第53話 デート(後)
親父から上質な弓を購入した俺達は武器屋を後にする。新しく自分のものとなった弓をセレナは抱きしめるように持っていた。
「……こんな素敵な弓をありがとうございます」
「別に礼を言う必要はねぇよ。パーティを組む以上、セレナの戦力アップは俺のためでもあるからな」
「それでも嬉しいので……!」
女性であれば普通はアクセサリーや服をもらって喜ぶというのに、無骨な武器でこんなにも喜んでくれるとは。純粋なセレナならではだろう。
「どうだ? 気を遣わずに使えそうか?」
「はい! この弓なら全力で射っても大丈夫そうです!」
「しなりの強いイチイの木で作ったものだって親父も言ってたからな。ちょっとやそっとじゃ壊れないだろ」
今のところ弓を使った戦い方しか訓練してないからな。弓が壊れるという事は戦う術を失うという事だ。それは致命的な事なので、予定していたわけではないがここで使える弓を手に入れたのは単純にでかい。
その後は特に目的もなくぶらぶらと町を散歩した。この町には劇場や闘技場、カジノといった遊ぶ場所も数多く存在するが、いかんせん俺はそういう場所に行ったことがない。セレナと共に初体験というのも悪くなかったが、今回は外観を眺めるだけにしておいた。それでもセレナは楽しんでくれている様子だった。
そんなこんなで町を見て回っていたら気づけば陽が沈みかかっていた。今日は不思議と時間が経つのが早い気がする。
「そろそろ飯にするか」
「あっ、それならグロリアさんにお勧めされたお店に行きたいです」
「グロリアのお勧め……」
嫌な予感がする。アルコールが血管を巡っているような女がお勧めする店なんて碌な店じゃないだろう。
と、思ったがセレナに連れて来られた店は割とまともだった。ならず者達が大声でしゃべりながら酒をかっくらってるわけでもなく、血気盛んな馬鹿どもが喧嘩しているわけでもない。ごくごく普通の料理店だった。あえて気になるところがあるとすれば、カップルが多い点だ。こういう空気はどうにも肌に合わない。
「いい雰囲気のお店ですね。ここはパスタがお美味しいそうですよ」
「ん? そうなのか。なら、俺はこれにするかな」
「それ、私も目をつけてたやつです。美味しそうですよねぇ。でも、こっちも食べてみたいかも……」
「それならセレナはそっちを注文しろよ。分け合えば両方楽しめるだろ」
「そうしましょう!」
店員を呼び、手短に注文する。酒を頼むか迷ったが。今回はやめておいた。豊富な種類のワインがあったから、次の機会に頼んでみたいものだ。
この町のファッションはアメリア大陸で一番と称されているが、食に関してもかなりレベルが高い。冒険者として食べられるものは何でも食べる生き方をしているため、舌が肥えているとは到底い難いが、この店の料理がめちゃくちゃ美味い事くらいは俺にも分かった。
「はぁ……美味しかったですね。流石はグロリアさんがお勧めするだけのことはありました」
デザートまでしっかり楽しみ、外に出ながらセレナが満足顔で言った。
「あいつが勧めたとは思えないくらいまともな店だったな。パスタも美味かったし、後あれ……最後に食べたコーヒー味の……」
「ティラミスですか?」
「あぁ、それだ。あんまり甘すぎなくて食べやすかったな。セレナがおかわりするくらいだし」
「そ、それはあのお店のティラミスが美味しすぎるからいけないんです!」
なぜかセレナが必死になって反論してくる。別に責めてるわけじゃないんだが。まぁ、女性的にはたくさん食べるっていうのは恥ずかしい事なんだろうな。何とはなしにそれを指摘して、よくシルビアから『無神経男』と罵られたもんだ。
「腹も満たしたし、そろそろ宿に戻るか?」
「あ、それなんですけど、後一ヶ所行きたい場所が……」
「おいおいおい! めっちゃいけてる女がいるじゃねぇか!」
なんとも癇に障る甲高い声が耳に飛び込んできた。鬱陶しく思いながらも足を止め、声のした方へ顔を向ける。
「うっは! こんな美人な女、見た事ねぇよ!」
「スタイルもいいし最高じゃねぇか!」
控えめに言って頭の悪そうな男達が下卑た笑みを浮かべながらこちらに寄ってきていた。
「おい姉ちゃん、俺達といい事しようよ」
「天にも昇るほど気持ちよくなれるぜ?」
「えっとー……」
セレナが困惑しながら俺の方を見る。やれやれ。これくらいの時間になると、こういう輩が湧いて来るから困りものだ。
「なんだ? その冴えない男が気になんのか? 大丈夫だって! ちゃんとお話しして納得してもらうからよぉ!」
「おにいさーん。そういうわけだから空気読んでさっさと消えてくんねぇかな?」
「俺達はこの姉ちゃんと楽しい事したいわけよ。わかる?」
「痛い目見ないうちにいう事聞いた方がいいと思うけどなぁ?」
ニヤニヤと笑う男達を見て、思わずため息が出そうになる。そんな俺を、セレナが不安そうな顔で見つめていた。チンピラ共に絡まれて恐怖を感じている……わけではもちろんない。大丈夫だ。こんな粋がってるだけの素人に手を出すつもりはない。
「ぷっ。びびってだんまり決め込んでやんの」
「情けねぇ野郎だなぁ。こんな美人と全く釣り合ってねぇよ」
「そもそもなんでこんな男と一緒にいんだよ。俺らの方が
このかったるい状況をどうやって穏便にやり過ごそうか考えていると、チンピラ共が馬鹿にしたような目で俺を見てくる。
「ほら、連れの野郎から許可も出た事だし行こうぜ?」
「あっちに俺らのアジトがあるからさ。そこで朝までハッスルしてくれよ」
「あ……」
チンピラの一人がセレナの手首を掴んだ。その瞬間、左足をその男の顔面に叩き込む。男は無様に吹き飛びそのまま壁にめり込むと、ピクリとも動かなくなった。手を出すつもりはないと言ったが、足を出さないとは言っていない。
「…………」
何が起こったのかわからず、チンピラ共が呆然とその場に立ち竦んでいる。セレナだけが心配そうに壁にめり込んだ男を見ていた。
「死にたくなかったら五秒以内に失せろ」
静かな声で、だが、ありったけの威圧を込めながら言い放つ。一瞬、きょとんとした表情を浮かべたチンピラ共だったが、すぐに恐怖に染まった顔で蜘蛛の子を散らしたように走り去っていった。
「……ちょっとやりすぎだったんじゃないですか?」
「グロリアも言ってただろ? ああいう連中は体に叩き込んでやらないとわからねぇんだよ。それより、どっか行きたいとこがあるんだろ?」
「あっ、そうでした!」
思い出したようにポンっと手を叩くと、セレナが俺の手を引き、ずんずんと町の中を歩き出した。一体どこに連れていくというのだろうか。正直、心当たりが全くない。だが、セレナに行きたい場所があるというのなら、大人しくついていくという選択肢しかなかった。
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