第64話 魔族に滅ぼされた村

「……とりあえず、アタシの話を聞いてくれないかしら? そしたら自由にしてあげるわ」


 切り株の上に腰を下ろしながらレクサスが言った。もちろん重魔法はかけたままだ。


「アタシ達は坊や達の敵じゃないわ。むしろ、助けに来たのよ」

「だ、騙されんなよセドリック!」

「わかってるよレオン! こいつらが俺達の村を、村のみんなを……!!」

「はぁ……」


 レクサスが頭痛を抑えるように手を添える。だが、依頼の一つであるオハマ村の状況を確認するというのは、ほぼほぼ完遂された。恐らくギルドにいい報告はできないだろう。


「冷静に考えなさい。油断しなくても今の坊や達なら簡単に殺せるのよ?」

「…………あ」


 セドリックと呼ばれた金髪の少年の動きがピタリと止まった。だが、群青髪の少年は抵抗し続けている。


「お、おい! 耳を貸すんじゃねぇ! この女みたいな話し方するおっさんも、斧持った狂暴女も俺達を殺そうとしたんだぞ!?」

「お、おっさん……」

「……誰が狂暴女よ」

「いや、殺そうとはしてなかったよ。明らかに手を抜いて戦っていた」


 地面に突っ伏しながら不満げな顔をしているグロリアの隣で、セドリックが落ち着きを取り戻した口調で言った。これならもう大丈夫だと判断したレクサスが、セドリックだけ重魔法から解放する。


「どうやら話を聞いてくれる気になったみたいね」

「すみません。俺達、勘違いしていたみたいです」


 ゆっくり立ち上がりながらセドリックが素直に頭を下げた。どうやら本来の彼は礼儀正しい子供らしい。


「大人しく話を聞くのでレオンも助けてやってくれませんか?」

「大人しく、ねぇ……」


 レクサスがちらりと地面に目を向ける。その暴れっぷりを見る限り、とてもそうには思えなかった。


「この人達は俺達の敵じゃないよ」

「なっ……! い、言いくるめられてんじゃねぇよ! お前が言ったんだぞ!? 犯人は必ず戻ってくるって!」

「そうだけど……もしこの人達が犯人だったら、俺達は今も呑気に会話なんて出来てないよ、きっと」

「くっ……」


 セドリックの正論に反論する事が出来ず、レオンが抵抗するのを止める。それを確認したレクサスが重魔法を解除した。その瞬間、勢い良く起き上がったグロリアがレクサスに向けてダインスレイブを振り下ろすが、ひらりと躱され、深々と地面に突き刺さる。


「なによ、危ないじゃない」

「私を地面にひれ伏させたんだから、甘んじて食らいなさい」

「やぁよ。頭かち割れちゃうもの」

「ふん」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、グロリアはダインスレイブを背中に戻した。レクサスは二人に視線を戻し、親しげな笑みを浮かべる。


「さて、と。まずは自己紹介からよね。アタシはレクサス・ギャラガーっていうの。それでこっちのこわーいお姉さんはグロリア・プロウラウトよ」

「……やっぱりダインスレイブを食らいたいようね」

「俺はセドリック・メイナードです」

「…………」

「レオン」

「……レオン・ロックハートだ」


 セドリックに窘められ、渋々といった感じでレオンが言った。


「セドリックとレオンね。回りくどいのは嫌いだから端的に言わせてもらうわ。アタシ達はオハマ村に魔族が現れたという情報を受けて、ギルドから様子を見に行くよう依頼された冒険者よ」

「ま、魔族……?」

「ま、まじか……!」


 余程予想外だったのか、二人の顔が驚きに染まる。


「その顔を見る限り、坊や達は魔族を見てないのね」

「は、はい……俺達は二人で森に狩りをしに行っていて」

「……戻ってきたら村が燃えてたんだ」

「……そう」


 レクサスがすまし顔で言った。同情はする方の自己満足にすぎない。一番いい対応は、興味はないと思われない程度に淡泊な態度する事だとレクサスは思っている。


「村まで案内してもらってもいいかしら? さっきも言ったように、ギルドから村を見て来いって言われてるのよ」


 レクサスの言葉を聞いた二人が顔を見合わせた。


「……こっちです」


 少し逡巡した後、セドリックが手で示しながら森を歩き出す。レクサスとグロリアは黙ってその後についていった。そして、五分ほど進んだ先でレクサス達の目に飛び込んできたのは、なにかの残骸だった。


