第69話 ローブの少女と初めての冒険

 本当にいいのか、という再三にわたるグロリアの警告を押しのけ、俺達はギルドで出会ったローブの少女を連れて森へとやって来た。今回の依頼はホーンラビットの角の納品だ。危険度は殆どない弱小の魔物であるが、すばしっこさに定評があり、仕留めるのはそう簡単な事ではない。まぁ、Eランクの依頼としてはほどほどと言ったところか。


「ミラさんはこの辺詳しいんですか?」

「詳しくないです。ミラは最近この町に来たです」

「という事は、出身は別の場所なんですか?」

「ミシップ周辺の田舎村です」

「そうなんですか!? 私の育った村もミシップの近くなんですよ! 凄い偶然ですね!」


 周囲を警戒しつつ進みながら、後ろを歩く二人の会話に聞き耳を立てる。町を出てからずっとこんな感じでセレナが積極的に話しかけていた。今のところ会話の内容にも行動にも不自然なところはない。少し話し方に特徴のある感情の起伏が殆どない少女といった印象だ。


『……あのちっこい嬢ちゃんが気になるんか?』

「色んなパーティを渡り歩いている素性も知れない女だぞ? 気にならない方がおかしいだろ」

『ええやんええやん。普通の奴なんて一緒におってもおもろないやろ?』

「……冒険者がクエストこなすのに面白さなんていらねぇんだよ」


 呆れながら言いつつ、ちらりと後ろに視線を向ける。ミラとかいう少女は相変わらず無表情だが、セレナはどこか楽し気だ。ヴィッツ達とダンジョンに潜ってる時もあんな顔をしていたな。俺と二人きりじゃ、あの顔をさせてやれないのが口惜しい。


『つまらん男やなぁ……。まぁ、ええわ。暇そうやから儂はちょっくら散歩に行ってくるで』


 そう言うと、マルファスは指輪から飛んでいった。なんとなく視線を感じて振り返ると、ミラがじっとこちらを見ていた。


「なんだ?」

「レオンの指輪から黒い鳥が出たです」

「あれはマルさんです。一緒に旅する私達の仲間ですよ。精霊様なのでパーティメンバーではありませんが」

「精霊……初めて見たです」


 マルファスが飛んでいった方をミラが見つめる。おっと、そんな話をしてたらターゲットのお出ましだ。


「セレナ」

「ホーンラビットですか?」


 名前を呼ばれただけで俺の言いたい事を瞬時に察したセレナが静かに弓を構えた。一緒に行動するようになってからまだ二ヶ月と経っていないというのに、随分と意思疎通が図れるようになったものだ。それだけ濃度の濃い時間を過ごしているという事か。


「三時の方向、五十メートルくらい先に十五匹だな」

「……そんな先にいる魔物まで分かるです?」

「俺は斥候みたいなもんだからな。それぐらいわからないと話にならねぇ」


 気配を察知するのは"暗殺者アサシン"の十八番だ。とはいえ、体力を使うから意識してアンテナを張るのはこういう魔物が出る場所や、危険を感じた時だけではあるが。


「お前の得物は?」

「……ミラはこれを使うです」


 ミラがごそごそとローブから取り出したのは小型の鞭だった。鞭と言ってもひも状のものではなく、家畜を従わせるときに使うしなりのある棒のようなものだ。それを武器として使うものなんて初めてみた。


「変わった武器ですね」

「子供の頃から愛用してるです」

「そうか」


 どうしてもっと普通の武器を愛用しなかったのか、と聞きかけてやめておいた。武器の好みなど十人十色だ。そいつが使いこなせるのであれば、他人が口出す事ではない。……使いこなせればの話ではあるが。


「魔法は使えるのか?」

「使えないです」


 セレナみたいに魔法による隠し種があるわけでもなさそうだ。まぁ、鞭で戦えるのであれば問題はない。


「命の危険もないだろうし、今回俺は手を出すつもりはねぇよ」

「はい! 私達だけでやってみます!」


 やる気に満ち溢れた表情でセレナが握り拳を見せる。ちょうどいい。ミラを観察するいい機会だ。グロリアの話だと、クエストに参加しても何もしない、という事だったが、はてさてどうなる事やら。


「"光矢こうし繚乱りょうらん"!!」

「え?」


 思わず変な声が出た。てっきりこっそり近づいてから弓による奇襲をするものだと思っていたが、まさかここから攻撃するとは。弓から放たれた無数の光の矢が拡散して森の奥へと消えていく。少ししてから、俺のセンサーに引っかかっていたホーンラビットの気配がきれいさっぱり消え去った。……まじか。


