第40話 大商会の娘

「レオンさん! こっちは終わりまし……た?」


 護衛達の治療を終え、茂みに待機させていた馬を連れてきたセレナが、涙目でぎゃーぎゃー騒いでいるフィットを見て首をかしげた。


「終わったか。ならさっさと行くぞ」

「あ、え、えっと……そちらの方は?」


 困惑しながら尋ねてくるセレナに気付いたフィットが勢いよくそっちに顔を向ける。


「あら、遠目で見た時には気づきませんでしたが、わたくしに勝るとも劣らない美貌ですわね! わたくしはフィット・クローズ! クローズ商会の跡取り娘ですわ!」

「はぁ……? 私は冒険者のセレナと申します」


 ふんぞり返りながら自己紹介をするフィットを不思議に思いながらセレナが名乗る。残念ながらセレナはある意味で箱入り娘だ。クローズ商会なんて知らないだろうよ。


「むぅ……こちらも反応がいまいちですわね。ところで、そちらはお二人の馬ですか?」

「え? あ、そうです」

「あまり毛艶がよくありませんわね。お名前は何ておっしゃるの?」

「へ?」


 予想外の質問にセレナの目が点になった。


「その子のお名前ですわ。当然名前がありますわよね?」

「え、えっとー……」

「ちなみにわたくしの場合、荷馬車を引いてる左の子はメルセデスで右の子がベンツですわ。愛情を持ってるのであれば名前を付けて当然ですわよね?」


 つらつらと得意げに話すフィットの前でセレナが視線を泳がす。アオイワの町から金を置いてきたとはいえ無断で拝借した馬だ。名前なんて付けてるわけもない。


「それで? その子は何て言いますの?」

「そ、その……こ、この子は……!」

「この子は?」

「あ……あ……アルファロメオです!」


 ……随分と立派な名前をもらったなお前。


「アルファロメオ……とても凛々しいお名前ですわね! ですが、いい名前を付けるだけではなく、ちゃんとお世話をしてあげなければいけませんわよ?」

「は、はい!」

「でないと、売る時に値段が下がってしまいますわ!」


 なるほど。流石は大商会の娘といったところか。愛情も儲けの糧。セレナが顔を引きつらせるのも分かる。


「それでお二人は何の話をしていたのですか?」

「はっ! そ、そうでしたわ!」

「こいつがダコダまで護衛をしてくれっていうから丁重にお断りしてたとこだ」


 フィットが標的をセレナに代えて懇願しだす前に断った事を伝えておく。セレナの事だからフィットの話を聞いたら二つ返事で了承しそうなので。


「護衛……ですか?」

「そうなのですわ! 野盗も魔物も蔓延る道も、お二人が護衛についてくださればとても心強いのですわ!」

「はぁ……? でも、私達……」

「もしお断りされたらわたくし達、また悪漢に襲われて命を落としてしまうかもしれません! どうか! どうかわたくし達の護衛をしてはいただけませんか!?」


 鼻息を荒くして詰め寄ってくるフィットに、セレナが引きつった笑みを浮かべながら体を仰け反らした。何を言ってもまるで響かない俺を見限って、そそくさと押しの弱そうなセレナに目を付けたか。厄介な。


「ぐえ!?」

「セレナ。お人好しもいいけど、誰それ構わず願いを聞いてたらいつまでたってもブラスカにつけねぇぞ?」


 思いっきりフィットの首根っこを掴み、セレナから引きはがす。


「あいつらが待ってんだろ? 道草食ってる場合じゃねぇ」

「そ、そうでした!! ヴィッツとエブリイが待っていますもんね!」

「げーっほげほげほ!!」


 よし。奴がむせて話せない隙にさっさとこの場を離れよう。


「ちょ……げほげほ……お、お待ちに……げほげほ……!!」

「だ、大丈夫ですかフィットさん!?」

「ん? ……げーっほげほがはげふ!!」


 ちっ……中途半端にむせさせたからセレナが心配してしまった。そして、苦しそうにすればセレナが心配してくれる事に気が付いて、フィットが大げさに咳をし始めた。鬱陶しい。


「げほげほ……あぁ、もうわたくしは駄目かもしれません……」

「そんな! しっかりしてください!」


 地面に倒れ込むフィットをセレナが慌てて抱きかかえた。


「思えばそう悪い人生じゃありませんでしたわ……。辛い事もありましたけど……それに負けないくらい楽しい事もありました……ですが、一つだけ心残りがありますの……」

「なんで……? 外傷もないのに……!」

「わたくしの最後のわがまま……聞いて欲しいのですわ……」


 セレナの腕の中でフィットが安らかな表情を浮かべる。俺は一体何を見せられているんだ?


「わたくしを……わたくしを生まれ故郷に……! きれいな花が咲き乱れるかの地に……わたくしの遺骨を……!!」

「花に迷惑だろ」

「ふんぎゃ!」


 脳天に手刀を振り下ろしたらフィットが飛び起きた。なんだ、俺もセレナみたいに回復魔法が使えたみたいだ。いや、死の淵に瀕していただろうから蘇生魔法か。


「先ほどからレディに対してあんまりじゃなくて!?」

「人の優しさに付け込むような奴はレディとは言わねぇよ。こんな奴ほっといてさっさと行くぞセレナ」

「え、あ、はい……」

「そんなぁ! 見捨てないでくださいぃ!」


 セレナを連れてこの場を離れようとする俺に縋りついてくるフィット。欲しい玩具を諦められない子供並みの執念を感じる。


「あの、フィットさん。ブラスカまででいいなら一緒に行きませんか?」


 ずるずると俺に引きずられるフィットに不憫そうな顔でセレナが言った。フィットの動きがピタリと止まる。


「ブラスカまで……ですの?」

「はい。友人がその町で私達を待ってくれているんです。だから、ダコダまではご一緒できませんが、ブラスカまでなら……」

「…………」


 俺から手を離したフィットが神妙な面持ちで何やら考え始めた。


「おいおい。何を勝手に」

「ダメですか?」


 申し訳なさそうに上目づかいで聞いてきたセレナに思わず口ごもる。くっ……そんな顔で言われたら拒否できないだろうが。俺はしかめっ面でため息を吐いた。


「……好きにしろ」

「ありがとうございます!」


 ぱぁっと花開いた笑顔が眩しすぎて仏頂面のまま顔を背ける。やれやれ。どうにも俺はセレナに甘い節がみたいだ。


「いかがですか?」

「うーん……ブラスカで新しく冒険者を雇えばダコダまで帰れるかもしれませんわね。ですが、ここからブラスカまではそんなに距離がないので、そんなに報酬は払えませんわよ?」

「報酬なんていりませんよ? 一緒に行くだけなので」

「なっ……む、無料……!?」


 信じられない、といった表情を浮かべたフィットがものすごい勢いで俺を見てきた。


「驚くのも無理ねぇが、不審に思う必要はねぇよ。俺やお前と違って、セレナは打算とは無縁の女だからな」

「そ、そうなんですの……?」


 まだ驚愕の表情を浮かべているフィットだったが、純粋無垢な顔で首をかしげるセレナを見て、何かを察したように大きく息を吐き出す。


「……それではお言葉に甘えさせていただきたいと思いますわ。改めてよろしくお願いいたしますわ」

「はい! こちらこそよろしくお願いします!」


 微笑と共に差し出された手を、満面の笑みでセレナが握り返した。

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