第41話 荷馬車の中で

「セ、セレナさんも俺達と同じ冒険者なんですね!」

「はい。まだ冒険者になりたての新人ですけど」

「こんなに奇麗な人が冒険者なんて驚きだよな!」

「あぁ! もし何か困った事があったら遠慮なく言ってくれ!」

「ありがとうございます」


 馬もといアルファロメオに乗って荷車に並走しているセレナの周りに、フィットの護衛である冒険者達が群がり一様に顔をデレデレさせていた。こうなってくると王都での聖女様人気は回復魔法の腕だけではなさそうだ。


「セレナさんとはブラスカの町でお別れなんだよなぁ」

「俺、護衛の依頼中断しようかな? そうすりゃセレナさんと一緒に他の依頼をやれるかもしれないし」

「やめとけやめとけ。依頼の中断は冒険者としての信頼を失くすし、なによりセレナさんがお前なんかと依頼をやるわけないだろ。やるなら俺と一緒がいいぞセレナさん」

「お前こそ鏡を見てから言え! そんなゴリラみたいな顔した奴がセレナさんの隣にいたら、セレナさんの評判が下がっちまうだろうが!」

「なんだと!? でめぇこそカエルみてぇな面してんじゃねぇか!」

「ああん!? やんのかこら!」

「上等だ!!」


 随分と執心されているようだ。だが、お前ら程度の腕の冒険者と一緒に依頼をこなしてもなんもメリットにならないから、残念ながら誰ともご一緒するつもりはない。

 ちなみに、俺はアルファロメオに同乗しているわけではなく、荷馬車の方に乗っていた。セレナが乗馬を練習したいとの申し出があったので、少しだけ教えた後、一人で乗ってもらってる。徒歩と変わらない速度で進んでいるので、練習にはもってこいだろう。


「セレナさんが口説かれてないか心配してるんですの?」


 荷馬車の窓からセレナの様子をうかがっている事に気が付いたフィットが、ニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。


「あの美貌だ、いちいち目くじら立ててたらキリがねぇよ。それに俺とあいつはそんな関係じゃないしな」

「あら? その割には不機嫌そうな顔をしていましたわよ?」

「多分それは同乗者に不満があるからだな」

「……相変わらずわたくしには冷たいのですね」


 フィットがジト目を向けてくるが軽く無視をする。どうせブラスカまでの間柄だし、優しく対応したところで意味ないだろ。


「つーか、クローズ商会の娘ともあろうものが、なんだって行きずりの冒険者なんか護衛につけてんだ? 専属の奴らがいるだろ?」

「うっ……そ、それは……い、一身上の都合ですわ!」


 一身上の都合……この反応だとどうせ大した理由じゃないな。まぁ、親に黙って小旅行ってところか。


「それにしたってもう少し質のいい冒険者を雇うとかしてもいいだろ? 人数だって全然足りてなかったみたいだし。極限まで無駄な出費を省くのは商人の矜持だろうが、大事なところをケチってリスクをあげるのは違うんじゃねぇのか?」

「そ、そんな事はあなたに言われなくても分かっていますわ! わたくしだってもっと大所帯でダコダを目指す予定でしたわ! ですが、募集をかけたのに思ったよりも冒険者が集まらなくて……!」

「……心当たりは?」

「……恐らく、北ダコダと南ダコダが険悪な関係になっているのが原因だと思われますわ」


 なるほど。護衛の依頼はその送り届けた先で冒険者の活動をするのが普通だ。だから、その移動先の町の治安が悪いともなれば冒険者達が二の足を踏むのも頷ける。

 それにしても、ダコダがそんな事になっているとは思わなかった。とはいえ、あそこはアメリア大陸の最北端に位置していて王都からかなり離れている上に、巨大な都市のせいで北と南にトップが分かれている。同じ町に領主が二人もいればそうなるのも時間の問題だったか。


「……ところで、セレナさんとレオンさんはそういう関係ではないのですね。それならば、わたくしがレオンさんのいい人になってもよろしくてよ?」

「そりゃ嬉しくて涙ちょちょぎれそうだよ」

「……全然、本気にしていませんわね。わたくしにはそんなに魅力がありませんか?」


 フィットが唇を取らせた。魅力がないかと聞かれたら答えはノーだ。流石は大商家の娘、容姿も商売道具の一つとして、しっかり整えているとは思う。ただ、親密な関係になりたいかと聞かれると、こちらもノーと言わざるを得ない。


「お前が俺と仲を深めたいのは、損得勘定からだろ?」

「そんなの当然ですわ! わたくしは商人ですからね! 何よりも利になる事を優先いたしますの! 好みのタイプはお金を生み出しそうな御仁ですわ!」


 きっぱりと自信満々に言い切ったフィットを見て、思わず苦笑いを浮かべてしまった。


「む……わたくし何か面白い事でも言いましたか?」

「いや? ただ、余りにも本心を隠そうとしないもんだからつい、な」

「これでも少しは人を見る目があるんですのよ? 耳障りのいい言葉を並べたところで、きっとレオンさんには鼻で笑われてしまうだけですもの」

「そうだな。初対面の時よりあんたの事好きになったぜ」

「な……!?」


 フィットが顔を赤くして口をパクパクさせる。ふむ。軽口にいちいち反応してるようじゃ、まだまだやり手の商人とは言えないな。


「す、すすす、好きだなんて、い、いいい、いきなり言われても……ひぃっ!?」


 照れ顔が一瞬にして恐怖に染まる。え? 急にどうした?


「…………」


 いつの間にかアルファロメオに乗っているセレナが窓の間近にいた。そして、無機質な笑顔で俺達を見つめている。その光の一切宿っていない瞳を見た瞬間、得も言われぬ悪寒に襲われた。


「セ、セレナ? どうかしたのか?」

「……いえ。お二人が仲睦まじくお話ししているみたいだったので」

「い、いや。別に仲睦まじくってわけじゃ……」

「…………」

「…………」


 なぜか冷や汗まで出てきた。なんという無言の圧力。これ以上余計な事を言えば命に関わる、と俺の本能が告げている。


「あ、あれですわ! セレナさんにはもう少し丁寧に乗馬の仕方を教えて差し上げた方がいいと思いますの! だ、だからレオンさんが後ろに乗って細かく指導なさってはどうですの?」

「っ!? そ、そうですね! 是非お願いしたいです!」

「あ、あぁ。わかった」


 ほっ……よかった。どうやらいつものセレナに戻ったようだ。一体何が原因だったのだろうか。

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