第63話 二人の少年

 ブラスカの町を出たレクサスはオハマ村へと一直線に向かうため、整備された街道を通らず森の中をずんずんと突き進んでいく。当然、魔物も生息しているのだが、'撃滅の天使ジェノサイダー'の二つ名を持つAランク冒険者を脅かす魔物など、人里の近くであるこの辺りにはいるわけもなかった。


「本当に魔族なんて現れたのかしらねぇ。グロリアはどう思う?」

「さぁ? あんまり興味ないわ」

「もう! 付き合い悪いわねぇ!」


 レクサスが頬を膨らませるが、グロリアは全く意に介さず歩いている。


「国からの話なんでしょ? だったらそれなりに確度の高い情報なんじゃないの?」

「それはそうなんだけど、どうにもねぇ……。目的自体は納得できるのよ? 将来有望な危険因子を排除しようっていうね。でも、どうやってそれを知りえたっていうの? オハマ村って村民はみんな家族ってくらいに小規模な村なのよ? ブラスカで活動しているアタシ達ですら知らなかったのに」

「そんな事私に聞かれても知らないわよ」

「そこがどうにも腑に落ちないのよねぇ……」


 魔族にとってこの辺りは敵地だ。人間に見つかれば戦いは避けられない。そうなれば個々の能力が高い魔族でも数の暴力の前に敗れること必至だ。そんな危険を冒してまでここにやって来たという事は、"勇者"のジョブを持った者が生まれたという情報をどこからか得たのだ。


「魔族が実際に現れたかどうかなんてどうでもいい事でしょ? 私達が受けた依頼はオハマ村の状況の確認、魔族と遭遇した場合その討伐、そして、生きてるかどうかも分からない"勇者"のジョブを持つ子供の保護の三つだわ」

「相変わらず淡泊ねぇグロリアは。もっと色々考えたりして、クエストを楽しまないともったいないわよ?」

「私は楽しみたくて冒険者になったわけじゃないの。それはレクサスも知ってるでしょ? あなたに付き従ってるのも同じ、ただ強くなりたいからよ」

「……安定した生活を手に入れるために?」

「そうよ! 強ければ何でも手に入るわ!」


 何の迷いもなく答えるグロリアに視線を向けつつ、レクサスはため息を吐く。燃えるような赤髪に男なら思わず振り返ってしまうほどに整った顔立ち。美少女と言っても誰も文句を言わない容姿をしているというのに、その中身は力こそすべてだと信じて疑わない脳筋そのものだった。だからこそ、若干十五歳でCランク上位まで上り詰めているのではあったが、なんとも惜しい気がしてならなかった。


「まぁ、いいわ。もうすぐオハマ村に着くはずよ。今はとりあえずクエストに集中……」


 言葉の途中でレクサスはバッと腕を上げ、グロリアの動きを制する。彼の実力を知っているグロリアはピタッと動きを止め、目だけを左右に動かし、周りを探った。


「……いるの?」

「かなり上手く気配を消しているけどねぇ。十メートルくらい先から一人、ゆっくりとこちらに近づいて来てるわ」


 グロリアが慎重に背負っているダインスレイブへと手を伸ばす。彼女自身力のある冒険者であり、気配を捉える事は常人以上に出来た。にも拘らず、自分の索敵から逃れている。つまり、近づいて来ているのは相応の使い手であるという事だ。


「魔族?」

「その可能性は高いわね。オハマ村にここまで上手に気配を消せる人がいるとは思えないし、仄かに敵意を感じ――」


 ヒュッ……。


 それにレクサスが気づけたのは、風切り音のおかげだった。頭で理解したわけじゃなく、これまでの経験から反射的に体が動き、振り返りながら自分へと襲い掛かってくる凶器を手で掴む。


「なっ!?」

「えっ!?」


 襲撃者とレクサスが同時に大きく目を見開いた。襲撃者が驚いたのは完全に不意を突いたのに攻撃を防がれたからであり、レクサスが驚いたのは襲撃者の正体が木の棒を持った黒に近い群青色の髪をした少年だったからだ。


「こ、子供!?」

「グロリア!」

「わかってるわよ!」


 レクサスが名前を呼ぶ前に、既にグロリアは動き出していた。群青髪の少年が攻撃を仕掛けた瞬間、警戒していた人物が二人に駆け寄ってくる。そして、もう一人の襲撃者が同じく木の棒を振り下ろすが、グロリアの大斧に軽々と受け止められた。


