第42話 ブラスカ到着
なぜか必死な形相でセレナに頼まれたので、荷馬車を降り、セレナの後ろに乗馬する。このアオイワで手に入れた黒馬は中々の逸材かもしれない。俺とセレナの二人を乗せても殆ど疲労を見せない。アオイワの城門を超える時も一切怯えた素振りを見せなかったし、アルファロメオという名にふさわしい優秀な馬だ。
「どうですか?」
「いいんじゃねぇか? しっかりバランスもとれてるし、これなら一人で乗っても問題ないだろ」
「本当ですか!? ……でも、一応ブラスカまではぎゅっと私の体を掴んでおいてくださいね! 万が一手綱の操作を間違えてレオンさんが振り落とされたら大変ですので!」
「あ、あぁ。わかった」
普通、年頃の女性であれば一緒に馬に乗っているとはいえ、体を掴まれるのは嫌がるはずなんだが。まぁ、セレナは普通の女性とは育った環境が違うから、その辺の感覚がずれてるんだろう。
それから二時間ほど進んだところでようやく目的地が見えてきた。道中、魔物も野盗も、それまで嬉々として話しかけてきていたフィットの護衛の冒険者達も近づいてはこなかった。どうやら俺は虫よけとしてかなりの効果を発揮しているらしい。
「お二人のおかげで無事にブラスカの町に辿り着く事が出来ましたわ!」
町に近づいてきたせいか、人の往来が多くなってきたので、もう安心だろうと判断したフィットが荷馬車の窓から顔を出した。
「なんとかこの町で手練れの冒険者を護衛に雇ってダコダに戻りたいと思いますわ!」
「一緒にダコダまで行けなくてごめんなさい」
「謝る事はないですわ! 野盗から救っていただ上にブラスカまで同行していただけたんですもの! それなのに恨み言なんて言おうものなら、商売の神様に怒られてしまいますわ!」
申し訳なさそうにしているセレナに、フィットが笑顔で言った。てっきり地面に額をつける勢いで頼み込んでくるものだと思っていたが、意外とあっさりしているんだな。
「……でも、レオンさんが美しいわたくしともう少し旅をしたいというのなら、吝かではありませんわよ?」
「ありえねぇよ。家出娘のお守りなんてこれ以上はごめんだ」
「もう! 相変わらずつれませんのね!」
フィットが唇を尖らせる。一瞬こいつの護衛としてダコダに行けば、ブラスカに行かなくて済むんじゃないかとも考えたが、セレナがヴィッツとエブリイの二人と約束している以上、結局はその後ブラスカに行く事になるからな。それならフィットのわがままに付き合ってやるメリットはない。
「……まぁ、仕方ありませんわ。これ以上レオンさんに色目を使ったら、セレナさんに矢で射られそうなので、ここは大人しく引き下がりますの」
「そ、そんな事しませんよ!」
「それにお金を支払って雇っているわけでもないので、あれこれお願いするわけにはいきませんわ!」
「あぁ、その事なんだけど」
「ん? なんですのレオンさん?」
「
「…………へ?」
フィットの目が点になった。何を驚いているんだ? きっちり仕事を果たしたら相応の対価を求めるのは冒険者として当然だろ?
「レオンさん、なんかせこいです……」
セレナから冷たい視線を向けられてしまった。俺もせこいとは思うが、ブラスカで平和に過ごすために必要な事なんだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って欲しいですわ!! そ、そんなのありですの!?」
「そんな慌てんなって。別に有り金全部寄越せって言うつもりはねぇんだ。ただ、ちょっと欲しい物があってな」
「欲しい物……ですの?」
「あぁ。荷馬車に積んであったのは確認してある。大したもんじゃねぇから安心しろ」
不安げな表情を浮かべるフィットに、俺はにやりと笑いかけた。
フィットとその護衛達と別れを告げた俺とセレナは、町の入り口にある馬屋にアルファロメオを預け、ブラスカの町に入った。流石は『美の町』と言ったところか。王都はきっちり整備された潔癖な街並みであったが、ここは華やかさの中に涼やかな清潔感もある町だ。そういう事に疎い俺でも、行きかう人々がお洒落である事は見てとれた。聖女でも村娘でも、女性であればファッションには興味があるものだろうから、さぞやセレナも目を輝かせている事だろう。
「ここがブラスカだ。俺みたいな奴にはあまり似つかわしくない町だな」
「……そうですね」
だというのに、なぜかセレナの表情は微妙なものだった。
「もっと奇麗な町を想像してたか?」
「い、いえ。エブリイからとても奇麗なところだと聞いていましたが、予想以上でした」
「そうか」
その割にはあまりいい反応とは言えない。何か理由でもあるのか?
