第48話 酒場の女帝

 教育係の情熱に目覚めた(?)ハイエースとオデッセイの二人と激しく打ち合い稽古を行っていたら、いつの間にか日が沈んでいた。


「お待たせー……って、何があったの?」


 仕事を終え、修練場にやって来たグロリアが、ゼーゼーと荒い息で地面に倒れ伏している二人を見て目を丸くする。


「熱心な教育係が俺に稽古をつけてくれたんだよ」

「こんな虫の息になるまでやるなんて、熱心にもほどがあるでしょ」

「セレナと二人で行動してる俺が腑抜けてないか、体を張って確認してくれたのさ」

「あー……そういう事ね」


 木剣で肩をポンポンと叩きながら言うと、グロリアが納得顔で身をかがめた。


「男の嫉妬は見苦しいわよ?」

「な、何食わぬ顔で美人と一緒にいる男に……ほ、吠え面かかせたくて……!!」

「馬鹿ね。これまで一度もレオンに勝てた事ないくせに」

「ふ、二人がかりなら……いけると……!」

「無理よ。お昼に見たでしょ? うちのボスとやり合える変態なのよレオンは」

「……ガクッ」


 オデッセイとハイエースが完全に力尽きる。いやさらりと人を変態扱いしないでくれ。俺はレクサスとは違うんだ。


「……それで? うちの新人君がそうなってる理由は?」


 髪を耳にかけながら振り返り、二人同様大の字で寝ているヴィッツを見てグロリアが聞いてきた。


「はぁ……はぁ……!」

「レオンさんが二人と戦ってる姿を見て『兄貴! 俺も稽古つけてくれ!』って馬鹿ヴィッツが」

「一応止めたんですけどね」

「……うちの救いようのない教育係よりもマシな理由でほっとしたわ」


 呆れたようにため息を吐きながら、グロリアは立ち上がる。


「じゃあ、行きましょうか」

「え? ほ、放って置いていいんですか!?」

「いいのよ。自業自得なんだから」

「かー! 相変わらずうちの戦斧姫せんぷきは氷のように冷てぇな、おい! こちとらこの後グロリアが持ってきた護衛の依頼をこなさなきゃならねぇって言うのによぉ!」

「それこそ自業自得でしょ? 護衛依頼があるってわかってるのにレオンに喧嘩を売るあんた達が愚かすぎるのよ。さぁ、そろそろ先方がいらっしゃるんだからこんなところで寝てないでさっさと出迎えに行きなさい。相手は名のある家のご令嬢なんだから失礼があったら……分かってるわよね?」


 最後の方で声のトーンを一段下げながらグロリアが睨みつけると、ハイエースとオデッセイはそそくさと立ち上がり修練場から出ていった。あいつら、この後護衛依頼だったのか。もう少し手加減してやったほうがよかったか。

 

「まったくあいつらは……。まぁいいわ、あんな馬鹿どもの事は忘れてお店に行くわよ。エブリイ達はどうする? 一緒に来る?」

「……そうしたいのは山々なんですけど、ヴィッツの面倒を見なきゃいけないので、今日の所は遠慮させていただきます」

「そう、わかったわ」


 淡白な態度で歩き出したグロリアの後に、持っていた木剣を木箱に投げ入れてからついていく。少しだけ迷っていたセレナだったが、エブリイに別れを告げると俺達の後を追ってきた。

 

 夜でもお洒落な照明魔道具によって昼間のように明るいブラスカの町にも、薄暗い地区は存在する。ここに住まう者達であれば夜にはあまり近づかないような道を、俺達は何も気にする事なく歩いていた。いや、正確に言うと、セレナだけは少しだけ不安そうに周りを見回している。


「そんなに不安がる事ないわよ。確かにこの辺には不埒物が現れたりするけど、私と一緒なら大丈夫だから」

「そ、そうなんですか?」

「こう見えてグロリアは'戦斧姫せんぷき'の異名で恐れられるAランク冒険者で、美の探究者ビューティフルワールドの副クラン長だからな」

「えぇ!?」


 俺の発言にセレナが驚愕した。ここまで高ランクの冒険者でギルドの受付嬢をやっている者など殆どいないだろう。その上、大型クランの二番手ともなればグロリア以外に存在しないと断言してもいい。セレナが驚くのも納得だ。


「それを知ってもなお、私にちょっかいかけようとしてくるんだから呆れちゃうわよね。仕方がないから全員体に叩き込んでやったわ。……まぁ、そもそもの話レオンがいれば、セレナの身に危険が迫る事はないわよ」

「ははは……」


 さらりと言ってのけたグロリアに、セレナが引きつった笑みを浮かべた。見た目に騙されて釣られた悪漢には同情する。グロリアに手を出すのには、命を捨てる覚悟が必要だとクランのメンバーならその身に刻み込まれているからだ。


「そんなに凄い冒険者なのにどうしてギルドの受付をやっているんですか?」

「ん? あー……まぁ、当然の疑問よね。でも別に大した理由じゃないのよ? うちのボスってSランク冒険者のくせにこの町から殆ど動かずに活動してるのよね」

「えっと……」

「Sランク冒険者になるようなやつはどいつもこいつも自由気ままで勝手な奴ばっかで、基本的に居場所なんかわからないような連中なんだ」


 いまいちピンと来てないセレナに補足する。


「だから、いざって時にすぐに声をかける事ができて協力的なレクサスは冒険者ギルドからVIP扱いなの。だから、普通の職員じゃ変に気を遣ってうちのクランに下手な依頼を回してこないのよ。そういうのが面倒くさいから私が受付嬢になって、かったるい依頼とか怪しい依頼を適当にうちの連中に振り分けてるってわけ」