「くそ!!」

「こっちもなのね……」


 ある程度予想はしていたが、もう一人の襲撃者も同じ歳ぐらいの少年だった。こちらは太陽のようにきらめく金色の髪をしている。どうしようか、と一瞬迷ったグロリアの隙をつき、金髪の少年がすぐさま後ろに引くと、生い茂る木々に身を潜ませた。


「あっ、逃げられた」

「こっちもよぉ。アタシが掴んだ木の棒を引き戻せないとわかるや否や躊躇なく捨てて森の中に隠れちゃった。判断の速さも驚異的ね。でも、それ以上に驚きなのは……」

「レクサスにまったく気取られる事なく背後を取った事ね」

「そうなのよ。確かに前の子に気を取られていたけど、武器を振るわれるまでアタシが気づかないなんて……あの子、やばいわね」

「……金髪の子も普通じゃないわ」


 大斧で攻撃を受けた時に感じた重圧。ただの木の棒で攻撃されたものとは思えなかった。これまで数多の魔物を狩ってきた中で、こんなにも背筋がぞくりとしたことはない。


「ただまぁ……武器が木の棒じゃねぇ……」

「恐るるに足りないわ」


 ダインスレイブを背中に戻し、グロリアが腕を組んで仁王立ちをする。しばしの静寂の後、新たな木の棒を手にした群青髪の少年がグロリアに襲い掛かった。寸前まで気取らせないその気配の消し様に舌を巻きつつ、冷静に木の棒を躱し、その顔に自分の拳を叩きつけた。


「ぐっ……!!」


 盛大に鼻血をまき散らしながら、群青色の少年が後ろに吹き飛んでいく。


「子供にも容赦ないわねぇ」

「流石に手加減したわよ。でも、レディに暴力を振るう悪ガキには躾が必要でしょ?」

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

「行き過ぎた躾は体罰になるわよぉ」


 隙をついて飛び出してきた金髪の少年をひらりと躱しながら、レクサスが涼しい顔で言った。そのまま勢い余って地面に突っ込んだ金髪の少年だったが、すかさず体勢を立て直し、持っていた木の棒を投げつける。


「あら、ダメねぇ。そんな簡単に武器を手放しちゃ……え?」


 飛んできた木の棒を首を少し動かすだけで避けたレクサスだったが、金髪の少年の手に深紅の短剣が握られている事に驚きの表情を浮かべた。憎しみに満ちた顔で睨みつけている金髪の少年が、体を光らせながらレクサスへと向かっていく。


「その剣は何……!? それにその光は……!?」


 金髪の少年が暴力的に振るってくる深紅の剣を躱しながらも、レクサスの驚きが消える事はなかった。金髪の少年が纏っている光は間違いなく聖魔法によるものだ。拙いとはいえ、こんな年端もいかない子供が稀有な聖魔法を使うとは……つまり、この少年はあのジョブで間違いない。だが、その手に持つ深紅の短剣の謎がまだ解けなかった。


「不思議な武器に戸惑ってるみたいね。その答えは簡単よ、この子の固有魔法だわ」

「……固有魔法?」


 金髪の少年の攻撃を軽くいなしつつ、グロリアに視線を向ける。自分と同様、余裕綽々の様子でもう一人の少年の相手をしていた。群青髪の少年の両手にも金髪の少年と同じく深紅の剣が握られていた。


「この子、自分の鼻血から武器を作り出したの」

「血から武器を? まさかそれは……!!」

「その顔は心当たりがあるみたいね。ちなみに、私はこんな魔法を見た事ないわ」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 もはや理性など一切ない少年二人の猛攻を受けながらも、レクサス達は普段通りに会話をする。力の差は歴然だった。


「紅魔法と呼ばれる非常に珍しい魔法よ。アタシ自身、その使い手は初めて見たわ。聖魔法といい、何なのこの子達は」

「……で? どうするの? ぶちのめしちゃっていい?」


 流れる様に恐ろしい事を言うグロリアに、レクサスが顔を引きつらせる。


「冒険者なら依頼をしっかりこなしなさい」

「……って事は、この二人のどちらかが当たりなの?」

「そういう事よ。……"ひれ伏しなさいグラビドン"」


 レクサスが十八番おはこの重魔法を放った。自分の周囲に強力な重力を起こし、グロリアも含め少年達が地面に張り付く。


「くっ……私ごとやるなんて……!!」

「く、くそおぉぉぉぉぉ!!」

「う、動けよぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 身動きが取れなくなった二人の少年が悔しさに顔を歪め、獣のような咆哮をあげた。


「俺が……俺達がみんなの仇を取るんだぁぁぁぁぁ!!」


 まずは誤解を解くのが先決らしい。面倒な依頼を受けてしまった事に対して、レクサスは深々とため息を吐いた。

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