第49話 姉、見定める

「なるほどねぇ……じゃあ、理由は分からないわけだ」

「そういう事になるな」


 グロリアが早くも三杯目のジョッキを空にする。俺はまだ一杯目も飲み終わっていないというのに、相変わらず凄まじいペースだ。


「となると、セドリックからも話を聞かない限り、ダインスレイブのお相手は決まらないわけね」

「ダインスレイブ?」

「グロリアの愛斧だ」


 鶏のから揚げを口に運びつつさらりと答えると、セレナが笑顔を引きつらせた。あの斧の相手をさせられるのは正直勘弁願いたい。


「そういえばなんか王都から来てたわよ」

「なにが?」

「勇者に寄生して不正に報酬を受け取っていたあんたへの依頼斡旋禁止令。あ、おかわりちょうだい」


 グロリアが横を通り過ぎようとした店員を捕まえ、空のジョッキを軽く振る。


「やっぱりブラスカでもそうなんですね……」

「あら? その反応だと、もう他のギルドで耳にしたのかしら?」

「はい。アオイワの冒険者ギルドで」

「冒険者ギルド本部からの通達だからね。全ての冒険者ギルドに伝わってると思って間違いないでしょ」


 セレナが暗い顔でグラスに口をつける。ちなみに、彼女が飲んでいるのはオレンジジュースだ。十六から飲酒が認められているので、十八歳のセレナは酒を飲む事が出来るのだが、今まで飲んだ事がないという事で今回はソフトドリンクを注文している。神聖な教会で修道女にアルコールなんて出るわけもないから、当然と言えば当然だ。


「まぁ、うちがそれを聞いた時は鼻で笑っちゃったけどね。誰も真に受けなかったわよ」

「え? そうなんですか?」

「当たり前よ。この子はずっとブラスカで活動してたんだから、その実力はブラスカの全ギルド職員がちゃんと認知しているわ。だから、なんだってそんな通達が来たのかみんな不思議に思っていたのよ」


 俺は何も言わずに、ぐっと酒を喉に流し込む。それに関しては俺にも分からなかった。ただ、それをギルドに告げたのがセドリックであるのならば、それだけ俺を疎ましく思っていた事になる。


「でも、安心して? 意味の分からない本部の命令なんて聞くつもりないわ。好きなだけ依頼を受けなさい」

「い、いいんですか!?」

「ええ。実力のある冒険者に依頼を斡旋しないとか、受付嬢にあるまじき行為よ。もし、それで文句を言ってくるような奴がいたら、私がダインスレイブで黙らせてやるわ」

「グロリアさん!!」


 セレナが目を輝かせながらグロリアの手を掴んだ。


「ありがとうございます! これで一緒に依頼を受ける事が出来ます!」

「ふふっ、よかったわね。……一緒に?」

「はい!」


 ニコニコと答えるセレナに、グロリアの笑顔が固まる。


「えーっと……その口振りだと、セレナも冒険者なのかしら?」

「はい! まだまだなったばかりのFランク冒険者ですが!」

「あー、そうなのね」


 何かを察したように、グロリアが柔和な笑みを浮かべた。その表情を見るに恐らく勘違いしているので、一応補足をしておく。


「言っておくが、冒険者登録して間もないからFランクってだけで、セレナの実力はそんなもんじゃねぇぞ」

「え、そうなの?」

「あぁ。戦闘経験が全然足りてないから動き自体はまだまだだが、本気の一撃に関しては規格外だ。下手したらレクサスすら超えてくるぜ」

「……は?」


 グロリアの目が点になった。ブラッドゴーレムにとどめを刺した光の矢もかなりの威力ではあったが、それでも魔力にはまだ余裕があった。それまで数多くの魔法を使っていたにもかかわらずだ。恵まれたジョブに加え、教会に入ってから毎日のように回復魔法を使い続けた結果、魔力の保有量が常軌を逸しているのだろう。まだ、聖魔法を攻撃に使う事を覚えたばかりで魔力の込め方が甘いのだろうが、それが払拭された時どれほどの威力になるのか、考えただけで体が震えてくる。


「……これがあんたじゃなかったら、セレナにメロメロ盲目馬鹿男の戯言だと一蹴するところなんだけどね」


 神妙な面持ちでグロリアがビールを一気飲みした。そして、無言で店員に空のグラスを向ける。


「ただの訳ありお嬢様ってわけじゃないわけだ」

「世間知らずで取り扱い注意のお嬢さんだな」

「へぇ……」


 グロリアから鋭い視線を向けられ、セレナが緊張した面持ちで居住いを正す。


「なるほど。なら、あながちレオンのワンティじゃないわけね」

「ワンティ?」

「一人が力を持ちすぎているワンマンパーティの事よ。そういう場合、本人に自覚がなくても寄生冒険者ゴールドフィッシュになってるケースが多くて、ギルドとしてはあんまり推奨してないのよね」

