね」
「何言ってんだ。あいつらの将来を思っての事じゃねぇか」
冒険者にとって体力は最も重要なステータスの一つである事は間違いない。エブリイよ、体力自慢の魔法使いになるのだ。
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