第61話 ランクアップ
何とか日を跨ぐ前にブラスカへ戻ってくる事が出来たが、流石に業務を終えていたので、翌日の早朝に冒険者ギルドへとやってきた。
「……相変わらず早いわね。昨日は夜遅くに帰ってきたんでしょ?」
感心したような呆れたような顔で受付嬢であるグロリアが声をかけてきた。
「冒険者なら朝早くから依頼をこなせ、ってどこぞのおっかない女に叩き込まれたからな」
「その美しいお姉さんは、あんたのためにいつでもダインスレイブを振るう準備はできてるって言ってるわよ」
「……そいつはありがた過ぎて体が震えてくるぜ」
あの大斧は人に振るっていい武器じゃない。処刑場だけにしてくれ。
「グロリアさん! クエスト完了の報告に来ました!」
「セレナは本当にいい子ね。本来であればここで詳しい報告を受けるところだけど、昨日のうちにレクサスから聞いてるから必要ないわ……あぁ、レクサス様ね」
「今更取り繕っても遅ぇだろ」
呆れながら言う俺を無視して、グロリアがニコニコとセレナに笑いかけた。
「ということで、セレナ。おめでとう。Eランクに昇格よ」
「ほ、本当ですか!?」
喜びと驚きが半々なセレナを見て、グロリアが微妙な笑みを浮かべる。
「……予想はしていたけど、ドラゴンを倒しておきながらたったワンランクアップで嬉しいのね。評価としては随分と控えめだとは思わない?」
「そ、そうなんですか? 倒したと言っても、レオンさんとレクサスさんの力添えあっての事ですから」
「ドラゴンを一撃で倒したって聞いたけど?」
「はい。でも、それはお二人がドラゴンの動きを止めてくれていたから出来た事なので、私一人だったら矢を打つ前にやられてしまいますよ」
さも当然とばかりに言い放つセレナにグロリアは唖然とし、俺は苦笑した。確かに俺とレクサスが拘束したのは事実だが、それを加味してもあの魔法耐性の高いドラゴンを純粋な魔法で倒す事の出来る者など、殆どいないだろう。それはドラゴンと対峙した事のあるグロリアも当然分かっている。
「……まぁ、いいわ。あんまり目立ちたくないでしょ、ってレクサスも言ってたし、Sランクのおこぼれで偶然ドラゴンを倒したっていう事にした方が都合がいいのかしら」
「そうだな。俺とパーティを組んだってのもあるし、異様な冒険者ランクの上がり方したら、他の冒険者にいらぬ誤解を与えかねないからな」
「ギルドの決定にセレナが文句ないって言ってるんだから、私から言う事は何もないんだけどね。ただ、一冒険者としても、一受付嬢としても、実力に見合わないランクの冒険者がいると、もやもやするのよ。あんたみたいにね」
「俺は分相応なランクだって」
「どの口がそれを言うんだか」
クエスト完了の処理をするために出した俺とセレナのギルド証を受け取りながら、グロリアが顔をしかめる。
「もし、依頼を受けるって言うならそのまま登録しちゃうけど?」
「あー……」
「すいません、レオンさん。今日は少し用事があるので、冒険者の活動はお休みしてもいいですか?」
どうしようか、と悩んでいたらセレナが俺に尋ねてきた。これは珍しい。こんな風に自分から休みたいなんて言うのは今まで一度もなかった。
「別にいいんじゃねぇか? 一日で終わらない依頼をこなしたのは初めてだったし、ゆっくり体を休めるのも大事だろ」
「ありがとうございます!」
ドラゴンの素材を売却すればそれなりの大金になるだろうし、鼻息荒くクエストをこなさなくても生活に支障はない。ただ、セレナの用事に全く心当たりがないのが少し気になった。まぁ、女性には色々とあるのだろう。
クエスト完了とランクアップを施してもらったギルド証を受け取ると、お礼を言いつつセレナはそそくさとギルドから出ていった。
「……置いてかれちゃったわね」
「そうだな」
「あんたはどうするのよ? 予定でもあるの?」
予定? そんなの考えるまでもなくないな。
「手に入れた素材を買い取り屋に持ってった後は暇だな」
「悲しい男ね」
「うるせぇ」
なんだかんだ薄まっているが、俺の目的はセレナの護衛だ。そのセレナがいないんじゃ、予定なんてあるわけもない。
「趣味の一つくらい見つけないと、モノクロの人生を過ごす事になるわよ?」
「そういうグロリアはあんのかよ?」
「もちろん! 血液をアルコールで染め上げる事よ!」
「……そうですか」
優れた容姿を持つくせに、"
「……なんか失礼な事考えてるでしょ?」
「いえ、そんな事はないです」
