第60話 和解

 残りのワイバーンを片付け、面倒くさい素材の回収作業にかかる。ここに来るまでに倒した魔物の素材はほとんど価値がなく、魔物のコアしか集めて来なかったが、竜種となれば話は別だ。鱗や牙はもちろん、内臓や血液すらも貴重な素材となる。まぁ、ワイバーンはそこまでじゃないが、ドラゴンともなればこの依頼の達成報酬を超える価格で取引されたりもするので、お残しは厳禁だ。


「マジックバッグがあるとはいえ、入れるには適当にぶつ切りにしなきゃならねぇよな……」

「ぶ、ぶつ切りですか……それは大変そうですね」


 十メートルを優に超えるドラゴンの死体を前に思わずため息が出てくる。あの規格外の破壊力を見せたセレナの魔法を受け絶命したものの、その体が奇麗に原型をとどめていた。つまり、それだけ強固な竜鱗に守られているという事だ。死んだ事により魔力を失い、異様に高い魔力耐性はなくなっているものの、これは相当に骨が折れる作業だ。


「とどめを刺したのはセレナなんだから、それはあんたたちのモノよ」


 そんな俺の心境を読み取ったレクサスが素敵な笑顔で言ってきた。


「……あんたも手伝ってくれただろ? 分け前は半々だ」

「あら、アタシはちょっとだけ戯れただけよ? ……でも、そうねぇ。セレナの単独撃破ってなると色々と面倒な事になりそうだから、共同討伐って事にした方がいいかしら? セレナはそれでいい?」

「それでいいも何も、レクサスさんとレオンさんが動きを止めていてくれたから倒す事が出来たんです!」

「んもう! いい子過ぎて困っちゃう! ……じゃあ、お言葉に甘えて半分だけいただくわね」


 愛でる様にセレナに言うと、レクサスが右腕を上にあげ、魔力を込める。


「"断ちなさいグラビダルソー"」


 魔法を唱え、勢いよく右腕を振り下ろすと、ドラゴンの死体が真っ二つに分かれた。極細に圧縮した重力による切断。いつ見ても背筋が凍る。セレナの表情を見る限り、どうやら俺と同じ気持ちのようだ。


「もったいないけど血は諦めるしかないわねぇ。保存するものを用意してないし」

「レ、レクサスさん、すごすぎです……」

「今は無理でもセレナなら似たような事が出来るようになるわよ」

「で、出来ますかね?」

「これまで回復系の聖魔法ばっかり使ってきたから、攻撃魔法に慣れてないんでしょ? 慣れればもっと精密な操作が可能になるし、なんなら攻撃系の聖魔法ばっかり使うあの子に教えてもらえば……」


 そこまで言ってレクサスが言葉に詰まる。そして、微妙な表情で俺をちらりと見た。何を気を使っているんだか。確かに魔族を倒す事しか頭にないあいつは攻撃系の聖魔法のスペシャリストだな。だが、セレナには申し訳ないが教えてもらうのは難しいと思う。俺にクビを宣告したあいつが、俺と会うとは思えないからだ。


「あー……さっきの便利な魔法でマジックバックに入れられるくらい小さくしてもらいたいんだが?」


 微妙な空気を払拭するために、努めて軽い調子でレクサスに話しかけた。


「甘えてるんじゃないわよ。素材の回収は冒険者の務めでしょ。自分達でやりなさい」

「だよな……」


 あわよくば、と思ったがやっぱり駄目だったか。まぁ、セレナと二人で地道に解体していくしかないか。

 鱗の硬さにうんざりしながら紅魔法で作った出刃包丁でドラゴンを切っていると、誰かが近づいてくる気配を感じた。


「ノートさん?」

「あんたか。何か用か?」


 ワイバーンの解体が終わったのか、ノートが神妙な顔をして俺達の前に立つ。そして、徐に深々と頭を下げた。


「すまねぇ! 俺はあんた達を誤解していた! てっきり、気まぐれで冒険者の働きを見に来た世間知らずな貴族の令嬢とその護衛かと……!」

「世間知らずはあってるけどな」

「レ、レオンさん!」


 からかうように言うと、セレナが顔を赤らめる。


「あんた達はちゃんと冒険者として戦う力を持っていたのに、俺は見た目や雰囲気で勝手に決めつけて失礼な態度をとったにもかかわらず、ワイバーンの攻撃から魔法で守ってくれた! 本当に感謝する! そして、本当に申し訳ねぇ!!」


 ノートが頭を下げたまま小刻みに体を震わせながら言った。本気で謝罪している事が俺にも分かる。冒険者に対して本当に真面目な男だ。


「……頭をあげてください」


 セレナが微笑みながら優しい声で言った。


「別に謝るような事じゃないですよ? 冒険者は危険な職であり、身の丈の合わないクエストを受けてしまったら命を落とすかもしれない……それを理解しているからこそ、ノートさんは私達に厳しい言葉をかけたんですよね?」

