第56話 指名依頼
グロリアから言われた時間にブラスカの町の入り口へと行くと、何人かの冒険者を連れたレクサスが待っていた。俺達の姿を見ると、嬉しそうに手を振ってくる。
「こっちよぉ~」
「お待たせしました!」
「うふっ♡ こっちも今来たと・こ・ろ♡」
いい年したおっさんのぶりっ子はきついので無視しつつ、さりげなくレクサスと一緒にいる者達に目を向ける。人数は五人、全員男で年齢は俺とそう変わりなさそうだ。装備もしっかりと手入れされている。恐らく
「とりあえず自己紹介からね。この二人はセレナとレオン。アタシの知人よ」
「よろしくお願いします」
セレナが礼儀正しく頭を下げた。だが、他の者達の戸惑いは消えない。そんな中、五人の中でリーダー格と思われる男が眉を潜めながら口を開いた。
「おいおい、えらい美人じゃねぇか。今回は貴族のご令嬢を伴ってクエストに行くのかいレクサスさん?」
「いいえ、違うわ。助っ人として呼んだのよ」
「……助っ人って別嬪さんとこの兄さんがか?」
「えぇ」
信じられない、といった顔をする男に、レクサスがさもありなんという感じで答えた。途端に男達の視線が鋭くなる。
「そんな怖い顔してないであんた達も自己紹介しなさい」
こういう反応になるのは織り込み済みであったレクサスが男達に軽い口調で言った。
「……俺の名前はノート・アビントン。
リーダー格の男であるノートが真っ先に自己紹介をする。とにかく数をこなして新人の成長を図るってやり方は昔と変わっていないようだな。いい武器使ったり、小手先の技術を磨いたりするよりはずっと生存確率が上がるから、効率的と言えばそうだ。まぁ、クエストをやりすぎて死んだら元も子もないが、無茶をさせているように見えて疲れ具合や実力をちゃんと加味してクエストを選んでるから、その心配も殆どない。
「助っ人っていう事は二人は冒険者って事でいいんだよな?」
「はい。私とレオンさんはパーティを組んでます」
誇らしげにセレナが答えた。そんなにパーティを組めたのが嬉しかったのか。なんかちょっと気恥ずかしい。
「あんたみたいな奇麗な人が冒険者とは驚きだな。……ちなみに冒険者ランクは?」
「Fランクです!」
「……Fランク?」
一瞬にして空気が変わる。これまでは得体の知れない俺達を警戒するように見ていた冒険者達から、軽蔑と怒りの感情がひしひしと感じ取れた。ノートも苛立ったように舌打ちをしつつ、レクサスの方を見る。
「……なぁ、レクサスさんよぉ」
「あら、なにかしら?」
「俺達はあんたに憧れて
責める気持ちを隠すことなくノートが言った。他の連中も言葉にはしなくても同じ気持ちである事は顔を見ればわかる。なるほど、流石は
部下である男に噛みつかれているというのに、レクサスは柔和な笑みを浮かべていた。
「言ったでしょ? この子達は助っ人だ、って。……その意味が分からないのかしら?」
だが、その声は底冷えするような圧に満ちていた。ノートの額から一筋の汗が顔を伝う。おろおろしているセレナを見つつ、俺は小さくため息を吐いた。
「……おい、レクサス。俺が言うのもなんだが、ノートの言ってる事は至極真っ当だぞ? 不愛想な男と育ちの良さそうな女が助っ人だって言われても、不信感しか抱かねぇだろ」
「人を見た目と地位で判断しちゃいけないって事を、この子達に教えてあげたいのよ」
他に聞こえないよう小声で言うと、レクサスがウインクしながら答えた。
「さぁ、無駄話をしているとどんどん出発する時間が遅くなっちゃうわよ。さっさと行きましょう」
ぱんぱんと手を叩き、レクサスが冒険者達を促す。納得していない様子なのは火を見るより明らかだったが、これ以上言葉を並べたところで無駄だろう。ノート以外の冒険者とも最低限の挨拶を交わしてから俺達はブラスカの町を出発した。
「……そういや、俺達は依頼の内容を全く知らないんだが?」
町を出てから一時間くらい経ったところで思い出したようにレクサスに話しかける。ちなみに、これまで誰一人として俺達と口をきこうとする者はいない。
「なによ、グロリアから聞かなかったの?」
