第52話 デート(前)
さて、と。セレナにブラスカを案内するわけだが。
「グロリアと行った場所はもういいだろ。午前中はどこ回ったんだ?」
「主に服屋さんを見て回りました。あ、そうそう、とても素敵なお店があったんですよ。レオンさんも似合いそうな服がたくさんありました。ご案内しますね」
案内する方だと思っていたら案内される方だった。屈託のない笑みを浮かべながら手を引くセレナに、俺は黙ってついていく。
「このお店です!」
冒険者ギルドと同じくらい立派な建物の前に立ち、セレナが自慢顔でむふーと鼻息を出しながら手で示した。いや、ここって……。
「レクサスの店じゃねぇか」
「そうなんです……そうなんですか!?」
『レクサ・スペード』と書かれた看板を見ながら言うと、セレナが驚きの声を上げる。
「午前中にグロリアと来たんだろ? その時に教えてもらわなかったのか?」
「は、はい……グロリアさんからはブラスカで一番人気のお店としか……」
「まぁ、嘘じゃねぇわな」
ファッションには詳しくないが、ロゴであるスペードマークが入った服をそこかしこで見るので、人気なのは間違いない。
「いらっしゃいませ」
店に入ると奇麗なお辞儀で店員が出迎えてくれた。セドリックとこの町で活動している時は必要ないと言って一切店には行った事がなかったが、いざ入ってみるとすごい高級感が漂っている。
「あら? 午前中もいらしていただけたお客様ですよね?」
「はい。今回はこの人の服を見に来ました」
「それはありがとうございます。是非とも恋人様に素敵なお洋服を選んでさしあげてください」
「こ、こここ、恋人だなんてそんな……!!」
何やら慌ててるセレナを尻目に、俺は店内をじっくり観察していた。おしゃれな服を着飾ったマネキンがいくつも並んでいる。ただ、雑多に置かれているだけでなく、美術品を集めたギャラリーのように整然と配置されていた。同じ店だというのに俺がよく行く武器屋や雑貨屋とは世界が違う。なんというか落ち着かなかった。
「なにかご希望はございますか?」
「希望?」
「はい。落ち着きのあるシックなデザインの物がいいとか、普段着でも使えるカジュアルな物がいいとか、正式な場でも着られるフォーマルな物がいいとかですね」
「へ?」
思わず声が裏返ってしまった。洋服の希望を聞かれているのだろうが、言ってる事がさっぱりわからなかった。動きやすければ何でもいい、と思っている俺には中々にハードルの高い質問だ。
「――その子に服の事を聞いても時間の無駄よ」
どう答えればいいのか戸惑っていると、店の奥から聞き慣れた声が聞こえた。
「オ、オーナー!?」
俺と話していた店員がレクサスの登場に分かりやすい動揺を見せる。まぁ、自分の雇い主が突然現れた驚きもするだろう。
「あ、レクサスさん! お邪魔してます!」
親し気に話しかけたセレナを店員がギョッとした顔で見た。
「うふ♡ お店に来てみなさい、って何度言っても来なかったレオンがいる事に少し驚いたけど、セレナが連れてきてくれたのね」
「はい! 素敵な服がたくさんあるので、レオンさんの服を買いに来ました!」
「あらぁ、嬉しい事言ってくれるじゃない?」
仲良く話しているとこ悪いんだけど、店員の顔から血の気が引いてるぞ?
「オ、オーナーのお知り合いだったんですね……!」
「えぇ。アタシの出来の悪い息子と、その息子の保護者よ」
「ふぇ……!?」
店員が目を白黒させる。そりゃ混乱するよな。多分、父親なのか母親なのか必死に考えていると思う。
「こんなオカマの世迷い事に振り回される事ねぇぞ」
「オ、オカ……!?」
「万年反抗期で困っちゃうわ、まったく」
落ち着かせようと思ったのだが、なぜか店員は更にテンパってしまったようだ。なぜだ。
「それで? どんな服を探しに来たの?」
「いや、別に俺は……」
「冒険者として活動する時に着るにはレクサスさんのお店の服はもったいないと思うので、ちゃんとした場で着る服が欲しいです!」
「どうせそういう服は持ってないでしょうしね。しょうがないからアタシが見立ててあ・げ・る♡」
丁重にお断りしたいところではあったが、セレナがノリノリなので何も言う事が出来ない。恐らくこれは何を言っても無駄だろう。全てを諦めた俺はそれから二時間ほど、店員を含めた三人の着せ替え人形になり果てるのであった。
「いい服が買えましたね!」
ほくほく顔のセレナに対して、疲れきった表情の俺。Sランクの依頼でもここまでの疲労感を覚えはしないだろう。女性と服屋に行く時は決死の覚悟が必要である事を俺は知った。
「……この後はどうする?」
「そうですね……服屋さん以外は全然知らないので、ここからはレオンさんにお任せしたいです」
「あー……結構長い間この町にはいたけど、詳しいって程でもねぇんだよな。いつも決まった店にしか行ってなかったし」
「それならレオンさんがよく行ってたお店に連れていってください!」
俺がよく行ってた店か……そうなるとあの店だな。
観光客が好みそうな店が集まっている場所から少し外れた場所にその店はあった。潰れてなかったのか。あの頃と同じで店構えから無骨な感じが前面に出ている。