「あ、あぁ。だが、実際はあんたもそこの兄ちゃんも、ドラゴン相手に一歩も引いちゃいなかった。情けなくもぶるっちまってた俺達とは違ってな。……たくっ、自分の事ながら呆れちまうぜ。実力のない俺なんかがあんた達にえらそうに言う資格なんかないっつーのにな。Fランクだって聞いて、どっか心の隅であんた達を下に見ちまってた」

「ノートさん達が私よりも高ランクであり、先輩冒険者である事は紛れもない事実なんですから、新人冒険者に助言をするのは別におかしな事じゃないですよ。ね? レオンさん?」

「……だな。Cランク冒険者が受けるクエストにどこの馬の骨ともわからんFランク冒険者がついて来るってなったら、誰だって不快に思うだろ。それなのにその感情をそのままぶつける事無く、俺達が死なない様に忠告までしてくれたんだ、謝罪される理由はねぇって話だ」

「あんた達……!」


 ノートの顔が一瞬ぐにゃりと歪んだ。だが、ぐっと堪えるように唇を真一文字に結ぶ。


「あんた達がそう言ってくれるなら、これ以上謝るのはちげぇな! だったら、先輩冒険者として不慣れな新人の解体を手伝ってやろうじゃねぇか!」

「本当ですか!?」

「そりゃ助かるな」


 胸をドンと叩きながら、ノートは屈託のない笑みを浮かべた。それを皮切りに他の者達も自分の作業が終わると俺達の所へやって来ては謝罪の言葉を述べ、ドラゴンの解体を手伝うと言ってくれた。わだかまりがなくなり、純粋にセレナとお近づきになろうとし始めたのは多少気になるが、俺と解体作業に慣れていないセレナの二人だけだとかなりの時間がかかってしまうので、その申し出は素直にありがたかった。


「これなら今日中に町に戻れそうだな」


 なんとかドラゴンをマジックバッグに入れ終え、帰り道でほっと息を吐く。解体中熱心に話しかけてくる連中を相手にセレナはずっと笑顔で対応していたからな。もう一泊野宿なんてしようものなら、奴らが群がってきて彼女が十分に休めないのは目に見えている。


「まったく……うちの子達をこき使ってくれちゃって。セレナはアタシと同じで男心を惑わす小悪魔なのね」

「ぜ、全然そんなんじゃないですよ! でも、ノートさん達が手伝ってくれて本当に助かりました!」

「その笑顔が凶器だって言ってるの。……まぁ、手のひら返したようにデレデレし始めたこの子達にも問題がありそうだけどね」


 レクサスが呆れたように視線を向けると、男達が気まずそうに顔を背けた。


「そ、それにしても突然ドラゴンが現れて驚きました。私、初めて見たので」

「まぁ、普通の人ならそうよね。あんなのがゴブリンみたいにポンポン出てきたら人類なんてあっさり滅亡よ」


 なんとなく気まずくなったセレナが話題を変えると、レクサスが肩をすくめながら言った。


「あの様子だとワイバーン共はドラゴンに住処を追われてこの山に来たんだろうな」

「恐らく間違いないでしょうね。あの子達は縄張り意識が高いから、余程の理由がない限りグレイシャから離れるような事はないわ」

「グレイシャ?」

「このアピク山同様、ロッキン山脈にある山よ。こことは違って一年中豪雪が吹き荒れ、生半可な生物では一日と生きられない大自然の脅威をそのまま絵にかいたような場所ね。隔絶された山として'絶峰'とも呼ばれてるわ」

「ドラゴンもグレイシャには生息しているんですか?」

「えぇ。どうやらあの山は竜種にとって居心地のいい場所みたいなのよ。でも、ちゃんと住みわけが出来ていたはずだから、なんらかのイレギュラーが発生した結果、ドラゴンがワイバーンを脅かしたと考えるのが妥当ね」

「なんらかのイレギュラー……何があったんですかね?」

「……まぁ、なんとなく想像はできるけどね」


 真面目な顔でレクサスが言うと、ちらりと俺に視線を向けてきた。俺は何も答えず、顔を向ける事すらせずに山道を下っていく。そんな俺とレクサスを見たセレナが首を傾げた。


「レオンさん……?」

「セレナ、そんな過酷な環境に置かれているグレイシャ山には町があるのよ。……いえ、正確にはあったと言った方が正しいのかしら? あの山で大きなイレギュラーが生じたとしたら、間違いなくその町が関係しているわ」

「…………」


 言葉を発しない。何も考えず、何も思い出さずに山を降りる事だけに集中する。いつもと違う様子にセレナが不安げな顔で俺を見ていた。そんな俺達を眺めながらレクサスがさらりと告げる。


「その町の名はモンターヌ。人ではなく魔族が住んでいる町で――勇者パーティが魔王軍四天王である'絶氷'のベリアルと共に滅ぼした場所よ」

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