第68話 ローブの少女
修練場から建物中へと入った俺達はまっすぐにギルドの受付へと向かう。相変わらず事務仕事に追われているようだ。
「よう」
「おはようございます! グロリアさん!」
「あら、あなた達にしては遅い時間ね。普通の冒険者だったらまだまだ早朝だって言える時間帯だけど」
「二時間くらい修練場にいたからな」
「……え?」
事務仕事を続けながら話していたグロリアの手がピタリと止まる。
「……二時間も修練場で何してたのよ?」
「修練場でやる事なんて一つしかねぇだろ」
「レオンさんに稽古をつけてもらっていました!」
セレナが元気よく答えると、グロリアは眉を顰めた。
「随分と気合が入ってるのね。何か危険な依頼でも受けるのかしら?」
「はい! 初めてEランクの依頼を受けたいと思ってます!」
「Eランク……」
グロリアが勢い良く俺の顔を見てくる。うん……まぁ、言わんとしている事は分かる。
「どんな依頼も油断せずに全力で挑め。どこぞの先輩冒険者がそう俺に口酸っぱく言ってたからな」
「その美人冒険者の助言に従ったってわけね。いい心掛けじゃない」
機嫌をよくしたグロリアが依頼の紙が詰まったファイルを机の下から取り出した。さて……冒険初心者から毛が生えた程度のランクだからそこまで強い魔物の討伐依頼はないだろうが、何かよさげな依頼はあるかな?
「――いい加減にしろよ、お前!!」
グロリアの意見を聞きつつ、依頼を選ぼうとした俺の耳に、ギルド全体に響き渡るほどの怒声が飛び込んでくる。声の聞こえた方へと振り向くと、そこには三人の冒険者が黒いローブを着た小柄な人物を取り囲むように立っていた。
「やる気がねぇなら冒険者やめろ!!」
「道楽じゃねぇんだぞ!!」
どうやら相当お冠のようだ。冒険者というのは血の気の多い奴が多いし、命を預ける間柄である以上仲間割れはそう珍しい事ではないが、それでもかなりヒートアップしているようだ。
「はぁ……またあの子なのね」
頭痛を抑える様に額に手を添えながらグロリアがため息を吐く。
「問題児なのか?」
「二週間くらい前に突然冒険者登録した子よ。そこから色々なパーティを渡り歩いているみたいだけど、いつもあんな感じで追い出されているわ。聞いた話だとクエストに出ても何もしないらしいわよ?」
「
「うーん……そういう感じでもなさそうなんだけどね。ただ、パーティをクビになってもすぐに別のパーティに入ろうとするみたいよ」
「へぇ」
グロリアから情報を聞いてから再び視線をローブの人物に向ける。深々とフードを被っているが、顔は見てとれた。精巧に作られた人形の様に可憐な少女だった。かなりがなられているというのに、その表情も人形の様に全く感情を感じない。
「あの子……」
ローブの少女をじっと見つめていたセレナが小声で呟く。
「何か気になる事でもあるのか?」
「いえ……」
否定はしているが明らかに気にしているようだ。流石に知り合いというわけはないと思うが、何かあるのだろうか。
「とにかくパーティから出ていけ!!」
あらん限りの罵詈雑言を言った後、三人の冒険者達は肩を怒らせながらギルドから出ていった。なるほど、周りの反応を見る限りこの光景はいつもの事のようだ。まぁ、冒険者にも色々いる。関わるつもりもないので気にする必要もないだろう。というか、ああいう手合いには近づかないのが吉だ。
「レオンさん……」
気を取り直してグロリアと依頼の話をしようとした俺の袖を、微妙な表情を浮かべたセレナが引っ張った。
「どうした?」
「……ごめんなさい。我儘言ってもいいですか?」
「我儘?」
セレナの言ってる意味が分からず眉を顰める俺だったが、セレナが気まずそうな顔でちらりとローブの少女を見たので色々と察する。何を言おうか迷ったが、言葉にならず思わずため息が出てきた。
「レオンさん……?」
「パーティのリーダーはセレナだ、好きにすればいい」
「……ごめんなさい」
俺の反応を見たセレナが再び謝罪する。ダメだな。セレナにそんな顔をさせてはいけない。
「やりたい事をやろうって言っただろ? セレナがそうしたいなら、その後何が起ころうと俺はフォローするだけだ。……それに聖女様が困った我儘を言うのは別に珍しい事じゃねぇからな」
「レオンさん……ありがとうございます!」
なるべく気を遣わせない様に軽い口調で言うと、セレナが嬉しそうに笑った。この笑顔が見られるなら面倒事の一つや二つ、お釣りがくるというものだ。
「あの……パーティメンバーを探しているんですか?」
少し遠慮がちにセレナが声をかける。自分が話しかけられたと思わなかったローブの少女だったが、緩慢な動きでこちらに視線を向けた。そして、俺とセレナの顔を見て僅かに驚きの表情を浮かべる。
「私はセレナ、こちらは同じパーティのレオンさんです。……パーティと言っても私達二人だけなんですけどね」
照れたように笑いながらセレナは言った。だが、ローブの少女は固まったままだった。この反応、まさかセレナが王都で有名な聖女である事に気が付いたのか?
「良ければあなたの名前を教えてもらってもいいですか?」
「……ミラ・ホワイトフィールドです」
聞こえるか聞こえないかの小さな声でローブの少女が答える。安心させるようにセレナが優しく微笑んだ。
「ミラさんですね! 私達はこれから初めてのEランクの依頼を受けようと思っていたのですが、二人では少し不安なので、よかったら一緒にクエストを受けてくれませんか?」
「…………」
ミラの表情が再び驚きに染まる。といっても、殆ど間違い探しレベルの変化ではあるのだが。
「……どうして」
「え?」
「どうして素性も知れないミラを誘うです?」
「素性が分からないのはお互い様です。それに冒険者は色々とある人が多いから過去を詮索するのはマナー違反だ、ってレオンさんから教えてもらいましたので」
確かに教えたな。俺もセレナも過去に色々とあるから別に間違ってないと思う。少し迷う素振りを見せたミラだったが、何かを決意したかのように、セレナの顔を見た。
「……こんなミラでいいなら……是非です……」
「よろしくお願いします」
穢れの一切ない笑みを向けるセレナに対し、ミラの方は変わらず無表情だった。こんなにも『得体の知れない』という言葉が似合う奴も珍しい。正直、全く信用できない相手だった。だが、セレナが一緒に依頼を受けたいというのであれば、その願いを聞き入れないわけにはいかない。まぁ、別にいい。俺は
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