第67話 久々の鍛錬

 今日は初めてEランクの依頼を受けるという事で、セレナに言われ久しぶりに朝からギルドの修練場で鍛錬をする事にした。Cランク以上と思われるワイバーン討伐の指名依頼をこなした手前今更な気がしないでもないが、小さな油断で命を落とすのが冒険者という職業だ。万全を期すに越したことはない。


「……少し速度をあげるぞ」

「はい」


 練習用の武器ではなく、"血化鉄ちかてつ"で作り上げた剣で斬りかかりながら言った。とにかく攻撃を避ける事。セレナとの鍛錬はこれしか行っていない。命を狙われている以上、攻撃よりも防御が重要だからだ。

 まだ、紅魔法で身体能力を強化していないとはいえ、セレナはしっかり俺の攻撃を見て躱していた。


『……中々動けるやないかい。儂のゴーレム倒した時の度胸といい、ただの甘々姉ちゃんやないな』

「あぁ。まぁ、最初のうちは攻撃に全然反応できてなくて、俺にボコボコにされてたけどな」

『えっ!?』


 テンポよく攻撃を繰り出しながらさらりと言うと、指輪の中にいるマルファスが驚きの声をあげた。


『まさか、こういう場所でじゃないやろな!?』

「何驚いてんだよ。修練場は体を鍛えるためにあるんだぞ」

『嘘やろ……!? こない美人な姉ちゃんを人前でボコボコにするとか、儂の主の胆力どうなっとんねん……!?』

「勘違いすんな。最初は寸止めしてたんだけど、ちゃんと当てろってセレナに怒られたんだよ」

『んなあほな!? ……と言えん儂がおる。主もそやけど、セレナも大概やからなぁ……奇麗な顔して強さを求める能筋ちっくなとこあるからなぁ……』


 なんかぶつぶつ言ってる駄精霊は無視して、次の段階に移行するとしよう。


「ここからは俺も魔法で自分を強化する。セレナも魔法を使って俺の攻撃を防ぎきれ」

「分かりました」


 ダンジョンでの経験で防御魔法の扱いに関しては既に一級品に達しているので、その塩梅を確認する意味での新たな試みだ。さてさて、これまでは護ってもらうばかりであった"聖女"の光の壁は、どの程度の威力なのだろうか。


「"聖なる護りプロテクション"!!」

「……っ!!」


 思わず後ろに飛び退いた。堅いなんてもんじゃないぞ。オリハルコンで出来た盾でも殴ったような感触だった。生半可な攻撃じゃ、まるで歯が立たない。


「……俺にとってはありがたい誤算か。おい、マルファス。"血界けっかい"のギアを上げるぞ。それと紅武器の質もだ」


 俺の紅魔法は混ぜ込む血の量や濃度でその威力が大きく変化する。当然、それだけ体に負担がかかるが、マルファスのおかげでそれが大幅に軽減するようになった。


『なんや? 鍛錬言うわりには、随分と気張るやないかい』

「余裕で耐えられちゃ訓練になんねぇだろ?」

『……まぁ、紅魔法が聖魔法に劣る思われても気分悪いしのう。付き合ったるわ』


 マルファスの力により紅魔法の効率が格段に上昇した。これほど身体能力を上げてもアリアやセレナの支援魔法なしで貧血を起こさず、ここまで体が軽いのは助かる。

 先ほどの防御魔法は俺の攻撃をしっかり目で捉え、魔力を集中させたものだ。効果が高い分、その防御範囲は限られている。強力な攻撃が一方向からくるとわかっているのであれば問題ないのだが、複数からそれが来た時も対応できなければならない。


「"血化鉄ちかてつ釿斬閃ぎんざせん"」

「うっ……!!」


 破壊力に特化した斧を間髪なく生み出す魔法を使用。一振りするたびにセレナの光壁で砕け散る手斧をあっさり投げ捨て、次々と紅武器を作り出した。複数人から襲われている事を想定するため、限界まで速度を上げ、全方位から攻撃を仕掛ける。それに合わせてセレナも体全体を覆うような防御魔法に切り替えた。先ほどよりも薄くなっているはずなのにそれでも堅い。マルファスによって確実に切れ味が上がっているというのに、ヒビが入るだけで中々打ち崩せない。これは相当な魔力が練り込まれてるな。常人離れした魔力保有量を誇っているセレナだからこそ出来るごり押し防御だな。


 ……なら、ごり押しで破るまでだ。


「"血霧雨ちぎりさめ"」

「えっ!?」


 砕け散った無数の武器のかけらが、一斉にセレナへと襲い掛かる。一つ一つの威力はそう高くないが、これだけ大量に襲い掛かれば雨だれ石を穿つ。たまらず割れたセレナの光壁を超え、その喉元に紅い剣を突き立てた。


「くぅぅ……まいりました。流石はレオンさんですね」

「いや、流石なのはセレナの方だ。かなり本気でやって、ようやく防御を崩せたからな。これならそのへんの魔物じゃ、セレナを傷つける事すら叶わんだろ」

「本当ですか!?」


 セレナが嬉しそうにはにかむ。これに加えて規格外の遠距離魔法も兼ね備えているからな、セレナは。アリアとは違うタイプの強力無比なサポーターだ。


「……なぁ? あの二人っていつもあんな訓練してんのか?」

「……いや、俺達も初めて見たから」

「……でも、セレナさんも結構あれだから、何となく納得しちゃうよね」


 いつの間にか修練場にノート、ヴィッツ、エブリイの三人がやって来ていた。結構あれってなんだエブリイ。


「あれでEランクっつーんだからランク詐欺だよな」

「それは師匠に関してもだろ」

「Bランクで詐欺って中々すごい事言ってるけど、レオンさんだもんねぇ」


 なんか感情が消え去った顔でしみじみ話しているんだが。あいつらは俺達の事をなんだと思っているんだ。


「おはようございます!」


 三人に気付いたセレナが笑顔で挨拶した。ノート達も笑顔でそれに応えるが、その笑顔は微妙に引き攣っている。


「お前ら二人の鍛錬風景を見て、昨日は手心を加えてくれていたんだって痛感したぞ」

「別にそういうつもりはなかったんだがな。鍛え方なんて人によって千差万別だし。今のやり方は、防御に優れた聖魔法が使えないお前らには合わねぇだろ?」

「合わないっつーか無理だよ師匠……」

「あんな勢いでレオンさんに斬りかかられたら一瞬で死んじゃう自信あるもん」


 エブリイが乾いた笑みを浮かべた。


「今日は初めてEランクの依頼を受けるので、修練場で気持ちを引き締めていたんですよ!」

「あ、うん。そうだな。うん、大事な事だ。うん」


 冒険者として先輩であるノートが気の聞いた事を言おうとしたが、結果的に三回もうんと言っただけだった。まぁ、常識はずれの聖女様に出来るアドバイスなんてないだろう。


「そういうわけで、これから依頼に行ってきます!」


 ビシッと敬礼しながらセレナが元気よく言った。一緒に買い物をしている時もキラキラした顔をしていたが、今も同じくらいキラキラしている。冒険者として前向きに依頼をこなそうとする姿勢はいい気はするが、教会で人々を癒していた聖女の観点から見れば何となくダメな気がする。……まぁ、気にしたら負けだな。


「じゃあ、そろそろ行くか」

「はい!」

「……レオンと関わると、とびきりの美人でもあんな風になっちまうのか」

「師匠だからな」

「レオンさんだからね」


 修練場を出ていこうとする俺達の後ろからそんな声が聞こえた。お前ら、失礼過ぎるだろ。

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