第70話 誘った理由
あれからしばらくの間ホーンラビットの狩りを続けて分かった事がある。それはミラ・ホワイトフィールドは冒険者にはまったく向いていないという事だ。戦闘力、身体機能、サバイバル技能、全てにおいて一般人と変わらないほどで、正直どうして冒険者になろうと思ったのか分からないレベルだった。お荷物を抱えてやっていけるほど、冒険者は甘くはない。自分達の命を大事に思えば、彼女をパーティから外すのも理解ができる。
「おかえり。どうだった?」
日が沈んだ頃に戻って来た俺達に気付いたグロリアがカウンターに頬杖をつきながら尋ねてきた。もちろん、これはクエストの出来を聞いているわけではなく、共にクエストをこなした噂の少女に関してだ。俺は小さく肩をすくめる。
「……期待以上だった」
「そう、それは良かったわね」
俺の皮肉を正確に捉えたグロリアがにっこりと笑う。俺達が何の話をしているのか分からないミラは首を傾げ、セレナは苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、クエストの結果を聞こうかしら? ホーンラビットの角の納品ね」
「はい! ……って、ここに出していいんですか? 素材の引き取りカウンターじゃなくて?」
「今回は納品対象がそんなに大きなものじゃないからね。報酬を決めたり、ギルドカードに成果を記録したりするために、わざわざ引き取りカウンターまで足を運ぶのは億劫なのよ。だから、ここに出しちゃって」
「わかりました!」
「いや、ちょっと」
慌てて制止しようとした俺だったが間に合わず、元気よく返事をしたセレナが自分のマジックバックをカウンターの上にひっくり返す。ドドド……。最初は笑顔で鞄から出てくる角を見ていたグロリアだったが、留まる事の知らない角の大波に、その笑顔が徐々に引き攣っていった。
「……と、これで終わりです!」
カウンターに乗りきらず、床にすら角の小山を築いた光景を、ギルドにいる冒険者達が呆気にとられた表情で見つめる中、セレナが満面の笑みで言う。あーあ。だから止めようとしたというのに。
「数えるのが大変そうだな、おい」
「……なに? ホーンラビットを絶滅させようとしてるの?」
「一応俺の方にホーンラビットの核が入ってるが、出すか?」
「依頼された品以外はランクアップの評価対象外だから必要ないわ。だから、出したらダインスレイブをお見舞いするわよ」
素敵な笑顔だが、その目はまったく笑っていなかった。おそらく、冗談ではなく大量の核を出した瞬間あの大斧で叩き切られるだろう。
「はぁ……三人でこの数は相当ね」
「三人じゃないです。ミラは倒せなかったです」
「え?」
「そうだな。今回俺は手を出してないし、ミラはホーンラビットの素早さについていけなかったから、こいつらを倒したのはセレナだけだな」
「……はぁ?」
言ってる事が理解できない、という思いがグロリアの顔から容易に見てとれた。いや、うん、まぁ……うん。初Eランク依頼という事で気合が入ってしまったんだろうな。ミラの実力が測れた後は、俺がホーンラビットの気配を感じ取った瞬間、追尾矢で速殺していったからな。
「セレナは本当にすごいです。ミラも見習うです」
「…………そうね。見習えるものなのかは甚だ疑問だけど」
カウンターの上に積まれたホーンラビットの角を掴み、呆れたように放り投げながらグロリアが言った。
「この量を数えるのはかなり時間がかかるから、一日預かってから明日報告させてもらうわ。これは徹夜確定ね」
「ご、ごめんなさい」
「セレナが謝る事はないわ。ホーンラビットの角は武具の素材だったり、薬の材料だったり、色々と使い道があるからこれだけ集めてもらったのなら、感謝こそすれ責める理由なんてこれっぽっちもないわよ。……まぁ、強いて文句を言うのであれば、限度を教えずに静観していたお目付け役に対してね」
グロリアからぎろりと睨まれ、視線を逸らしつつなんとなく居たたまれない気持ちになる。別に俺は悪くないだろ。個数を指定しないギルドが悪い。と、思いつつも、姉のような立場であるグロリアにそれを言う勇気は俺にはない。
