第65話  過去を知った今

「……と、そんな感じで行き場をなくした可哀そうな坊や達に、心優しいアタシが救いの手を差し伸べてあげたってわけ。まぁ、素直に言うことを聞くような子達じゃないかったから、説得には骨が折れたわ」


 長時間話し続けたせいで乾いた喉を紅茶で潤しつつ、昔を思い出しながらレクサスが小さく笑う。その目はとても優しかった。


「冒険者ギルドは元々アタシにあの子達、というかセドリックの事を預けようとしていたんじゃないかしら。二人を連れてギルドに報告しに帰った時、アタシがこの子達の面倒を見るって言ったらすんなり認めてくれたからねぇ。なんとなくいいように使われた気はしたけど、約束通り美の探究者ビューティフルワールドを創設させてくれたし、資金援助までしてくれたし、文句はなかったわ。それから約十年間、あの子達が勇者パーティとして魔王討伐に行くまで面倒を見てあげたってわけよ」

「……十年も一緒にいれば、それはもう家族ですね」

「ずっとこの町にいたってわけじゃないけどね。十五になるまではひたすら依頼を受けさせて鍛えていたんだけど、二人とも前衛でバランスが悪いから、新しいパーティメンバーを探す様に助言したのよ。国からも成人したら一度城に顔を出せってせっつかれていたからちょうどいいって思ってね」

「新しいパーティメンバーってアリアさんの事ですよね?」

「あら? アリアの事を知ってるの? ……あぁ、そうだったわね」


 一瞬意外そうな顔をしたレクサスだったが、セレナの正体が、アリアと同じ教会にいたセレスティア・ボールドウィンである事を思い出し、納得したように頷いた。


「回復や防御魔法といったサポート役のアリアと、超攻撃型の魔法を多数駆使する遠距離型のシルビアを新たに仲間に加え、またブラスカに戻って依頼をガンガンこなしていたわ」

「シルビアさんの名前は何度かレクサスさんとグロリアさんから聞きました。どういった方なんですか?」

「あー……一言で言えば素直じゃない子ねぇ。外野からの意見を言わせてもらえば、レオンとセレナが一緒にいる事を知った時に見せる反応が非常に興味深いわ」

「……? どういう事ですか?」

「それはその時になればわかるわ」


 思わせぶりな口振りでレクサスがウインクをする。レクサスの言葉の意味するところが分からないセレナが眉を顰めながら首を傾げた。


「そんなこんなで、強靭な魔族にも対抗できるまで鍛え上げて送り出した結果、魔王軍四天王の一角である'絶氷'のベリアルを落とす、という偉業を成し遂げちゃったわけよ」

「やっぱりそれはすごい事なんですか?」

「そうね。魔族っていうのはアタシ達人間より魔力も身体能力も高いのよ。そんな超人集団の四天王ともなれば、アタシみたいなSランク冒険者でも戦うには命を懸ける必要があるわ。それでも絶対に勝てるとは言えない」


 アメリア大陸の西側まで追いつめた魔族の領土を中々奪う事が出来なかった理由は、この四天王の存在にあった。モンターヌ、アインダーフ、ユタン、アリゾネイル。この四大都市が最西端にある魔王の住まう地であるカリフォルダニアを守っており、その町々を支配する魔族が四天王と呼ばれていた。各々隔絶した力を持ち、長年その牙城を崩す事が叶わなかったのだが、それをセドリック率いる勇者パーティが撃ち滅ぼした。歴史的に見てもこれは空前の大事件と言える。


「……そんな凄い事を成し遂げたのに、レオンさんは勇者パーティを追い出された、と」

「その理由に関しては追い出した本人しか分からないと思うわ。だって、アタシも張本人であるレオンも分からないもの」


 それがレクサスの本音だった。確かにレオンのジョブは犯罪に適した悪辣職性イリーガルだ。それが大衆にいい印象を持たれていないのは理解できる。だが、四天王を倒すほどの力を有している相手であれば、レッテルよりもメリットを優先するのが普通だ。にもかかわらず、レオンは勇者パーティから追い出された。それに何らかの理由が存在するのは明白だったが、レクサスにはわからなかった。