「これは……ひどいわね」

「…………」


 レクサスが真顔で呟く。グロリアは僅かに顔を歪めた。


「ここが俺達の村……場所です」


 何かを耐える様にセドリックが言った。ぐっと噛みしめた唇には血が滲んでいる。レオンの方は考えの読めない顔で、焦げついた匂いが鼻を刺す故郷をじっと見つめていた。


「グロリア」

「……生存者を探してくるわ」


 名前を呼んだだけでレクサスの言いたい事を察したグロリアが動き出した。そして、セドリック達の横を通り過ぎるところで足を止める。


「……あなた達の村にお邪魔させてもらうわね」


 労わる気持ちと悼む気持ちが混ぜこぜになったような声で二人にそう言うと、炭と化した村の中を見て回り始めた。


「……レクサスさん」


 しばらく流れていた沈黙をセドリックが破った。


「なぁに?」

「これをやったのは魔族だって言ってましたけど、本当ですか?」


 ピクリと反応したレオンがレクサスに視線を向ける。これは半端な答えは許されない雰囲気だった。


「実際にアタシが見たわけじゃないから絶対とは言えないわ。ただ、事実として言える事は、オハマ村に魔族が現れたとアタシ達に伝えたのは国だという事ね」

「そう、ですか……」


 セドリックが静かな声で答える。その辺の冒険者がする与太話ではない、信頼のおける国からの情報となると。殆ど答えているようなものだった。


「復讐でも考えているのかしら?」

「……復讐?」


 無残な姿になった村を見ていたセドリックがゆっくりと振り返る。その顔を見た瞬間、レクサスの背中に冷たいものが流れた。


「そうですね。大切なものを奪った相手を殺すのが復讐というのであれば、そうなりますね」


 ……果たして、十歳の子供にここまでの威圧感を出せる者が他にいるだろうか。その小さな体から底知れぬ憎しみと殺意があふれ出している。


「頭を冷やせ、バカ」

「いてっ」


 呆れ顔のレオンがセドリックの頭を殴りつけた。


「相手が分かったんだ、後は探し出してぶっ殺すだけだろ?」

「レオン……そうだね。いたってシンプルだ」


 セドリックが纏っていた剣呑な雰囲気が一瞬にして霧散する。どうやらこの二人は特別な絆で結ばれているのだろう。二人だったからこそ、突如として日常を奪われても心が壊れずに済んだのかもしれない。


「レオンはセドリックよりも落ち着いているのねぇ」

「あぁ?」


 レオンが不愛想に反応する。セドリックからは村を滅ぼした相手に対する怒りをありありと感じたが、レオンからはそこまで負の感情を感じなかった。


「村で人気者だったセドとは違って、俺は腫物扱いだったからな。村がこうなってもそこまで思う事はねぇよ」

「でも、両親はいたんでしょう?」

「……いたのは父親だけだ。その父親も立派な男とは言えなかった。死んだところで……別に何も感じねぇ」


 少し突っ込んだ事を聞きすぎたか、相変わらず考えが読めないその横顔を見ながらレクサスは内心で反省する。ただ、レオンが年齢に相応しくないほどに大人びている理由は分かった。生きるためには大人になるしかなかったのだろう。今の言葉が本音かどうかは分からないが、セドリックよりもレオンには村に思い入れはなさそうであった。だからこそ、確認しなければならない事がある。


「どうでもいい村を滅ぼした相手を、あなたも追うっていうの?」


 あえて配慮の欠いた言葉でレオンに問いかけた。厳しい顔でこちらを見てくるセドリックを無視して、レクサスはじっとレオンを見つめる。少しの間考えた後、レオンが僅かに口角をあげた。


「セドは俺の幼馴染で親友だ。親友がやるって言うんなら、やらないわけにはいかねぇだろ」

「レオン……」


 一瞬、ぐにゃりと顔を歪めたセドリックが、屈託のない笑みを浮かべる。本当にいいコンビだとレクサスは思った。


「……ねぇ、二人とも」

「なんだよ?」

「なんですか?」


 どうしてこんな事を考えたのか分からない。同情がなかったと言ったら噓になる。ただ、それ以上に二人の事が気に入った。自分は美しいものが好きだ。純粋だからこそ復讐を身に宿す事を選んだ姿も、そんな親友に身を捧げる様も、この目には美しく映ってしまった。


 自分の子を見る様に、レクサスは暖かな眼差しを二人に向けた。


「――アタシについてくる気はない?」

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