第45話 敵わない相手

「……えぇ!? レクサスさんってレオンさんのお師匠さんなんですか!?」


 レクサスに連れて来られた高級料理店でセレナが大声をあげる。格式の高い料理店のため優雅に食事をしている客が殆どで、その声は静かな店内に響き渡った。それに気が付いたセレナが赤くなった顔を俯かせ、体を縮こませる。


「そんな大層なもんじゃねぇよ。ガキの頃に軽く戦い方を教わっただけだ」

「なぁに言ってんのよ。十歳の頃から十年近くも面倒見たのよ? 師匠どころか母親と言っても過言じゃないわ」

「あんたみたいのが母親だったら俺は三歳でぐれてるわ」


 何の肉かは分からないが、洒落た皿にのせられたステーキを口に運びながら吐き捨てる様に言った。


「つーかそんなくだらない事よりも言うべき事があんだろ? Sランク冒険者だ、とか美の探究者ビューティフルワールドのクラン長だ、とか」

「Sランク冒険者……クラン長……!?」

「それこそくだらない事よ! セレナちゃんはあんたの仲間なんだから、あんたに関する話じゃないと面白くないでしょ! ねぇ?」


 レクサスが同意を求めるが、驚愕の事実の連続に脳みそのキャパシティがオーバーしたのか、まったく耳に入ってない様子だ。


『Sランク冒険者ってあれやろ? 人間の中でごっつい力持った奴の事やろ? どうりで化け物みたいに強いわけやな』

「だから、レディを化け物扱いするんじゃないわよ! ……って、さっきも気になったけど、あんたいつからしゃべる指輪なんてつけてるのよ?」

「ついこの前'血'のダンジョンで拾ったんだ」

「あらそうなの? そういえばうちの子達とそのダンジョンで出会ったって言ってたかしら。あんたの能力を考えたらそこで手に入るマジックアイテムは有用に働く可能性が高いものねぇ」

「まぁな。で、こいつはそのダンジョンを作った駄精霊だ」

『血の精霊のマルファス様や。よろしゅう頼むで……って、誰が駄精霊やねん!!』


 うるさい指輪は無視して食事を進める。呪文みたいな料理名だから何を食べているのかは正直分からないけど、どれも破格の美味さだ。こんなのを毎日のように食べてたら、何となくダメになりそうな気がする。


「精霊……お気に入りの人間を見つけると姿を現し、その者と行動を共にする精霊がいる、っていう眉唾物の話は聞いた事があったけど、本当だったのねぇ。そうなるとあのダンジョンは消滅しちゃうのかしら?」

『せやな。ダンジョンを形成しとった儂がいなくなったんや、徐々に消えていくやろな』

「ならその申請をギルドに出しておいた方が良さそうね。あとでグロリアに言っておきましょう。……もちろんあんたの名前は」

「伏せてくれ」


 分かっているけど一応の確認、と言った感じで視線を流してきたレクサスに俺はキッパリと言い放った。


『なんでや? 主人あるじが見事ダンジョンを踏破したって言いふらしたらええやないかい。そっちの方が目立つやろ?』

「目立ちたくねぇんだよ」

『かー! 何いうとんねん! 男なら目立ってなんぼやろがい!』

「ふふっ。この子はそういう男なのよマルちゃん」


 レクサスが肩をすくめながら微笑を浮かべる。冗談じゃない。ただでさえ勇者パーティをクビになったって事で悪目立ちしてるのに、これ以上名前が知れ渡っても面倒臭い事にしかならないだろ。

 

「グロリアには事情を説明するけど、ちゃんとレオンの名前を出さないように言っておくわ。それにしてもほんの少し前までちょこちょこアタシの後ろについて来る可愛い坊やだったのに、いつの間にか精霊を従えるくらい成長しちゃうなんて……流石に歳を感じちゃうわよ」

「多分、その坊やは俺じゃねぇ」

『ちょい待ち。儂はこん男に従っとるわけちゃうぞ? 魔法を使えば使うほど血が失くのうなってしまうもんやから、仕方なく力を貸してやっとるだけやで? せやから、立場としては儂の方が上や。そこんとこ勘違いせんといてな、おっさ』


 ギロリ。


『……姉ちゃん』


 殺気すら感じる睨みつけは精霊すらも戦慄させるようだ。腐ってもSランク、俺が知る中で人間最強なだけはある。……これはそういう事じゃないような気がしないでもないが。


『あー……なんか急にねむなってきたからもっかい寝るわ』


 逃げたな。まぁ、静かになるから別に止めはしない。


「……精霊って意外とおしゃべりなのねぇ。まぁ、無口なあんたにはお似合いかもしれないわ」

「別に無口じゃねぇよ」

「そうね。無口じゃなくて大事な事を口にしないだけかしら? それで仲間とすれ違いを生んで、その結果勇者パーティを追い出された、と」


 ピタッ。料理を食べていた手が止まる。緩慢な動きで視線を向けると、珍しく真顔でレクサスが俺を見つめていた。今の今まで脳みそが機能停止していたセレナが、レクサスの発言で我を取り戻し、何とも言えない表情で俺とレクサスを交互に見る。