ジト目を向けてくるグロリアから、さりげなく顔を背ける。
「……まぁ、いいわ。暇なら私のお願い聞きなさい」
「お前のお願いとかマジで怖いんだけど」
「別に大したことじゃないわよ。
新人訓練の付き合いか。まぁ、それくらいなら別にいいか。
「偶には
「あら、恩を感じていたなんて驚きね」
「殊勝な男なんだよ、俺は」
そんな軽口を叩きつつ、ギルドに併設されている買い取り屋に素材を持ち込む。俺達がドラゴンを討伐した話が通っていたおかげでスムーズに受け渡しを行う事が出来た。金額の査定にはそれなりの時間がかかるので、俺はグロリアと共に、ギルドの修練場へと足を運ぶ。
「あ、師匠!」
俺の姿を捉えたヴィッツが子犬の様に駆け寄ってきた。少し遅れてエブリイがこちらに近づいて来る。
「ノートの師匠達から聞いたぞ! ドラゴンを倒したんだってな!」
「あれ? セレナさんはいないの?」
「今日は用事があるらしくて、セレナは別行動だ」
修練場にいるのは'血'のダンジョンで一緒になった二人、それとワイバーンのクエストをこなしたノートを含む五人の男達だった。教育係のオデッセイとハイエースの姿はない。
「クエスト明けだっていうのに随分と精が出るな、ノート」
「下っ端に休みなんてないってわけだ」
ノートがにやりと笑みを浮かべる。他の連中も諦め顔で笑った。ある意味ホワイトである意味ブラックなクランだからな、ここは。
注目を集める様にグロリアがパンパンと両手を叩く。
「顔見知りだとは思うけど一応紹介しておくわね。私達
「えぇ!? 師匠ってBランク冒険者だったのか!?」
「どうりで強いわけだね……!!」
俺のランクを初めて知ったヴィッツとエブリイが目を丸くしているが、ノート達に驚いた様子はない。
「というわけで、今日はレオンがみんなの特訓相手になってくれるわ」
「え……?」
グロリアの言葉を聞いたヴィッツとエブリイの表情が固まる。ん? なんで二人はそんな顔してるんだ? ノート達は少し興味深げに俺を見ているだけで、別に普通だぞ?
「じゃあ、レオン。後はよろしくね」
「あぁ。頼まれたからには全力でやってやるよ」
他人にあまり興味がない俺でも慕ってくれるヴィッツとエブリイ、そしてクエストを共にこなしたノート達には、つまらない事で死んで欲しくないと思えるほどには情がある。少しでも手助けになれるよう、全力で協力しよう。
「ん? 二人ともどうした?」
「師匠の全力のしごき……」
「ノートさん、覚悟した方がいいですよ……」
「へ?」
ノートが目をぱちくりさせる。なにやらヴィッツとエブリイの顔色が優れないようだが、気にする必要はないな。さぁ、楽しい訓練の始まりだ。
*
美の町とも言われるブラスカ。それは美しい街並みもさることながら、最新のファッションを生み出している事からでもあった。そんな目の肥えた住人から認められ、ファッション界の先頭をひた走るのがSランク冒険者として名をはせたレクサス・ギャラガーが経営する服飾屋、『レクサ・スペード』。町の一等地に建てられており、その人気を体現した五階建ての立派な建物の最上階がオーナー室になっていた。
冒険者の活動をしていない時は基本的にこの部屋で仕事をしているという事で、今日もレクサスは大きな窓が据え付けられた広い部屋で、一人静かに経営に関する書類に目を通していた。そんな彼に秘書から連絡が入る。
「オーナーにお会いしたいという方がお見えになっています」
「アタシに会いたい? アポイントは?」
「ありません」
レクサスが眉を潜める。この秘書は自ら選んだ、事務仕事も接客も完璧にこなす人材だ。理由なくアポイントも取らない相手を自分に繋ぐ事など考えられない。だからこそ、レクサスは尋ねてきた相手を聞いた。そして、その名前を聞いてすぐに納得し、秘書に自分の部屋までその者を連れてくるよう伝えた。
少しワクワクしながら相手を待つ。自分もちょうど話をしたかったところだ。尋ねてきた理由も含めて、じっくりと話を聞くとしよう。
そんな事を考えていたら、部屋の扉が開いた。そちらに目を向けたレクサスが僅かに口角をあげる。
「……一人でここに来たって事は、レオンに知られたくない秘密のお話でもしに来たのかしら?」
楽しげな表情を浮かべるレクサスの視線の先には、元聖女が少し緊張した面持ちで立っていた。
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