「ここは……武器屋さんですか?」
「あぁ。この町にいて一番足を運んだ店だ」
「ふふ。レオンさんらしいですね」
楽しそうに笑うセレナを連れて店の中へと入っていく。レクサスの店と違って愛想よく接客してくる店員はいない。というか、この店には店主の親父しかいない。
「…………」
店の奥に座って新聞を読んでいた店主の親父が、店に入ってきた俺達を一瞥して面倒くさそうに鼻を鳴らした。相変わらず不愛想な親父だ。だが、親身に話しかけてくれる店員がいる店よりもはるかに落ち着く。
「久しぶりだな、親父」
「……けっ。糞ガキが帰ってきやがった。しかも女連れとは随分と色気づいてんじゃねぇか」
「なんだよ、今日は良くしゃべるじゃねぇか。いつもは銅像みたいにむすっとした顔で座ってるだけだっつーのに」
「…………ふんっ」
親父が不機嫌そうな顔で新聞を折りたたみ、カウンターに置いた。
「……こんなしみったれた店に何しに来やがった?」
「しみったれてんのは事実だが、この店の武器の質には信頼を置いてるぜ?」
「はっ……武器の目利きも出来ねぇ糞ガキに褒められたところで嬉しくも何ともねぇよ!」
口ではそう言ってるが、口端がぴくぴく動いているのを俺は見逃さない。職人気質の親父が一番嬉しいのは、自分の作った武具が褒められる事だって知ってる。
「別に用があって来たわけじゃねぇが……あぁ、それならセレナの新しい武器を見繕ってくれよ」
「……この嬢ちゃんのか?」
親父が怪訝な顔でセレナを見た。気持ちは分からないでもない。セレナの容姿を見れば、世間知らずの令嬢にしか見えないからだ。そんな相手に相応しい武器なんて、見た目だけ派手なガラクタくらいしかない、と思っていそうだな。
「残念ながらこいつは庭でお茶を楽しむ呑気なお嬢様とはまるで違う。セレナ、今まで使ってた弓を出してくれ」
「え? は、はい」
会話に参加する機会を窺っていたセレナがマジックバックから慌てて弓を取り出した。それを親父に渡すと、渋い顔をしていた親父の目の色が変わる。
「……なるほどな。ただの嬢ちゃんじゃねぇわけだ。お遊びじゃこのくたびれ方には決してならねぇ」
「聖魔法で作り上げた矢でそれなりの数の魔物を倒してるからな」
「そいつはいけねぇな。こいつも量産型の弓の中じゃよくできてるが、魔法の矢に耐えられるような代物じゃねぇ」
「あぁ。そのせいで弓に気を遣って全力で矢を射る事が出来ねぇんだ」
「レ、レオンさん……!」
「ちゃんと気づいてるって」
小さい頃から回復魔法を使い続けたセレナが、聖魔法を攻撃に転用するのが苦手なのは知ってる。だが、それ以上に弓が壊れない様、細心の注意を払っているせいで本来のポテンシャルが発揮できない事は見ていて明らかだった。それでもあの威力の攻撃ができるのは彼女の魔力操作の賜物だ。
「ふむ……おい嬢ちゃん! 裏庭に行くぞ!」
「え?」
「この店の裏庭には武器の試し場があるんだ。そこで実際に矢を射る姿を見て、セレナに合う弓を見定めるんだよ」
「あ、あぁ、そういう事ですね」
俺の言葉で納得したセレナが、少しだけ緊張した様子で親父の後についていく。
「……よし。打ってみろ」
裏庭に出るや否や親父がセレナを促した。戸惑うセレナに、今まで使っていた弓を手渡す。
「弓が壊れてもいいから全力でやってみな」
「え!? で、でも……!」
「心配すんな。あんな頼りない的目がけてなんて言わねぇよ。……狙うのは俺だ」
「へ?」
俺の言っている意味が分からずポカンとしているセレナを見て軽く笑いつつ、俺は的が置いてある場所まで移動した。
「レ、レオンさん!?」
「遠慮なんかすんなよ。俺が全力で受け止めてやるから」
そう言いながら、一気に魔力を高める。
「"
静かな声で魔法を唱えると、俺の前に二十枚の血の盾が現れた。これだけ固めれば問題ないはず。
俺の本気を感じ取ったセレナが、それ以上何も言わずに光の矢を作り出す。周囲につむじ風が巻き起こるほどの魔力密度。背筋に冷たいものが流れた。
「……いきます! "
その言葉の直後、
「あ……」
だが、砕けたのは俺の盾だけではなかった。これまで共に戦ってきた弓も、修理ができないほど粉々に砕け散る。
「…………」
一連の流れを何も言わずに見ていた親父が、口をあんぐりとあけた。どうやら信じられない光景を前に言葉が出てこないようだ。
「……おいおいおいおい! どういう事だこれはぁ!?」
話し方を思い出した親父が、興奮した声をあげた。
「言っただろ? その辺のお嬢様とはわけが違うって」
「想像以上にもほどがあんだろ!! 確かにこれじゃ普通の弓だと耐えられんわな! 俺の最高傑作じゃなきゃ、この嬢ちゃんのお供は務まらねぇよ!」
「じゃあ、その最高傑作ってやつをくれ」
「当然だ! ははっ! 久しくこんな使い手は見なかったな!」
一年中不愛想な顔をしている親父が珍しく感情を爆発している。それだけセレナのポテンシャルに惚れ込んだのだろう。これなら相当いい弓を出してくれそうだ。
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