「……まぁ、セドリックはあんたがそういう性格だって知ってるし、それが理由じゃないでしょうけど。当然、話を聞かせてくれるわよね?」


 その目の鋭さに、思わず目をそらしそうになった。修練場で戦った時よりもプレッシャーを感じる。これは下手な事を言ったりしたら、命はないかもしれない。


「……'絶氷'のベリアルを倒した事を王都に報告しに行ったら、セドリックから唐突にパーティから出てけって言われた。それだけだ」

「……心当たりは?」

「ねぇな。本当に突然言われたんだ、『勇者パーティに"暗殺者アサシン"はいらない』ってさ」


 僅かに自嘲じみた笑みを浮かべながら言った。本当は世間話をするような気軽さで言うつもりだったが……流石にそれは無理だった。


「レオンさん……」


 セレナが辛そうな顔する。お前がそんな顔をする必要はないというのに。本当に心優しい聖女だ。


「あんたが悪辣職性イリーガルだからパーティから外したって事? あのセドリックが?」

「魔王軍の四天王の一角を落として世間体が気になったんじゃねぇの?」

「本気で言ってるのかしら? あの子がそんな玉じゃないっていうのはあんたが一番わかってるでしょ?」

「…………」


 あぁ、わかってる。"勇者"、"大賢者"、"大神官"。どれも希少で超が付くほど有能で世間様にも好かれているジョブである事は紛れもない事実だ。そんな中に"暗殺者アサシン"が相応しくない事は俺にだってわかる。だが、俺の幼馴染はそんな事を気にするような男じゃない。とはいえ、それ以外の理由は一つしか思い当たらなかった。そして、それが真実だとしたら……流石に堪える。


「シルビアとアリアも納得しての事なの?」

「それを言われた時に一緒にいたから恐らくな。アリアは何も言わなかったが、シルビアは……」


 そこで言葉が止まった。認めたくない事実を口にするのはそれなりに勇気がいるものだ。


「……足手まといはいらないってさ」


 それを言った瞬間、濁った塊が心にズシンと降下した。それはじわじわと俺の体を蝕んでいく。


「足手まといってレオンさんがですか!?」


 信じられないといった表情を浮かべるセレナに、レクサスが静かに首を左右に振った。


「Sランク冒険者に匹敵するほどの実力を持ちながら、自分のジョブの事を憂慮してその手柄を全て親友に押し付けた無名のBランク冒険者よ? 足手まといになるわけないじゃない」

「えっ!? レ、レオンさんってBランク冒険者なんですか!?」


 驚くセレナの言葉を聞いて、レクサスがジト目を向けてくる。


「レオン……あんたセレナちゃんに自分の事全然話してないでしょ?」

「……必要ないと思ったからな」


 何となくバツが悪い思いをしながら言ったら、呆れ顔でこれ見よがしにため息を吐かれた。


「必要ないかどうかはあんたが決めるんじゃなく、聞いた相手が決めるものよ。気を遣わせたくなくて言わなかったのならわかるけど、その理由は見当違いだわ」

「……変に同情されたくなかったから言わなかった」

「うふ♡ 素直でよろしい♡」


 苦虫を噛みつぶしたような顔で言うと、レクサスが満面の笑みを向けてくる。まったく……いつまでたってもこの人には敵わないな。親を亡くした俺達をここまで育ててくれたのは間違いなくレクサスだ。素直に認める事はできないが、俺にとっては親同然の相手である。


「でも、セレナちゃんはあなたの新しい仲間なんでしょ? それとも何か理由があって一緒にいるだけなのかしら?」

「いや、セレナは仲間だ」


 レクサスの目をまっすぐに見返しながら、俺は力強い口調で言った。初めは教会から裏切られたセレナを、長く連れ添った仲間から裏切られた自分と重ねて、気を紛らわせるために護衛をしていただけだった。だが、今は違う。俺は彼女を、安心して背中を預けられる仲間だと断言する事が出来る。

 俺の言葉を聞いたレクサスが満足げに微笑を浮かべた。


「それなら、ちゃんと自分の事を話しなさい。そして、セレナちゃんの話も聞いてあげなさい。別に全てじゃなくてもいいわ。アタシに話してもいいと思える範囲でいいから。……それでもいいわよね?」

「はい。……厚かましいとは思いますが、私はもっとレオンさんの事を知りたいです」


 レクサスに視線を向けられたセレナが淀みない口調で答える。少しだけ意外だった。これまで俺の過去について聞かれた事がなかったから、単純に興味がないと勝手に思っていたが、どうやら気遣われていただけのようだ。


「……時間がある時に、な」

「わかりました」


 セレナが優しく微笑む。それを見るだけで俺の中にあった淀みが少しずつ霧散していくのを感じた。


「……いい子を見つけたわね。でも、ダメよぉセレナちゃん。男の『時間がある時に』を信用しちゃ。いつまでたっても時間がある時がやって来ないんだから。アタシが知ってる範囲でレオンの話をしてあげるから、いつでも来てちょうだぁい」

「え、でも……」

「別にいいわよね?」


 凄まじい目力でレクサスが俺を見てくる。それは許可を求めるものじゃなくて、ただの脅迫だ。


「……好きにしてくれ」

「ほら! 本人がいいって言ってるんだから遠慮する事ないわ!」


 諦めたように言うと、困惑するセレナにレクサスがウインクをした。


「あ、ありがとうございます。時間がある時に是非……!」

「うふ♡ 女の『時間がある時』は信用してるわよ♡」


 困ったように笑いながらも、聞きたそうな顔をしているセレナを見て、俺は深々とため息を吐いた。

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