「あいつは集合時間と場所しか言わなかったよ。レクサスに会えばわかるって」
「あらそうなの? ……アタシ達が目指しているのはアピク山の山頂よ」
「アピク山の山頂だと?」
思わず足が止まった。
「なに? 忘れ物?」
「……それって確実に日帰りじゃ無理だろ」
「何言ってんのよ。冒険者に野宿はつきものじゃない。それとも野宿にも耐えられないようなお嬢ちゃんなのかしら?」
「全然平気です! ダンジョンでしか野宿をしたことがなかったので、ちょっと楽しみなくらいです!」
「うふふ、中々骨太じゃない」
俺の隣を歩いているセレナが元気よく答える。だが、俺の顔は渋いままだった。
「セレナは楽しみだって言ってるのに、あんたは不満でもあるっていうの?」
「大ありだ。依頼の事は聞いてなかったから何の準備もしてねぇんだぞ?」
「それなら心配いらないわ。あなた達の分の食事と水はこちらで用意しているから。テントくらいはそれに入ってるわよね?」
背中に背負っている俺のショルダーバックを見ながらレクサスが言った。これを俺にくれたのがレクサスだから、当然これがマジックバッグである事を知っている。だから、冒険をするための最低限の装備を常に持っている事は把握されており、その上で唯一準備が必要な食料関係は用意していると言われてしまえば、何も言えなくなってしまう。
俺はため息を吐きながらガシガシと頭をかいた。
「……で? 討伐対象は?」
「ワイバーンよ。この辺りには生息していないはずなのに、アピク山の山頂で大量発生しているって情報が入ったから、それを退治しに行くのよ」
それを聞いたセレナがピクッと反応する。
「……ワイバーンって事はドラゴンですか?」
「ドラゴンと同じ種ではあるんだけど、子猫と虎ぐらいの差はあるわ。ワイバーンはCランクで、ドラゴンはAランクの魔物だからね」
「そ、そうなんですか。ちょっと安心しました」
セレナがほっと安堵の息を吐いた。正直な話、普通のドラゴンならあのダンジョンで倒したブラッドゴーレムの方が数段手ごわいのだが、油断されても困るのでそれは言わない。まぁ、セレナに限ってその心配は必要ないと断言できるのだが、一応な。
「つーか、助っ人ってなんだよ? あんたがいんのに」
「今回の依頼は普段とは違う場所に現れた魔物の討伐なのよ? いつもと違うっていうのはトラブルの前兆。万が一アタシがやられちゃったら可愛いこの子達が危険に晒されちゃうんだから、保険は必要でしょ?」
「……先に言っとくけど、あんたがやられたら俺達は一目散に逃げる自信があるぜ」
Sランク冒険者を倒す魔物とか考えたくもない。もはやそれは町一つ滅びるほどの天災レベルだ
「……ところで、とてもユニークな指輪ちゃんは随分と静かなのね」
「ん? あぁ、マルファスの事か」
「そうマルファスちゃん! 精霊とお話出来る機会なんてそうそうないから、すっごい楽しみだったのよ!」
「だとよ」
『…………』
軽く手を上げ、指輪に話しかけてみる。返事がない、ただの指輪のようだ。
「だめだな。レクサスにビビって引っ込んじまってる」
『だ、誰がビビっとるって!? 儂は天下の精霊様やぞ!? 人間如きにビビるわけないやろがい!!』
「あらー! マルファスちゃん、こんにちは♡」
『ひぃっ! ……わ、儂ら精霊っちゅうんはな、そら高位の存在なんや! 自分らの頭じゃ想像できひんくらいにな! せやからそう易々と言葉を交わすわけにはいかないんや!』
「普段はいらん事も言ってるだろうが」
呆れながら言うも完全にスルー。どうやら血の精霊様は自分に都合の悪い事は聞こえないようだ。
『ちゅうわけで、儂は指輪ん中で
それだけ言うと、マルファスは再び物言わぬ指輪と化した。レクサスがなんともいえない表情で、俺の指輪を見つめる。
「なんていうか……えらく人間臭い精霊様ね」
「……あぁ、俺もそう思う」
他の精霊もこんな感じなのだろうか。だとしたら、精霊というのは人間達が思っている程、高尚な存在ではないのかもしれない。
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