「あ、いえ。レオンさんと私はパーティを組んではいませんよ?」

「え? 確か初めてギルドで話した時、レオンの事は仲間だって言ってたと思うけど?」

「はい! レオンさんが私を仲間と認めてくれました! でも、パーティじゃありません!」


 少し嬉しそうにセレナが言うと、グロリアが眉をひそめながら俺の方を見てきた。うん、セレナの言ってる事に間違いはない。ただ、グロリアがそんな顔になるのも納得できる。


「セレナがギルドに登録したのがアオイワで、そん時には俺に禁止令が出てたんだ。パーティ登録なんかできるわけねぇだろ」

「あぁ、そういう事。なら、明日にでもブラスカで登録する? 責任もって私がしてあげるわよ」

「え?」


 グロリアの申し出にセレナが気まずそうな表情を浮かべる。


「ん? 何かまずい事でもあるのか?」

「まずい事といいますか……レオンさんはいいんですか?」

「俺?」


 どういう事だ? 俺の方がセレナとパーティを組んで何か不都合があるというのか? 本人に全く心当たりがないというのに。


「鈍い男ね。勇者パーティから追い出されたからといって、元鞘に戻る可能性もあるのに、新しくパーティなんか組んでいいのかセレナは気にしているのよ」

「あー……そういう事か」


 グロリアの言葉に同意するように小さく頷きながら、心配そうな面持ちでセレナは俺を見つめる。


「安心しろ。どんな理由があろうと俺は勇者パーティに呼び戻されたりしねぇよ。そんな事をするくらいなら最初から追い出したりしない。セドリック・メイナードってのはそういう男だ」

「そうね。その点に関しては全面的にレオンに同意するわ。いい加減なレオンとは違うからね、セドリックは」

「俺もいい加減じゃねぇよ」


 軽くグロリアを睨みつけるが、涼しい顔でビールを飲んでいた。


「まぁ、あれだ。セレナが嫌じゃなきゃパーティ登録したいんだが」

「嫌なわけありません! 私はレオンさんとパーティになりたいです!」

「そ、そうか」


 前のめりになりながら答えたセレナに若干怯む。あれ? セレナが飲んでいるのって本当にソフトドリンクだよな? アルコールは入ってないよな?


「……ねぇ、シルビアってセレナの事知ってるの?」

「いや? 知らねぇけどそれがどうした?」

「……いえ、なんでもないわ」


 なんで急にあいつの話をしだしたのかさっぱりわからないし、どうしてグロリアがそんなに神妙な顔で酒を飲んでいるのかもわからない。


「まぁ、あんたが修羅場を迎える未来を私が心配する必要はないわね。じゃあ、明日パーティ登録していいかしら?」

「はい! お願いします!」


 元気よく返事をするセレナを、グロリアがじっと見つめた。


「一つ聞きたいんだけど、セレナはレオンのジョブを知ってる?」

「え? あ、はい。もちろん知ってます」

「そうなのね。赤の他人のジョブなんて知らなくてもいいけど、パーティメンバーのジョブは知っておかなきゃ連携なんてとれないものね」


 グロリアがにっこりと笑う。こういう顔をする時は何かしら思惑がある時なのだが、俺にはその考えが読めない。


「……ところで、私のジョブは"狂戦士|バーサーカー"なの。レオンと同じ悪辣職性イリーガルよ」


 口調は穏やかではあったが、セレナに鋭い視線を向けながら言った。……なるほど、そういう事か。悪辣職性イリーガルとは犯罪に適したジョブであり、普通のジョブを持つ者達から差別されるのが常だ。それは全ての悪辣職性イリーガルに等しく降り注ぐ。そんな軽蔑の眼差しに晒されてきた'戦斧姫'が自分のジョブをセレナに明かした理由は一つしか考えられなかった。一緒に酒を飲んでいる相手が悪辣職性イリーガルだと知った時どんな反応をするのか、一瞬しか見せなかったとしても絶対に見逃さない。そんな思いでグロリアはセレナを窺っているようだった。


 ……だがまぁ、相手はあの聖女様だ。普通じゃないんだよ、グロリア。


「そうなんですか。そのジョブにはどんな能力があるんですか?」


 驚いた様子も動揺した様子もなく、純粋に思った事をセレナは尋ねた。あまりにも自然体であったため、グロリアがぱちくりと目をまたたかせる


「も、もしかして能力とか聞くのってマナー違反ですか!? ご、ごめんなさい! そういうのに疎くて……!!」

「あ、いや違うのよ。予想していた反応のどれとも違ったからちょっと面喰っちゃっただけ」

「そ、そうですか。よかった……!」


 セレナがホッとしたように胸をなでおろした。


「セレナは、私が悪辣職性イリーガルである事については何とも思わないのかしら?」

「えーっと……あまり聞いた事のないジョブだったので、珍しいものなのかと思ったくらいですかね?」

「……そう」


 グロリアの表情が柔らかなものになる。どうやら満足のいく反応だったみたいだ。


「そりゃ、殆ど犯罪者みたいなレオンと一緒にいれるんだからそうなるわよね」

「おい」

「レ、レオンさんは犯罪者なんかじゃありません!」


 犯罪者呼ばわりされて顔をしかめる俺と、必死に声を上げるセレナ。


「レオンさんはいつだって私を護ってくれます! どんな時でも私を気にかけてくれるとても優しい人です! 私の支えです! 心の底から信頼のおける素敵な人なんです!!」


 立ち上がりながら店中に聞こえるのではないかと思えるほどの大声でセレナが言った。その勢いに俺とグロリアが仲良くポカンとする。自分の言った事が恥ずかしくなったのか、静かに椅子に座り真っ赤になった顔を俯けた。


「……なによ、この子。信じられないくらい可愛いじゃない」

「へ?」

「素直になれないシルビアなんて知ったこっちゃないわ! 私は全力でセレナを応援するわよ!」


 なにやらグロリアの中で変なスイッチが入ってしまったようだ。


「レオン! 明日は一日かけてこの子にブラスカを案内してあげなさい! 姉からの命令よ!」

「どういう命令だよ」

「口答えしない! ……いえ、一日かけなくてもいいわ。明日は半休とって午前中は私がセレナを連れ回すから、午後からセレナと一緒に町を回りなさい!」

「え? え?」


 急展開にセレナが慌てふためく。こうなったら何を言っても無駄だ。俺は酒を飲みながら、諦めたようにため息を吐いた。

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