第50話 少しだけ縮まる距離

 このままグロリアに付き合い続ければ確実にオールコースだったので、俺達は適当なとこで理由をつけて切り上げた。楽しそうには見えても、やはり初対面の相手との食事二連続は緊張したのだろう。宿に着くなりセレナは眠りについてしまった。俺もベッドに横になりたいところではあったが、ブラスカに来て初日という事で念には念を入れて周囲の警戒を行う。


『……ようやっと静かになりよったな』


 部屋の椅子に座り窓の外を見ながら、一人静かにウイスキーを注いだグラスを傾けていたら、マルファスが話しかけてきた。


「ずっと大人しかったからお前の存在すっかり忘れてたわ」

『そら殺生やわ。自分の顔立てて大人しゅうしとったんやで?』

「レクサスにビビってただけだろうが」

『あのおネエのおっちゃんだけやないでぇ。さっきまで一緒に飲んどった赤髪の姉ちゃんも、中々におっかないわ。この町にはおっかない人間がおりすぎやろ』


 それに関しては同意せざるを得ない。下手したら俺はレクサスよりもグロリアの方が怖いかもしれない。


『ちゅうか主よ。大事な事儂に話しとらんのとちゃうか?』

「あ? なんだよ大事な事って?」

『黒いローブ着た怪しい連中にあの嬢ちゃんが命狙われとんのやろ?』


 あぁ、そういえば話してなかったな。レクサスとの会話を盗み聞きしてそれを知ったのか。


「別に話す必要もない事だろ?」

『何言うとんねん。仮にもあんたは儂の主やねんぞ? そしたら、主の仲間は儂の仲間や。せやのに、そういう情報を共有してくれんと、いざっちゅう時に護れんやろがい』


 少し意外だった。血の精霊であるマルファスがそういう事を気にするとは思わなかった。


「……悪い。ちゃんと話すべき事だったな」

『まぁ、護るっちゅうても今の儂に出来る事はそんなあらへんし、気軽に話せる内容ちゃうのもわかるんやけどな。それでも話しておいて欲しかったで。儂ら精霊は人間と違うて主を裏切ったりせえへんからな』

「そうだな」


 人間は立場や状況でいとも容易く裏切るが、精霊はそんな事ないのだろう。主人の秘密をばらしたところでメリットになる事なんてないのだから。


『他に秘密にしとる事はないやろなぁ? あぁ、主が勇者パーティにいた事は昼間に聞いたから知っとんで』

「多分、もうねぇと思う。だが、秘密にしてるつもりはなくても、話すのを忘れてる事はあるかもしれん」

『ふん、せやったらええわ。……儂は自分を主と認めたんや。せやから、自分も儂の事を少しは信頼せえよ』

「あぁ、わかった」

『セレナは主と違うてええ子やからな。主の仲間とかそんなん関係なく護ったるさかい、安心しとき』

「それは心強いな」


 俺は少しマルファスの事を誤解していたのかもしれない。自分勝手で自由奔放な奴だと思っていたが、今の言葉を聞けばそれだけではない事が分かった。もう少し、こちらから歩み寄る努力をしてもいいかもしれない。

 そんな事を考えていたら、指輪から漆黒の鳥がむくむくと姿を現す。


『昼間にぐっすり寝させてもろたから、朝まで儂が怪しい奴がおらんか見といたるわ。ちゅうわけで、主はさっさと眠らんかい』


 ふん、と鼻息荒く言うと、マルファスは窓から外へ飛び立っていった。夜の間、見張りを買って出てくれたのは正直ありがたい。成り行きでついて来ることになった精霊だが、少しだけ信用してみようと思う。少しの間マルファスが飛び去って行った方向を見ていた俺は、自分に仕える精霊に感謝をしつつ、眠りについた。


 翌朝、当然のようにセレナよりも早く起床した俺は、部屋に備え付けられているシャワーを浴びた後、宿主からコーヒーを二つもらい少しくつろいでいたら、のっそりとセレナが起き上がってきた。そのまま無言で浴室へと向かったセレナの姿に苦笑いしつつ、コーヒーでのどを潤す。


「ふぅ……おはようございます、レオンさん」


 しばらくして風呂から上がってきたセレナがすっきりした顔で挨拶してきた。


「やっぱり部屋にお風呂があるっていうのは素晴らしいですね。わざわざ大衆浴場まで足を運ばなくて済みます」

「ちょっといい値段の宿にしたからな。少し冷めてるがコーヒーももらっておいたぞ。ミルクと砂糖もな」

「ありがとうございます! いただきます!」


 布団の質もいいし、部屋も清潔そのものだ。安宿でも文句は言わないとはいえ、女性であるセレナは、こういう宿の方が嬉しいに決まってる。


『あー……一晩中飛ぶんは流石に疲れるわ』


 二人でのんびりコーヒーを飲んでいたらマルファスが窓から入ってきた。


「おはようございます、マルさん」

『はい、おはようさん。ちゅうても、儂は今から寝るとこやけどな』

「そうなんですか?」

「マルファスは夜間の見張りをしてくれてたんだよ」

「そうなんですか? ありがとうございます」

『せやせや、感謝しいや。儂のおかげで自分らぐっすり眠れたんやで? ……って、あかん。限界や。次はもうちょい主から魔力をもらわんともたへんなこりゃ』


 大きなあくびをしつつ、そそくさと俺の指輪へ戻っていく。真面目に見張りをしてくれたんだな。素直に感謝するよ。


 その後、宿が用視してくれた朝食を一緒にとると、グロリアとの約束があるので、とセレナは一人で宿から出ていった。彼女とは昼過ぎに町の中心にある噴水で待ち合わせをしている。別に待ち合わせなんて必要ないと思ったのだが、グロリアから静かな圧力をかけられたのでそういう事になった。例え同じ場所に泊まっていたとしても雰囲気作りは重要らしい。

 正直、何を言っているのかよくわからなかったが、言う事を聞かないと後が怖そうなので大人しく指示に従っておく。とはいえ特にやる事もない上に、今更一人でこの町を見て回る必要もないので、約束の時間まで俺は宿の部屋でだらだら過ごすしかなかった。

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