第66話 セレナの謝罪

「……おいおい、何寝てんだよ。さっさと起き上がってかかってこい」


 練習用の木剣で肩をとんとん叩きながら、修練場で大の字で横たわっているノートとヴィッツに言い放った。


「はぁはぁ……まじかよ……!」

「ダンジョンの時は……はぁはぁ……手加減してくれてたのか……!」

「……だから言ったんだよ。覚悟しないとダメだって」


 汗と痣だらけの二人に憐れみの視線を向けつつ、エブリイがぼそりと呟く。魔法を使う後衛は俺の専門外という事で、彼女はこの鍛錬に参加していない。それを告げた時の喜びようといったらなかった。


「別に大した事はやってねぇだろ? 実戦形式の戦闘訓練をしてるだけだ」

「内容は普通なんだけど、時間がね……」

「さ、三時間ぶっ続けは流石にきついっすよ、師匠……!」

「たかだか三時間だ」


 ヴィッツはダンジョンを経験しているんだからわかるだろうに。無限に敵が湧き続けるダンジョンでは、何時間も休憩なしで戦い続けなければならない時だってあるし、クエストによっては同じような状況に見舞われる可能性が十分にありうる。命を失う心配のない鍛錬を三時間程度やったくらいでへばってたら正直話にならないぞ。


『……自分、結構鬼やな』


 若干引いてる声でマルファスが言った。なんでだよ。別にひどい事はしていないだろ。


「つーか、レオンはなんでピンピンしてんだよ……俺とヴィッツの二人がかりでひたすら向かっていったっていうのによ……! まるで敵わなかったし……これがBランク冒険者の実力か……!」

「ノートさん……師匠は普通じゃねぇんだ……!」

「レオンさんはレクサスさんと渡り合える実力者ですよ」

「なっ……!?」


 エブリイの言葉に驚いたノートが勢いよく起き上がる。なんだ、まだまだ元気じゃないか。


「強いとは思っていたが、それほどなのか……!」

「本気の師匠ならレクサスさんに勝っても別に不思議じゃねーなー」

「なにっ!? レオンはSランク冒険者に勝てるのか!?」

「鵜呑みにしてんじゃねぇよ。あんな化け物に勝てるわけねぇだろ」


 信じられない、といった表情を浮かべるノートに呆れながら言った。人間相手ならそれなりに勝てる自信はあるが、あれは人間ではない。というか、人間と認めたくない。


「レオンさん!!」

「ん?」


 なんだかんだ休憩を取ったという事で戦闘訓練を再開しようとした俺だったが、聞き慣れた声が聞こえ振り返えると、修練場の入り口に呼吸の乱れたセレナが立っている事に気が付いた。用事は終わったのだろうか。というか、何で息を荒げているんだ? 走ってここまで来たのか?

 深呼吸をして息を整えてから、ずんずんとセレナがこちらに近づいて来る。そして、俺の目の前に立つと、勢い良く頭を下げた。


「ごめんなさい!」


 突然の謝罪に思考が停止する。セレナに声をかけようとしたエブリイが口を閉ざし、眉を顰めながらこちらに視線を向けてきた。いや、そんな顔で見られても説明できないぞ。俺だって分かってないんだから。


女子おなごにここまで謝罪さすとは、主も悪い男やのう』


 どこか楽し気な口調でマルファスが言った。うるさい。黙れ似非精霊が。


「あー……セレナ? いきなり謝られても、何が何だかさっぱり……」

「レクサスさんからレオンさんの話を聞きました」


 顔をあげたセレナが真剣な表情で言った。なるほど、そういう事か。


「……話してもいいってレクサスに言ったのは俺だ。別に謝る事じゃねぇよ」

「例えそうだとしても、レオンさんのいない場でレオンさんの話を聞いてしまったので謝らせてください」


 セレナが俺の目をまっすぐに見てくる。相変わらずクソが付くほど真面目なんだな。レクサスから話を聞いたという事は、村が魔族に滅ぼされた事や、その後レクサスに面倒を見てもらった事だろう。俺から積極的に話したい事じゃないが、別に知られても問題ない話だ。……ただ、一つだけ気になる事がある。


「俺の過去を知って、見方が変わったか?」

「え?」


 セレナがきょとんとした顔で俺を見た。その反応は予想外だ。


「どうして見方が変わるんですか?」

「いや、俺の過去は……普通とは言えねぇからさ」

「普通じゃない過去を持つのは私も同じですよ?」


 さも当然とばかりにセレナに言われ、思わず閉口する。確かに"聖女"のジョブを授かり、幼い頃から教会に身を置き、多大な貢献をしてきた末に教会から捨てられるなんて、控えめに言っても普通ではない。


「何にも変わりませんよ。レオンさんは不器用で、あまり感情を見せないで、でもいつだって私を気にかけてくれる優しい人で……私が一番信用している人です」


 あまりにもストレートに言葉をぶつけてくるので、柄にもなく照れてしまった俺は、それを知られない様に顔を背ける事しかできなかった。だが、セレナにはばれているようだ。俺の顔を見てふふっ、と小さく笑う。


「でも、変わった事もあります。レオンさんと一緒に楽しく生きていきたい、と強く願うようになりました。美味しいものを食べて、したい事をして……これからずっと記憶に残り続けるくらい、濃密で素敵な日々を過ごしていきたいです」


 言葉も眼差しも、俺には眩しすぎた。だが、不思議と陽だまりに包まれているような感覚になった。


「……美味いものを食うのはいいな。食の幸せは人生の幸せだ」

「ですよね! レクサスさんにブラスカでご飯が美味しい店を聞いたんでぬかりないです! それと他の町のグルメも聞いたんですよ!」

「そりゃいい。食い歩きの旅ってのも悪くないかもしれねぇな」

「とっっっても興味深いです! 食べた事のない美味しいものを食べてみたいです!」

「じゃあ、適当にブラスカでゆっくりしてから美味い物を求めて色んな町を巡ってみるか」

「はい!」


 セレナが元気よく返事をする。裏ギルドからの刺客も気にならないわけではないが、やっぱり旅は楽しまないとな。


「……なんか、俺達忘れられてねぇか?」

「師匠とセレナの姉ちゃんが揃ったらこうなるのは仕方ねぇな」

「隙あらば二人の世界に入り込むので慣れるしかないですよ」


 ……なんかひそひそと話しているが、突っ込んだところで藪蛇になりそうだったので、無視する事にしよう。

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