第46話 聖女の独白

「あら、やだわぁ。アタシったら全然セレナちゃんの話聞いてないじゃない」


 コース料理も終盤を迎え、デザートに舌鼓を打っているところで、レクサスがポンっと手を叩いた。


「いえいえ気にしないでください! お二人の話はとても興味深いものばかりなので!」

「そういうわけにはいかないわよ。せっかくお知り合いになれたんだからちゃんと聞かないと。……なんでこんな朴念仁と一緒にいるとかね」


 それまで幸せそうにケーキを口に運んでいたセレナが困り顔でこちらに視線を向けてくる。さて、どこまで話していいのやら。レクサスに関しては包み隠さず話しても何の問題もないと断言できるが、この場所は信頼できない。どこで誰が聞き耳を立てているか分からないからだ。


「別に大した理由はねぇよ。セレナがとある有名人にそっくりなせいで勘違いしたファンに付きまとわれてるから、暇になった俺が護衛役を引き受けたってわけだ」


 普段と変わらぬ口調で言うと、僅かにレクサスが眉を動かす。今の一瞬で俺の意図を察したのだろう。そんな事が出来るのはセドリックかこの人ぐらいだ。


「……それは災難だったわねぇ。当然、そのファンはあんたが返り討ちにしてあげたんでしょ?」

「いや、そいつがまぁ随分と質の悪いファンでな。アオイワでも絡んできやがったから、ここまで逃げてきたんだよ」

「なによ情けない。もう二度と手を出せない様にちゃんとお仕置きしなさいよ。そのファンの正体くらいは突き止めたんでしょうねぇ?」

「あぁ。'死神'とか呼ばれてる男だ」


 努めて平静を装いつつギリギリ聞こえるくらいまで声のトーンを落とした俺の言葉に、レクサスの動きがピタリと止まる。汚れ仕事ばかりを引き受ける裏ギルド、その一級戦力であるディアボロ・ブラックバーンの異名をレクサスが知らないわけがない。


「……随分と物騒なファンもいたものねぇ。セレナちゃんの苦労を察するわぁ。大変だったわねぇ」

「い、いえ! 私は別に……!」

「参考までにセレナちゃんがそっくりだっていう有名人の名前を聞いてもいいかしら?」


 ティーカップを傾けながら軽い調子で聞いてくるレクサスだったが、目だけは真剣そのものだった。


「そっちの方は俺も詳しく知らねぇんだ。確か王都で絶大な人気を誇る修道女だったかな?」


 あくまで世間話。酒場で酒の肴にする噂程度な感じで言った。レクサスも適当に聞き流している顔で聞いている。


「…………なるほどねぇ」


 大体これで伝わっただろう。これ以上の詳細は俺も知らない。だが、セレナの正体が聖女と呼ばれるセレスティア・ボールドウィンであり、裏ギルドのジョーカーから狙われている、という事さえ伝われば十分だ。


「そのファンにはいるのかしら?」

「そういや黒いローブに身を包んだ連中とつるんでた気がするな」

「やぁねぇ。そういう陰気臭い子達はお断りさせてもらいましょ」


 レクサスがコトッ、と静かにティーカップを置いた。よし、これでレクサスがブラスカの冒険者を使って不審人物を洗い出してくれるだろうから随分と楽になる。ブラスカに着いた時はなんとなく気まずいから会わない様にしようと思ったが、セレナの事を考えたら会ってよかったと思う。


「……ふぅ。色々と話が聞けて良かったわぁ。食事も終わった事だし、そろそろお開きにしましょうかね」

「そうだな。これ以上話しておくことは」

「あ、あのっ!」


 伝えるべきことは伝えたし、席を立とうとした俺を引き止める様にセレナが口を開いた。


「わ、私はずっと王都にいたので、その修道女について色々と聞きました!」

「お、おいセレナ……!」

「レオン」


 レクサスが鋭い声で俺の名前を呼ぶ。その顔を見た俺は言いかけた言葉を飲み込み、口を閉ざした。


「その話、聞いてみたいわねぇ。でも、いいの?」

「はい。……私が話したいだけなので」


 ちらりと俺の方を見ながらセレナが言った。そして、気持ちを整えるようにゆっくりと息を吐き出してから、静かに話し始める。


「あの……その修道女なんですが、お金を着服した罪で教会を追放されたらしいです」


 様々な感情を押し殺したその声は決して大きくはなかったが、大音量で発せられているかの如く俺の耳には届いた。


「不思議な話ですよね。その修道女は教会に尽くしており、お金など持っていても使う暇なんてなかったというのに。でも、恐らく事実だったのでしょう……教会で苦楽を共にし、最も親しかった友人から告発されたのですから」


 セレナの口調は穏やかだった。なぜだろうか。状況はまるで違うというのに、セレナの話を頭の中でパーティを追放された自分と重ね合わせてしまっているのは。


「……その修道女ちゃんはかなり辛い思いをしたのねぇ。でも、それなら全てを投げ出して両親のもとに帰ろうとは思わなかったのかしら?」


 思いやりと憐みの混じった声音でレクサスが尋ねると、セレナは困ったように笑った。


「それは……思わなかったみたいですね。その修道女の故郷はとても貧しく、彼女が教会に所属する事となった時、食い扶持が減ったと大喜びしていたようなので。教会から追い出されたからといって村に戻り、また両親の負担になってしまう事は……には出来ませんでした」


 セレナが朗らかに笑う。だが、その唇は微かに震えていた。それが俺の心臓をギュッと握り締める。


「……だったらその修道女は、この先笑って生きていかなきゃならねぇな」

「え?」


 勢いよく顔を上げたセレナの目を、俺は真正面からじっと見据える。

 

「長い間教会でたくさんの人を笑顔にしてきたやつが、そんな悲しい結末を迎えていいわけがねぇからな。ここから先は笑顔で人生を謳歌するんだよ。……涙を隠すためのハリボテの笑顔なんかじゃなく、心の底から嬉しくて楽しくて、自然と溢れてしまうような笑顔でな」


 俺の言葉にぐにゃりと顔を歪ませたセレナが、何かを隠す様に俯いた。俺はその頭をポンポンと優しくたたく。


「……あなた達、結構いいコンビかもしれないわねぇ」


 俺達に暖かな視線を送っていたレクサスが微笑みながら言った。何となく気恥ずかしかったので、俺はしかめっ面で顔を背ける。


「それにしても教会がそんなにもきな臭い感じになっているなんて驚きだわ……マリアの奴、何をやっているのかしら」


 レクサスが顎に手を添えながら僅かに眉を潜めながら呟いた。だが、すぐに慈愛に満ちた笑みをセレナへと向ける。

 

「とても興味深いお話をありがとうセレナ。何かあったらアタシに言いなさい。出来る限り力になるわ」

「……ありがとうございます、レクサスさん!」


 目端に涙をためながら、セレナがとびきりの笑顔を見せた。俺もそれを見て自然と口角が上がるのであった。

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