とりあえずギルドへの報告も終わったという事で、他の冒険者達から注目を浴びているという事もあって、俺達はそそくさとギルドから出ていった。
「さて、と。いい時間になったわけだが……」
「私達はこれからご飯を食べますけど、ミラさんはどうしますか?」
俺が意味ありげな視線を向けると、瞬時にその真意を察したセレナが優しく問いかける。
「っ!? ミラは……!」
何かを言おうとしたミラだったが、口をパクパク動かしただけで何も言わずに俯いた。
「……ミラは自分の宿に帰るです」
「そう、ですか……」
少し態度がおかしいのを感じたが、あえてセレナは言及しなかった。大なり小なり人は何かしら抱えているものだ。それを聞こうとするのは必ずしも美徳とは言えない。
「で、でも……役立たずのミラにこんなに優しく接してくれたのはレオンとセレナの二人だけです……。だから感謝してるです……!」
「別に俺は優しくしたつもりはねぇけど」
「レオンさん」
小声でそう言うと、セレナから厳しい声で窘められる。
「だから……もしよかったら次もミラと一緒に冒険して欲しいです!」
どこか縋るような声でミラが言った。その目を見つめながらセレナが柔らかく微笑む。
「……もちろんです。明日の朝、ギルドでお待ちしています」
「あ、ありがとうです。……それではまた明日です」
ひょこりと頭を下げると、ミラはブラスカの町へと消えていった。しばらくその背を見つめていたセレナが笑顔で俺の方に顔を向けてくる。
「それじゃ、私達も行きましょうか!」
「そうだな」
ミラ・ホワイトフィールド。なんとも掴みどころのない少女だった。冒険者としての資質に疑わしいところはあるが、反抗的な態度をとるわけでもないので明日以降クエストを共に行っても問題はないだろう。……まぁ、気になるところは多々あるのだが。
「……どうして私があの子を誘ったのか聞かないんですね」
特に会話もなく歩いていたら、セレナが呟くように言った。
「聞いたら教えてくれるのか?」
「教えますよ。別に変な理由じゃありませんしね」
「じゃあ……なんでだ?」
視線だけ向けながら尋ねると、セレナが少しだけ遠い目をしながら口角をあげた。
「なんだか似てたんですよね。お仲間からひどい言葉を投げられている時のあの子の瞳が」
「似てたって誰に?」
「出会った頃のレオンさんにですよ」
予想外の答えに思わず目をぱちくりさせる。それを見たセレナが楽しげに笑った。
「だから放って置けなかったんです。何も分からないから一緒にクエストを受けよう、って誘う事しかできなかったんですけどね」
「……出会った頃の俺は放って置けないようなしょぼくれた奴にセレナには映っていたのか」
「捨てられた子犬のような目をしていましたよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら言うセレナから顔をしかめてそっぽを向く。子犬という点は激しく抗議したいところではあるが、捨てられたというのは間違ってもいないので反論する事も出来ない。
「……腹減ってんだからさっさと飯屋に行くぞ」
「はい」
くすりと笑うセレナを無視してずかずかと歩きだした。なんだか最近、セレナがレクサスやグロリアの影響を受けて俺に対して遠慮が無くなってきている気がする。別にそれはいい事ではあるのだが、セレナがあの二人みたいになるのは正直勘弁して欲しい。
『……自分ら、完全に儂ん事忘れとるやろ?』
「え?」
聞き覚えのある声が聞こえ、俺とセレナが同時に顔を上にあげると、黒い鳥が明らかに不機嫌そうな顔で羽ばたいていた。あっ……。
『まぁ確かに? 退屈ゆうて飛んでった儂も悪いとは思うで? せやかて、探そうともせず、念話で告げる事もせずに儂を残してさっさと町に帰るっちゅうんは、流石にひどいんちゃうんかなぁ?』
「……すまん」
「……ごめんなさい」
俺もセレナも素直に頭を下げる。今回ばかりは百パーセント俺達が悪い。これはいじけた精霊様のご機嫌取りをしないわけにはいかなそうだ。
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