第59話 ドラゴン
ワイバーンは竜種の中でも小柄で危険度の低い魔物だ。だが、それは竜種の代表であるドラゴンと比べての話だった。その体躯は三メートルを優に超え、空を縦横無尽に飛び回る翼に、量産された鎧など容易く貫く牙と爪を有しており、非力な人間にとって脅威である事は明確だ。冒険者ギルドが独自に設定しているモンスターランクはC。これはCランク冒険者がソロで倒す事ができる、という指標ではなく、あくまで魔物を格付けした結果のランク付だ。
「うおおおおおお!!」
そんなワイバーンに怯む事なく、ノート達が勇猛果敢に攻め立てる。ただ、さっきまでは個々に魔物を倒していたが、ワイバーン相手には五人で固まって戦うようだ。これまでの戦いぶりを見るに一対一でも勝てる実力は有していると思うが、戦っている最中に他のワイバーンから攻撃されれば負傷する可能性があるという判断からだろう。冷静で的確な判断だと言える。
とはいえ、相手は空をも自由に舞う事の出来るワイバーンだ。五人で全方位をカバーしながら戦うには限界がある。
「ギャオウ!」
特にあらゆる方向から放たれる複数のブレスを躱すのは至難の業だ。自分達に向かって飛んできている事には気づいているが、目の前にいるワイバーンに手いっぱいで、ブレスの対処まではできそうになかった。
「"
両手を前に突き出したセレナが聖魔法を唱える。ノート達の周りに現れた聖なる障壁が、飛来するブレスを完璧に防いだ。ワイバーンの首にショートソードを突き立てながら、ノートが少しだけ驚いた顔でセレナを見る。心配する必要はない。あの強力なブラッドゴーレムの攻撃から俺を護った魔法だ、ワイバーンのブレス程度の威力であれば絶対に破られることはないはずだ。
「やるじゃない、セレナ。本当に優秀な後衛ね。うちに欲しいくらいだわ」
「俺のパーティメンバーをスカウトすんじゃねぇよ」
「回復も出来て、味方を護る事も出来て、弓も使える人材なんてアタシじゃなくてもスカウトしたくなるわよ」
まぁ、セレナがレクサスから評価されるのは悪い気がしない。彼女が非凡な後衛である事は事実だしな。こういった新人の育成の時も、強敵との戦いにおいても、セレナは一線級の活躍を見せるのは間違いない。
セレナのサポートを受け、ワイバーンのブレスに注意を払う必要のなくなったノート達は次々とワイバーンを討伐していった。一体ずつ確実に仕留めるその動きに危うさも慢心も一切ない。これならすぐに高ランクの冒険者になれそうだ。
『……おい主、ごっついのが来るで?』
もはや消化試合になっていたノート達とワイバーンの群れの戦いをのんびり眺めていたら、不意にマルファスが言った。何の事かと問いかけようとした矢先、異様な気配を察知した俺とレクサスが同時に空へと視線を向ける。
「……おいおい、聞いてねぇぞ」
「どうやら新しいお友達が遊びに来たみたいね」
うんざりした顔で言った俺に対し、レクサスは少し楽しそうに笑った。俺達の視線の先にいるのは、自分が空の王者だと言わんばかりに悠然と翼をはためかせ、まっすぐこちらに飛んでくる強者の姿。冒険者ギルドが討伐の指標として独自に設定したランクが、小規模な町が壊滅する恐れのあるAである魔物。出会ってしまったらとにかく逃げる事だけ考えろ、と熟練冒険者から教えられるドラゴンだった。
ズドーン!!