「レオンさんは……魔王を倒しに行きたい気持ちを押し殺して、私に付き合ってくれているんですかね?」

「それはどうかしら? レオンはセドリックよりも魔族に恨みを抱いている感じはしなかったわ。話を聞く限り、村八分にされていたみたいだし、その原因が父親にあったみたいだし、そこまでオハマ村に思い入れはなかったみたいね。だから、あの子が勇者パーティにいたのは、魔族に明確な悪感情を持っている幼馴染のセドリックに付き合ってという意味合いが強いと思うわ。セドリックは聡明な子だけど、感情が暴走する時があるから自分はそのブレーキ役とでも思っていたんじゃないかしら?」


 レオンに比べて一見落ち着いているように見えるセドリックだったが、その内に秘める激情は計り知れないものであった。そういう意味で、レクサスはレオンよりもセドリックの方を心配していたものの、レオンが一緒ならばと思っていたのだが、それを自分から突き放したとなれば、いつ爆発するか分からない爆弾が野に放たれたような気がレクサスにはしていた。


「……それで? 大切なお仲間の過去を聞いた感想は?」


 話す事は全て話した、と一呼吸置いてからレクサスがセレナに問いかける。その瞳はどこか値踏みをしているようであった。顎に手を当て、少しの間考え込んだセレナがゆっくりと顔を上げる。


「色々と複雑な感情が巡っていますが、今の気持ちを率直に言えば……今すぐレオンさんに会いたいですね」

「……会ってどうするの? アタシから聞けなかった事をレオンから聞くつもり?」

「いえ、まずは謝りたいです。一応許可はいただいているとはいえ、こっそりレオンさんの過去を聞いてしまいましたからね。その後は何か美味しいものを二人で食べに行きたいです」

「へ?」


 予想外の返答に、レクサスが目をぱちくりとさせた。


「なんでもいいんです。何か楽しい事をやりたいです。辛い過去を憐れむよりも、それを吹き飛ばすような楽しい思い出をたくさん一緒に作っていきたいんです」

「…………」


 レクサスが真剣な眼差しでセレナの言葉に耳を傾ける。


「正直、レオンさんの故郷が魔族に滅ぼされたのは驚きました。ですが、同情なんてレオンさんは求めてないですよね? それなら、過去を思い出す暇も与えないくらいに今を一緒に楽しく生きていく方が絶対いいと思いました!」


 満面の笑顔でセレナが言った。少しだけ呆けていたレクサスだったが、その笑顔につられるように口角が上がる。


「……やっぱりアタシはセレナの事好きだわ。役目としてではなく、自然体で人を癒す力があなたにはある。あなたくらい慈愛に満ちた子じゃないと、捻くれ者のあの子の相手は務まりそうにないわね。流石は聖女と慕われるだけの事はあるといったところかしら」

「あー……えーっと……」

「あぁ、これは内緒だったわね」


 曖昧な笑みを浮かべるセレナに、レクサスが悪戯っぽく笑いかけた。そして、真剣な表情を浮かべると、レクサスは真正面からセレナの美しい藍色の瞳を見つめる。


「……素直じゃないし、愛想もないし、言葉も足りないし、無茶ばかりする子だけど、悪い子じゃないのよ」

「少し不器用だけど、本当に優しい人である事はちゃんと私も知っています」

「本当不器用で困っちゃう! あの子ったらアタシに甘えた事ないのよぉ? ……本当の子供のように思ってるんだから、もっと頼って欲しいのに、中々上手くはいかないものね」

「…………」


 遠い目をしながらレクサスが少し寂しげに笑った。セレナは何とも言えない表情を浮かべる。自分には子供はいないが、なんとなくレクサスの気持ちがわかるような気がした。


「良くも悪くも『仇を討つ』という明確な目標を持ったセドリックと違って、レオンはそのセドリックになんとなく付き合ってただけだからねぇ。その相手を失った今、生きていく意味を見出せなくなってしまったんじゃないかって不安だったけど、あなたになら安心してあの子を任せられるわ」


 そう言うと、居住まいを正したレクサスはまっすぐにセレナの目を見つめる。


「レオンの事、よろしくお願いします」


 深々と頭を下げたレクサスに一瞬面食らったセレナだったが、慌てて頭を下げた。


「じゃ、若輩者ですが、精一杯期待に応えたいと思います……!」

「頼むわよぉ? 一筋縄じゃいかない子なんだから」


 にやりと笑うレクサス。十年以上の付き合いであるレオンの事は、誰よりもよく知っている。それをきっちり理解しているセレナは、そんな父親であり母親であるレクサスに、混じりけのない笑顔で応えるのだった。

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