第51話 いい具合に鈍感すぎる男
ずっと部屋にいるのも退屈という事で、町の入り口に預けているアルファロメオと適当に戯れていたら時間になったので、待ち合わせ場所である噴水へと向かう。こうやって一人でブラスカの町を歩くのは久しぶりだ。昨日からずっと隣にはセレナがいたし、昔は常にセドリックと一緒に行動していた。だから、この町で一人でいる事に新鮮さすら感じる。
こうしてのんびり町を眺めてみると、随分と様変わりしていた。おしゃれな店が軒を連ねているのは昔と同じだったが、そのラインナップは同じではない。宿から中央に向かうまでの短い間で見た事のない店がそれなりの数存在した。
穏やかな気持ちで歩を進めているうちに目的の噴水広場についた。町の中心地であるため、かなりの賑わいを見せている。ここは待ち合わせ場所として有名だからな。俺のように誰かを待ってる奴が結構見受けられる。中には冒険者もいるみたいだが、殆どが一般人だ。奇麗な服を着て、そわそわと髪型を気にしているところを見るに、恋人でも待っているのだろう。だから、デート前に花でも買っておけって事で手押し車で花を売ってる奴がちらほらいるんだな。お、相性を見る占い屋の露店もあるじゃないか。
「……お待たせしました!」
人間観察みたいなことをしていたら、不意に後ろから声をかけられた。振り返ると、なぜか自信満々の顔をしているグロリアと一緒に、セレナが少し緊張した面持ちで立っていた。
普段は動きやすさを重視した服を着ているセレナだが、今日は少し趣が違う。ふちの広い白の帽子を被り、青空よりも透き通った青色のワンピースを着ていた。魔物を倒しに行くにはまるで適していない服装ではあるが、町を見て回るのであればまったく問題ない。
「いや、別に待ってねぇよ」
「そ、そうですか! それならよかったです!」
軽い口調で言うと、セレナが笑顔で答えた。ん? なんかそわそわしていないか?
「…………」
「…………」
俺とセレナが無言で見つめ合う。字面だけなら愛し合う恋人同士が二人だけの世界に没入しているようにも聞こえるが、別にそんな事はない。なぜなら俺もセレナも目に見えて戸惑っているからだ。
「……だぁぁぁぁぁ! ありえないんだけど!!」
この空気に耐えられなかったのか、グロリアが怒りの声をあげた。俺もセレナもビクッと体を震わせる。
「ちょっとレオン!! あんた鈍いにもほどがあるでしょ!! もはや鈍いを通り越して無礼よ!!」
「は、はぁ!? なんだよ急に!?」
「いつもと違うセレナが来たのよ!? 何かないの!?」
鬼のような形相で詰め寄られ、たじたじになる俺。これは返答次第で更に雷が落ちる事間違いなし。
「あー……結構日差しも強いし、俺も帽子被ればよかったかな」
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
かつてこれほど深くため息を吐いた人が今までいただろうか。どうやら俺はばっちり不正解を選んだようだ。
「我が弟ながら情けな過ぎていたたまれないわ。ごめんなさいね、セレナ。うちのバカがポンコツで」
「い、いえ! 別に気にしてませんから!」
「随分な言われようだな、おい。俺が何したって……」
「お黙りなさいっ!!」
不満をぶつけようとした俺に、グロリアがぴしゃりと言い放つ。
「本当、信じられない! セレナがこんなにも可愛い服で着飾っているっていうのに何も言ってあげないなんて!! 男として最低よ! 死をもって償うがいいわ!!」
「はぁ?」
思わず顔をしかめてしまった。グロリアが怒っている理由は分かったが、理解する事が出来ない。
「意味が分からん。そんなの必要ねぇだろ」
「何言ってんのよ!! 必要に決まってるでしょ!? レオンのためにおめかししてるのよ!? 『奇麗だね』とか『似合ってるよ』とか、気の利いたセリフの一つも出てこないの!?」
「お前こそ何言ってんだよ。セレナはとびきり美人なんだからいつだって奇麗だし、どんな服でも似合うのは当たり前だろうが。なんでそんな分かりきった事を今更言わなきゃいけねぇんだよ」
俺がきっぱり言い切ると、グロリアが口をパクパクとさせた。みるみる怒りは消えていき、そのままゆっくりと横を向いて、なぜかトマトよりも顔を赤くしているセレナを見てから、再び俺の方へと視線を戻す。
「……やるわね、あんた」
「へ? いや、まじで分からないんだが」
「まぁ、当たり前の事でも言葉にすれば相手が喜ぶ事もあるの。あんたは言葉が足りない事が多いんだから注意しなさい」
そういうものなのか。敵と相対している時、いかに無駄を省いて効率よく自分の意思を伝えるかが生死を分かつ事もあるので、無意識にそういう事は言わなくていい事だと勝手に判断していた。だが、今はそんな危機的状況でもあるまいし、確かに効率性を重視する必要はないのかもしれない。
「午前中に私と二人でいろんな店を回って選んだ服よ。感想は?」
「もちろん似合ってるよ。周りを見てみろよ、野郎どもがセレナの事をちらちら見てるだろ? それだけ魅力的だって事だ」
「あ、ありがとうございます……」
更に顔を赤くしながらセレナが消え入りそうな声で言った。これでよかったのか? どうにも羞恥に体を震わせているようにしか見えないんだが、グロリアが満足そうに頷いているからよかったという事にする。
「じゃあ、邪魔者は退散しようかしら。午前しか休みとってないからそろそろギルドに行かないと」
「グロリアさん! 買い物に付き合っていただきありがとうございました!」
「私がしたかっただけだから気にする事ないわよ。後は自分で頑張んなさいな」
「はい!」
セレナが満面の笑顔で去り行くグロリアを見送った。未だにグロリアが怒った理由が分からない。
「それじゃ、行きましょうか!」
……まぁ、セレナが機嫌よさそうだからいいとするか。
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