第55話 パーティ登録

 セレナとブラスカの町を回った翌日、俺達はパーティ登録をするため朝一で冒険者ギルドに足を運んだ。かなり閑散としている。冒険者が朝に弱いのはどの町でも一緒だ。こんな健康的な時間にギルドへ来る奴なんて殆どいない。


「おはようございます、グロリアさん!」

「おはよう」

「あら、二人とも早いのね。おはよう」


 書類仕事をしていたグロリアが顔をあげて挨拶を返してくる。


「あの後どうだった?」

「え……あ、た、楽しかったです!」

「それは良かったわ」


 時計台での事を思い出しているのか、少し顔を赤らめながらセレナが答えると、グロリアがにっこりと笑った。


「今日はパーティ登録をしに来たという事でいいのかしら?」

「あぁ。セレナも組みたいって言ってくれたし、やってくれ」

「わかったわ。じゃあ、二人ともギルド証を出して」


 俺とセレナが自分のギルド証をカウンターの上に置く。それを手に取ったグロリアは、専用の魔導機器に俺達のギルド証を差し込み、なにやらカチャカチャと操作した。


「…………はい、これでパーティ登録完了ね」

「ありがとうございます! ……それで今更なんですけど、パーティ登録すると何かいいことがあるんですか?」

「え?」


 少し驚いた表情を浮かべたグロリアが、すぐに怖い顔になって俺を睨みつけてきたので、俺はそっぽを向く。


「……その辺の説明は事前にしておきなさいよね」

「そういう説明をするのは受付嬢の仕事だろ?」

「あんたみたいな冒険者がいるから、私達受付嬢の仕事がちっとも減らないのよ」


 グロリアが額に手を添えながらため息を吐いた。なんとなく理不尽な物言いな気がするが、言い返したところで藪蛇になるだけなので黙っておく。


「基本的に変わる事はないわ。一人で受ける依頼をパーティでこなす事が出来たり、パーティ専用の依頼を受ける事が出来たり、パーティで一番高ランクの冒険者の依頼が一緒に受けられたり、といったところかしら。報酬の配分はパーティ内で決めてもらう形をとっているわ。ギルドが口出しても碌な事にならないからね」

「それなら今までとそんなに変わらなさそうですね」

「セレナが依頼を受けて、俺が勝手についてってたからな」

「今まではそれだとレオンは依頼を達成した事にはならないけど、パーティを組んだからには、レオンも依頼を達成した事になるわ。まぁ、あんまり関係ないでしょうけど」


 グロリアが肩をすくめながら言った。確かにグロリアの言う通りだ。依頼の達成数や達成率はランクアップに影響してくるのであって、別にランクを上げたいわけじゃない俺にとってはまるで関係のない話に他ならない。


「……あぁ、もう一ついい事があるわ。特にセレナみたいな子にとってはね」

「え? なんですか?」

「自分のパーティに誘ってくるナンパ男を袖にする事が出来るわよ。もう他のパーティに入ってるって言ってね」


 ウインク交じりでグロリアが答えた。セレナは冗談だと思って笑っているが、多分グロリアは八割くらい真面目に言っているだろう。セレナの容姿を考えると、大いに頷ける。


「後は手続き上の事ばかりだから、こちら側の話になってくるわね。だから、セレナ達はあまり気にしなくてもいいわ」

「わかりました。今まで通りレオンさんと一緒にクエストをこなしていけばいいって事ですね?」

「そういう事よ」


 まぁ、あんまり難しく考える必要はないだろう。これまでと大きく変わる事はない。


「パーティ登録もしたところで、久々に依頼でも受けるとするか。今は少し資金に余裕があるとはいえ、油断してたらあっという間に食いっぱぐれる事になっちまう」

「それは嫌ですね。美味しいご飯を食べたいです。レオンさん、依頼を受けましょう」

「いい心掛けね。じゃあ、早速お勧めの依頼を……って、いきたいところなんだけど、そういうわけにもいかないのよね」

「……どういう事だ?」


 俺が怪訝な顔をすると、グロリアが意味ありげな笑みを浮かべた。


「あなた達のパーティに指名依頼が入ってるのよ」

「指名依頼?」


 不思議そうに首をかしげるセレナの隣で、俺は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。指名依頼というのは文字通り冒険者を指名して依頼を出す事である。お察しの通り、指名依頼は名声の高い高ランクの冒険者に対して出されるものだ。ギルドに登録して間もないFランク冒険者と、Bランクとはいえ世間に全くと言っていい程知られていない冒険者のパーティに指名依頼など来るわけもない。そもそも俺達はたった今パーティを組んだんだ、そんなパーティを指名できる相手など、こちらの内部事情を詳しく知るオカマしかいない。


「えぇ。冒険者クラン美の探究者ビューティフルワールドのクラン長であるレクサス・ギャラガー様から、クエストの同行依頼が出ているわ」

「レクサスさんからですか?」


 少し困惑した様子でセレナが俺の方を見る。


「……セレナの力を確かめたいとか、俺に嫌がらせをしたいとか、色々と思惑はあるだろうが、一番の理由は面白そうだからって事だな。レクサスってのはそういう男だ。常に愉悦を渇望している。だから、あんま気にしなくていいぞ」

「そ、そうなんですか……?」

「レオンの言った通りよ。レクサスのやる事に関しては悩むだけ時間の無駄ね。暇さえあれば迷惑な思い付きで周りを振り回すんだから。一番付き合いの長い私が言うんだから間違いないわ」


 俺とセドリックがレクサスと出会う前から、グロリアはレクサスの右腕だった。言葉の重みが違う。


「まぁでも、断っても問題ないわよ? 普通だったら指名依頼を断るのは指名してくれた人との関係性が悪くなるからあまりお勧めしないけど、美の探究者うちのボスだったら気にしなくていいし、あの男の暇つぶしにセレナが付き合う必要なんてないんだから」

「い、いえ! せっかく指名してくださったんですから、期待に応えたいです!」

「そう? なら依頼を登録しておくわね。土産話、楽しみにしてるから」


 手慣れた手つきでギルド証に依頼を登録しながら、グロリアが俺を見て僅かに口角を上げる。たくっ……愉悦を求めるのはレクサスだけじゃないだろ。無茶だとしても面白そうなら強引に話を進めるために、冒険者でありながら受付嬢もやってるくせに。これだから美の探究者ビューティフルワールドは他の大型クランと比べて癖が強いって言われるんだよ。

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