アピク山の頂上に、何の警戒もなくゆったりとドラゴンが降り立つ。ワイバーンの殲滅が目前だったノート達がその姿を見て、時間が止まってしまったかのように固まった。ノート達のサポートに全神経を張り巡らせていたセレナも、ここで初めてドラゴンの存在に気付き、大きく目を見開く。
「レオンさん……あれって……!」
「あぁ、ドラゴンだな」
恐らく初めて見ただろうセレナに、見たらわかるだろうが一応教えておく。ワイバーンの五倍はありそうな体躯に、圧倒的な威圧感。あれで結構俊敏に動けるから厄介この上ない。
「……し、思考を止めるな! 死ぬぞ!」
現実逃避しそうな自分を奮い立たせるようにノートが大声をあげた。その声に我を取り戻した他の仲間達が慌てて後ろに下がろうとする。
「ギャオオオオオオオオオオウ!!」
大気を震わせる大咆哮。地震が起きたかのような衝撃。魔力が込められているわけでもなく、ただ単に吠えただけだというのに、それだけで自分と力の差がある者の動きを封じた。これはノート達が退却するのは無理そうだ。さて、どうしたものか。ちらりと横にいるセレナの様子を見た瞬間、俺の行動方針が定まった。
「……流石にこの子はノート達の手には余りそうねぇ」
俺が行動を起こす前に、既にレクサスはノート達が立ち竦んでいる場所まで移動していた。どうやら直感の鋭いドラゴンは察したようだ。目の前に現れた奇抜な服を着ている男が、得体の知れない力を持っているという事に。
巨大な翼を動かし、ドラゴンがゆっくりと飛翔する。その様をレクサスは無表情で見ていた。
「随分と頭が高いわね……」
呟くように言うと、レクサスが静かに手を前に出す。
「"
空へと舞い上がろうとしたドラゴンが踏みつぶされた虫の如く地面に叩きつけられた。必死に起き上がろうとするも、見えない力で徐々に押し潰されていく。これが俺の紅魔法同様、固有魔法とされる重力を操る重魔法の担い手"
だが、相手はあのドラゴン。強力な重魔法を一発受けてそれで終わり、というわけにはいかない。
「グ、ガァァァァァァァ!!」
雄たけびあげながらドラゴンが無理やり立ち上がった。それを見てレクサスが小さく笑みを浮かべる。
「流石はドラゴンといったところかしらね。魔法を使わずに素の力だけでアタシの重魔法に抗っちゃうんだから」
ドラゴンに重力を浴びせたまま、レクサスがさらに魔力を練り上げた。このまま黙って見ていてもレクサスなら何事もなくこの場を収めるだろうが、それでは面白くない。
「"
親指の腹を噛み切って魔法を唱えた。ドラゴンの足元から深紅の鎖が、容赦なくその体を縛り付ける。その瞬間、重力に抗えなくなったドラゴンが再び地面に倒れ伏した。これまでより明らかに鎖が太くなってるな。これもマルファスのおかげか。
『なんや? もっと感謝してもえんやで?』
「……そうだな。無駄口を叩かなくなってくれれば、素直に感謝できるんだけど」
『ほんま捻くれとるなぁ、主は。友達できへんで?』
呆れたような声でマルファスが言った。ほっとけ。
「あら? 手を貸してくれるの?」
「冗談。手を貸して欲しい程の状況でもねぇだろ」
「そうね。だったら何が狙いなのかしら?」
「仮にも助っ人として呼ばれたんだ、少しは仕事をしねぇと、と思ってな。……つーわけで、こいつは譲ってもらうぜ」
レクサスが少し意外そうな顔で俺を見た。
「珍しいわね、レオンがそんな事言うなんて。でも、知ってると思うけどドラゴンにあんたの紅魔法の効きは悪いわよ?」
レクサスの言ってる事は正しい。ドラゴンの強さとしてブレスや強靭な肉弾戦の破壊力が真っ先に挙げられるが、それと同じくらい厄介なのが魔法耐性の高さにある。俺の様に魔法で作り上げた武器では、十分なダメージが与えられないのだ。
ただまぁ……それは常識の範囲内の魔法であればの話だ。
「心配すんなって。俺じゃねぇから」
意味深な笑みを浮かべる俺を見て眉を潜めたレクサスだったが、俺の思惑に気が付き、肩をすくめながら笑みを浮かべる。
「……そういう事ね。アタシも見てみたかったから丁度いいわ」
そう言うと、ドラゴンに魔法を放ったままレクサスが横に動いた。俺が作り上げた鎖にヒビが入り始める。レクサスの重魔法も受けているというのによくやる……ただまぁ、そんな悠長にしてる余裕はないぜ?
「――"
後ろに控えているセレナが光の矢を放つ。無数に拡散していった矢がそれぞれ放物線を描き、一点を目指して収束していった。突如として現れたドラゴンに驚きはしたものの瞬時に自分のすべき事を考え、ドラゴンの咆哮にも怯むことなく魔力を練り上げ続けたセレナの渾身の一撃だ。その破壊力は結果を見なくても分かる。
着弾した瞬間、凄まじい爆発が起こった。立っていられないほどの爆風を、膝をつきつつなんとか踏ん張る。中ランクの魔物を軽々消し飛ばすほどの威力の矢が無数に放たれ、それが同時に襲い掛かって来たんだ、それを食らったドラゴンには正直同情する。
『……相変わらずごっついのう』
マルファスが小声で呟いた。激しく舞い上がった砂煙が少しずつ晴れていく。そこにあったのは白目をむき、ピクリとも動かなくなったドラゴンの屍だった。
「……なるほど。一撃の重さに関しては、レオンもアタシも敵わないかもしれないわね」
あんぐりと口を開けているノート達とは違い、冷静に状況を分析したレクサスが自分の頬に手を添えながら言った。正直、俺も驚いている。セレナの魔法であれば、例え魔法耐性が高いドラゴンに対してもかなりのダメージを与えられると思っていたが、まさか一発で倒してしまうとは思っていなかった。
「レ、レオンさん!」
セレナが興奮した声を上げる。
「すごいですよ、この弓! かなり魔力を込めた矢を放ったのに全然壊れる気がしません!! 流石はレオンさんの行きつけのお店で買った弓ですね!!」
……すごいのはセレナ、お前だよ。そう思いつつも言葉にはせず、子供のようにはしゃいでいるセレナを見て、俺は苦笑いを浮かべるのであった。
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