「……いつの間に追尾矢なんて覚えたんだ?」

「魔物にも魔力があるので、それを追う矢が作れないか試行錯誤してたんです!」

「なるほど……どうやらその試みは成功したみたいだな」


 俺の思惑を笑顔で跳ね飛ばしたセレナに、思わず乾いた笑いが出てしまう。


「セレナが倒したです?」

「多分な」


 俺がそう答えると、ミラが俄に信じがたいといった表情を浮かべた。まぁ、そんな顔をする気持ちもわからないでもない。百聞は一見にしかず、だ。


「ほらな?」


 ホーンラビット達がいたと思われる場所まで行き、見事に物言わぬ骸となっている様を見て苦笑いを浮かべつつ、ミラに視線を向ける。その目が僅かに見開かれた。


「……本当に倒してるです。すごいです」

「レオンさんが的確に場所を教えてくれたおかげですよ」

「それにしたってあの距離から獲物を仕留めるのは驚きです」

「えへへ」


 ミラから素直な称賛の言葉をもらい、セレナが照れたように笑う。


「セレナはEランクって聞いたです。冒険者のレベルの高さにちょっと戸惑うです」

「あー……セレナはちょっと他とは違うから、これが普通とは思わねぇ方がいいぞ」


 ミラが勘違いしないよう、一応フォローを入れておく。Eランクでこの強さが平均だったら、上位ランクの冒険者は化け物を超えた化け物になってしまうからな。


「とりあえずホーンラビットの角を回収しましょうか」

「ミラは素材の回収をした事ないです」

「だったら、私が教えますので一緒にやりましょう!」


 そう言うと、セレナは予備のナイフをミラに渡し、早速レクチャーし始めた。もしかしたら先輩冒険者である事が少し嬉しいのかもしれない。俺も手伝った方が早く終わるだろうが、ここは大人しく見守る事にした。

 無事に角と魔物の核の回収を終え、他の魔物が群がらないようきっちり死体の処理をしてから、次のホーンラビットを探し始める。具体的な数が記されていなかったので、このクエストは持ち帰れば持ち帰るだけ報酬が上がるはずだ。それでなくても、噂の少女の実力を確かめたいので、当然狩りは続行する。とはいえ、また追尾矢で姿を見るまでもなく瞬殺されると困るので、セレナにはそれとなく言っておこう。


「ホーンラビットみたいに素早い魔物は練習になるから、次はなるべく近づいてから攻撃してくれ」

「はい!」

「もしセレナが打ち漏らした奴がいたら任せる」

「わかったです」


 とりあえず指示には素直に従ってくれるようだ。今のところパーティを追い出されるほどではない気がする。……おっと、他にも群れの仲間がいたみたいだ。十匹ほどこちらに向かってくる気配がした。


「来るぞ。今回はあえて数と向かってくる方向は教えない」

「わかりました」


 セレナが右手に魔力を込めて自分の弓の弦に手を添える。ミラも少し緊張した面持ちで鞭を持っている右手に力を込めた。

 少しの間静寂に包まれた森で、ガサッと葉がすれる音がした。それに反応した二人が目を向けると、揺れた茂みからホーンラビット達が飛び出してくる。さて、お手並み拝見と行こうか。


「行きます! "光矢こうしはやて"!」


 気合のこもった掛け声から、セレナが目にもとまらぬ速さで矢を連射する。放たれた光の矢が飛び出してきたホーンラビットを次々と正確に射貫いていった。ちょっと待てくれ。このままじゃさっきと何も変わらないじゃないか。というか、セレナが強くなりすぎていて動揺を隠せない自分がいる。

 ただ、セレナは空気が読めて気の使える女性だ。追加で現れた十匹のホーンラビットの内、九匹を即座に処理し、ミラのためにわざと一匹を泳がせた。ありがたい。これならミラの実力を測る事が出来る。


「……一匹残ってる、です」


 冷静に状況を見極めたミラがすぐさま行動を起こした。ひょこひょこひょこ……ぶんぶん。動き出しの速さこそ素晴らしかったミラだが、お世辞にも俊敏とは言えない動きでホーンラビットに向かっていき、彼女とは比べるまでもないスピードで駆け回るホーンラビットに対して、子供が木の枝で遊ぶように鞭を振るっていた。


「中々にすばしっこい相手なのです……!」


 ミラの表情は真剣そのもの。ふざけている雰囲気は微塵も感じられない。……なるほどね。


「……レオンさん?」


 必死に戦っているミラと顔を引きつらせている俺を交互に見ながら、手助けした方がいいのか迷っているセレナが俺に指示を仰いできた。俺は静かにため息を吐く。どうやら噂は違っていた。クエストに出ても何もしないのではなく、クエストに出ても何の役にも立たない、というのが真実みたいだ。

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