「な、なるほど」


 一職員がSランク冒険者の機嫌を損ねたらギルド全体がリアルに首が飛ぶ、とでも思っているんだろう。気持ちはわからなくもないが、はっきり言ってレクサスはそういうタイプじゃない。とはいえ、そんな事はギルド側が分かるわけもないし、グロリアがその辺の調整をギルド職員となってやる方が円滑に進むのは確かだった。


「あの店よ」


 薄暗い道を進む事十五分、懐かしい建物が見えてきた。この町で活動しているときによく行ったな。うまい、早い、安いの三拍子が揃った稼ぎの少ない初級冒険者御用達の店だ。

 店の中はいつも通りの賑わいぶりだった。入った瞬間、客の視線がセレナに集まるが、その前にグロリアがいる事に気が付くと、すぐさま目を逸らす。誰だって巨大な斧で真っ二つにはなりたくないだろうから当然の反応だった。


「どうやら満席みたいね。困ったわ」


 騒々しい店内で呟くようにグロリアが言ったにもかかわらず、この店にいる全員がそれを聞いていた。それだけグロリアに注意を向けているのだろう。その証拠に、目の前に座っていた四人の男達が勢いよく椅子から立ち上がった。


「あら? 譲ってくださるのかしら?」

「は、はいぃ!」

「も、もちろんですぅ!」

「ど、どうぞ!!」


 背筋をピンと伸ばし、挨拶する様はまるで兵隊だ。この女はどれだけ恐れられているというのか。

 空いた席に涼しい顔で腰を下ろしたグロリアに続く。ただセレナだけは、申し訳なさそうな顔で直立不動のまま大量の汗を流している四人の男達に声をかけた。


「あの……譲っていただいて本当にいいのですか?」

「え? あ、はい! 俺達は立ったまま酒を飲むんで!!」

「そっちの方が性に合ってんです!!」

「そうですか、ありがとうございます!」


 頭を下げ微笑みセレナに四人ともぽけーっとアホ面で見惚れていた。ある意味、セレナもグロリアと似たような破壊力を有しているな。それを天然でやっているから厄介この上ない。


「……優しいのねぇ、セレナは」


 頬杖をつきながら遠慮がちに席に座るセレナを見ながらグロリアが言った。


「私が優しい、ですか……?」

「だって、あんな坊や達にお金が取れるほど素敵な笑顔をプレゼントしちゃうんだから」

「え? え?」


 グロリアの言葉の意味が分からず、戸惑うセレナ。そんな彼女を見て組んだ指の上に顎を乗せたグロリアが妖艶な笑みを浮かべる。


「あなたほどの美貌があれば、もっと我儘に生きてもいいんじゃないかしら? それも立派な才能よ?」

「え、えーっと……私なんかよりもグロリアさんの方がずっと奇麗だと思うんですが」

「あー、ダメよ。行き過ぎた謙遜は嫌味になるわ」

「あ、す、すいません……」


 セレナが困惑しながら謝罪した。その様をグロリアがじっくりと観察する。


「……ふーん。別にレオンが魅了されて騙されているわけじゃないようね。まぁ、あんたがそういうタイプじゃないのは知ってるけど、一応ね? いい子そうじゃない」

「何を確認してんだよ」

「なんたって私はレオンのお姉さんみたいなものだからね。出来の悪い弟が悪い女に騙されてたら、ほっぺた引っ叩いてでも目を覚まさせてあげないと」

「なんだそれ」


 俺が顔をしかめるとグロリアはにっこり笑った。なんとなく子ども扱いされているみたいで少しだけイラっとする。


「……レクサスといいグロリアといい、いつから俺の肉親になったんだよ」

「あんたがこの町に来た時からよ」


 当然とばかりに言い放ったグロリアの言葉に俺の心がざわついた。注文もしていないのにグロリアの前にだけ置かれたジョッキを手に取り、彼女は豪快に傾ける。


「はーっ、美味しい! やっぱり仕事終わりのビールは最高ね!」

「相変わらず飲み方がおっさんくせぇな、おい。そんなんだと恋人出来ねぇぞ?」

「うるさいわね! 色々大変なのよ、ギルド職員は!」


 不機嫌そうな顔で一気にグラスの中を空にすると、ドンっとジョッキをテーブルに置いた。


「……で? もう一人の出来の悪い弟とは何があったのよ?」


 グロリアの表情が真面目なものになる。その目が半端な答えは許さない、と雄弁に語っている。これはレクサスにも聞かれた事だし、予想はしていた。同じように返答すればいい。だが、その静かな迫力を前に俺は上手く言葉を出す事ができなかった。


「あ、あのぉ……?」


 ぽつんと一人取り残されたセレナがどうしたらいいのか分からない顔で俺とグロリアを交互に見る。


「あぁ、ごめんなさいねぇ。こんな話、素面でするもんじゃなかったわ。お酒と料理が来てからにしましょ!」


 笑顔でそう言うと、グロリアは近くを歩いていた店員を呼びつけ、メニューを適当に注文していった。

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