第57話 キャンプにて
アピク山のふもとに着いたのが日が沈み始めた頃だったので、山を登るのは翌日という事になり、今夜はここでキャンプをする事になった。セレナと二人でテントを建てた後、レクサスからもらった食材で夕飯の準備をする。
「もらったのは肉と野菜とパンか……塩は持ってるが、焼くくらいしか調理方法が思いつかねぇな。シチューとか作れればいいんだが」
「レオンさん。今回は私が料理してもいいですか?」
冒険者御用達の食材を焼くだけ料理を作ろうとした俺に、セレナが少しワクワクしながら尋ねてきた。
「料理って何か作ってくれんのか?」
「はい! とは言っても、生まれてこの方料理なんてした事ないので、ダンジョンで作ってくれた料理を真似る事しかできませんが、自分の手で作ってみたいんです!」
「そ、そうか」
目をキラキラさせてグッと距離を詰めてきたセレナから若干体を仰け反らしながら了承した。料理をした事がないとは意外だったな。いや、教会住まいなら自分で食事を作る機会もないか。まぁ、本人がやりたいって言うのなら任せればいいな。料理初心者でも肉や野菜を焼く事くらいはできるだろう。
『なんやセレナ、料理した事ないんか? 料理できな男を落とせんぞ?』
レクサスが近くにいなくなったせいか、マルファスが生き生きとした声で言った。
『胃袋掴むっちゅうんが、いっちゃん早い男の落とし方やからな』
「が、頑張ります!」
『ほな、お手並み拝見といきましょか』
くくく、と楽しそうに笑いながら鳥の姿になったマルファスが俺の肩にとまる。いや、何を我が物顔で乗ってんだ。降りろ。
「まずはお肉を一口大に切って……」
ズドン!!
何の効果音だ、と思った者もいるのではないだろうか。丸太を割るように包丁を高く掲げ、勢いよく食材に叩きつければこんな音もするというものだ。
『……セレナはあん肉に親でも殺されたんか?』
「……いや、セレナの親はご存命のはずだ」
俺とマルファスが呆然と見つめる中、戦慄の破壊力でセレナが肉を粉砕していく。……うん。大事なのは火の通りをよくするように小さくする事だ。そのタスクをセレナはちゃんとこなしている。例え、その様が猟奇殺人鬼の死体解体現場にしか見えないとしてもだ。
「野菜も同じように、と」
まな板に置かれた野菜が真っ二つになった瞬間、左右に吹き飛んでいく。なにやら嫌な予感がしてきた。脳裏に不安がよぎる。い、いや、刃物の扱いに慣れてないだけだ。どんなに奇抜な切り方をしたとしても、後は焼くだけなので失敗しようがない。焦げそうだったら俺が指摘すればいいだけの話だ。
「後は適当な枝に刺して、焼くだけですよね!」
晴れやかな笑顔でそう言うと、大きさがまちまちな野菜と肉が刺さった枝を躊躇なくたき火の中に投げ込んだ。いやいやいやいや。
『……豪快過ぎるで、姉ちゃん』
「……なぁ、セレナ? これ焼けたらどうやって取るんだ?」
「もちろん気合です!」
『なんでそんな笑顔で言えるねん! 恐怖すら感じるわ!』
教訓、セレナに料理をさせてはならない。
その後は俺が引き継ぎ、何とか串焼きを完成させた。塩をかけただけのシンプルな味付けだが中々いける。これは結構いい肉と野菜を寄越したな。流石はSランク冒険者。ちなみに、セレナの愛情がたっぷり詰まった炭屑……もとい串焼きは、うちの精霊が責任をもって処理してる。
「どうですかマルさん? 美味しいですか?」
『あーうん。上質な木炭を食っとる感じやな』
「それは良かったです!」
どの辺が良かったのだろうか。下手にツッコミを入れようものなら俺も木炭を食べる事になるので、何も言わずに自分の焼いた串を大人しく食す。
「……邪魔するぜ」
夕飯を食べていたら、いつの間にやら近づいてきていたノートが俺達の近くに腰を下ろした。
「残念だけど、お前に食わせる分は残ってねぇぞ」
「別に飯をたかりに来たわけじゃねぇよ」
肉を頬張りながら言うと、ノートが素っ気ない口調で返す。
「ちょっとあんたらに言っておきたい事があってな」
「なんでしょうか?」
串焼きを食べ終えたセレナが、居住まいを正しながら聞いた。そんなセレナをノートがじっと見つめる。
「……明日、俺達はワイバーンの群れを討伐する」
「はい。レクサスさんに聞きました」
「ワイバーンは小竜と呼ばれ、危険度で言えばドラゴンには劣るが、その脅威は町に現れたら高ランクの冒険者にお呼びがかかるほどの魔物だ。当然、Fランク冒険者の手に負える相手じゃない」
ノートの声は静かだった。だが、僅かに非難の色が見え隠れしている。
「アピク山には多くの魔物が生息している。山頂で群れているワイバーンを目指す過程で、他の魔物と接敵するのは十分に考えられるだろ」
「そう……ですね」
「そうなった時、俺達が
「……何が言いたい?」
怒りすら感じる鋭い視線を、ノートが俺に向けてきた。
「どうせあんたはこのお嬢さんの護衛なんだろ? だったら言ってやってくれ。物見遊山で魔物の討伐に参加すれば、無駄に命を散らすだけだって。俺達がワイバーン達を倒して帰ってくるのを、ここで大人しく待ってろって」
「…………」
このノートという男は随分と優しい性格をしている。冒険者の仕事を甘く見ている気に入らない貴族の令嬢とはいえ死んで欲しくないと願い、嫌な奴だと思われても忠告しに来たというわけだな。実際はセレナは貴族の令嬢ではないが、その心持ちには好感が持てる。
「大丈夫だ。セレナはそんなやわじゃない」
淀みなく俺が答えると、ノートがスッと目を細めた。
「……ちゃんと忠告したぞ? もし命を落としたとしても、
「言ったろ? 大丈夫だって。だが、万が一お前の言う通りセレナが死んだとしても、
「……言質はとったからな」
敵意すら感じる目で俺達を睨むと、ノートは静かに立ち上がり、俺達の元から去っていった。
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