「あ、あの……」
「どうした?」
「それは何ですか?」
セレナが何とも言えない表情を浮かべながら、遠慮がちに俺の顔を指さす。
「何って鉄仮面だ」
「あぁ、いえ。それは分かるのですが……」
俺がフィットから貰ったもの、それがこのフルフェイス鉄仮面だ。鉄でできたこの鉄仮面は、全ての攻撃から顔面を護るために、顔全体を完全に覆っている。これは素晴らしい。何が素晴らしいかって、この鉄仮面を被っていれば、俺の顔が全く見えないところだ。
「どうしてそんなものを被っているのかと……」
「それは一身上の都合ってやつだ」
「そ、そうですか……」
……悪いな、セレナ。これは俺が何事もなくこの町で過ごすために必要なアイテムなんだ。これがないと面倒な事に巻き込まれるのは目に見えている。
「と、とりあえず冒険者ギルドに行ってみますか? ヴィッツとエブリイに会いたいですし」
これ以上聞いても無駄な事を察したのか、気を取り直したようにセレナが尋ねてきた。あー……本音を言えばこの町の冒険者ギルドには極力近づきたくないんだが、あの二人が滞在している場所を知らない以上、冒険者ギルドがあいつらの事を聞くのが一番丸い方法だと言える。
「そうだな。あの若さでDランクなら、ギルドの受付嬢に聞けば何かしら教えてくれるだろ」
「はい。……もちろん、それを被ったまま行くんですよね?」
「当然だ」
冒険者ギルドなら尚更だ。この町で過ごしている間、俺はこれを脱ぐつもりはないぞ。
賑わう町中を勝手知ったる足取りで進んでいく。魔族の領地の近くであり、戦闘の前線ともいえる町だというのに、相変わらずの人の多さだ。いや、更に増えたのではないだろうか。
この町の冒険者ギルドは数多くの服飾屋が立ち並ぶ中心街に居を構えている。基本的に冒険者ギルドは町の入り口近くに建てられることが多いので、こういう場所にあるのはかなり珍しい。
「はー……すごい立派な建物ですね」
セレナが目の前にある巨大な建物を見ながら感嘆の息を漏らした。こうやってギルドが大きな顔ができるのは、
「セレナ、入る前に一つだけ言っておくことがある」
「なんですか?」
「冒険者ギルド内で俺の名前は呼ぶな」
セレナが不思議そうな顔で俺の方を見る。
「それはレオ……あなたが顔を覆い隠す鉄仮面を被っている理由と同じですか?」
「まぁ、そういう事だ」
後で詳しい説明はするから、とにかく今は俺の言う事を聞いて欲しい。
何か言いたそうなセレナではあったが、こくりと頷き中へと入っていったので、俺もその後に続く。相変わらずセレナは注目を集めるな。まぁ、こんな美人がギルドに入ってきたら見ない奴の方が珍しいだろう。普段は別に気にする事もないのだが、この町ではあまり好ましい事ではない。心なしか俺も見られているような気がする。気のせいか?
「おいおい……めちゃくちゃ奇麗な姉ちゃんじゃねぇか」
「どこぞの貴族の令嬢か?」
「後ろに護衛っぽいのがいるから多分そうだろ。こんな所に何しに来たんだ?」
「つーか、後ろの奴なんで頭だけ重装備なんだよ」
……どうやら気のせいではないらしい。鉄仮面にあう鎧も着ておくべきだったか。職業柄、重たい装備は性に合わないんだよ。さっさと用件を終わらせてこんな危険地帯からはおさらばするとしよう。
「あら? 見ない顔ね」
……げ。
「こんにちは、可愛いお嬢さん。冒険者ギルド、ブラスカ支部へようこそ。私はこのギルドの看板受付嬢をやらせてもらってるグロリア・プロウライトよ。よろしくね」
「私はセレナと申します」
「ご丁寧にどうも。それで? あなたみたいな育ちのよさそうな美人さんが冒険者ってわけでもないでしょうから、依頼の持ち込みかしら?」
「い、いえ。今日はちょっと人を探してまして……」
「あらそうなの。ところで」
カウンター台に頬杖を突きながら、グロリアがセレナの後ろに立っている俺に視線を向けてきた。よりにもよってなぜこの赤髪の女に話しかけたんだ。
「そこの恥ずかしがり屋さんはあなたの連れなのかしら?」
「え? あ、はい。私の……な、仲間です!」
「ふーん……」
少し緊張した面持ちで答えるセレナは気にも留めずに、グロリアがこちらを凝視してくる。
「……まぁいいわ。えーっと、人探しだったかしら? ここに来るって事は探しているのは冒険者の子?」
「はい! エブリイ・プライスとヴィッツ・レイナーです!」
「あぁ、噂になってる子達ね」
「噂?」
予想外の言葉に、セレナが少し驚きつつ首を傾げた。
「えぇ。その二人は最近
「そうなんですか!?」
「ブラスカの顔役と言ってもいい大型クランに、あんな若い子達が入団を許可されたのは久々だったから、冒険者達の中で話題になってるのよ」
あいつら
「探してるのがその二人なら、町を駆け回る必要もないわよ。多分、ギルドの修練場にいると思うわ。ここのところ毎日、
え。ちょっと待ってくれ。
「本当ですか!? それならさっそく……!」
意気揚々と修練場に向かおうとするセレナの肩をガシッと掴む。そして、不思議そうに振り返ったセレナに対して無言で首を左右に振った。
「え? 行かないんですか?」
行くわけないだろう。だって、修練場には
「――うふっ♡ 不審者みーっけ♡」
…………まじか。
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