第39話 商隊救出
「というわけで、商人側に肩入れするわけだが、セレナ。お前は絶対に攻撃するなよ?」
「え!? どうしてですか!?」
「どうしてって……お前が矢を打ったらあいつら死んじまうだろうが」
「あ……」
俺に言われてはじめて気づいた、といった様子でセレナが口元に手を当てる。あの頑丈なブラッドオークの頭を軽々吹き飛ばすほどの威力だ。人間相手じゃ致命傷どころか即この世からおさらばだ。
「ま、魔法を使わなければ命を奪う事はりません!」
「あんなごちゃごちゃ戦ってる連中を弓矢で無力化する技術はまだないだろ」
「た、確かに……!」
ダンジョンで多数の魔物を相手する経験はそれなりに積んだが、それと同じようにはいかない。何も考えずに倒せばいいのと、相手の命を奪わずにかつ無力化するというのは天と地ほどの差があるのだ。
「セレナにはセレナの役目がある」
「私の役目、ですか?」
「護衛の連中を聖魔法で守る事と、終わった後に怪我人の治療をする事だ」
野盗を抑えても守る対象が死んでたら何の意味もない。それに注意を払いながら俺一人であの人数を相手するのは流石に骨が折れすぎる。
「なるほど……わかりました!」
「じゃあ、行くぞ」
「はい!」
セレナが自分の役割を理解したところで極限まで気配を消し、一気に駆け寄る。そのまま野盗の背後に回り込み、意識を刈り取った。思った通り、こいつらはただのごろつきだな。これなら問題なく制圧できるだろう。
『……こいつら悪人なんやろ? ちまちまやらんと、殺したったらええんとちゃうんか?』
五人目を処理したところで肩にとまったままのマルファスが話しかけてきた。
「悪人だろうと無闇に命を奪うのは俺の信条に反する。直接害をなしてきたわけじゃねぇしな。他人様を裁いていいようなご立派な立場じゃねぇんだよ、俺は」
『ふん……魔物は容赦なく殺すくせに、人間っちゅうのは面倒くさい生き物やのう』
マルファスが呆れた声で言った。今言った事は間違いじゃないが、一番の理由は他にある。それはもちろん俺のジョブだ。'
「お、おい! 何かいるぞ!!」
「な、何かってなんだよ!?」
「わ、わからねぇ! だが、何人か仲間がやられてやがる!!」
今頃俺の存在に気が付いたか。とはいえ、俺の姿はまだ捉えられていないみたいだ。
「と、とにかくさっさと殺して奪え!!」
「だ、ダメだ! よくわからねぇが攻撃が弾かれちまう!!」
セレナの方も上手くやってるようだ。やられている野盗達と同じくらい守られている護衛達が困惑しているのが少し面白い。
それから五分ほどこの戯れを続けたところで全野盗を沈黙させることができた。思っていた以上にお粗末な奴らだったな。だが、それは
「野盗の奴ら、全滅したのか……?」
「いや、まだ一人残ってるぞ!」
警戒心を露にしながらじりじりとにじり寄ってくる護衛達を見て思わずため息が出た。俺が野盗を倒してる姿を見てるだろうが。同じ冒険者だろうが、あまりにも護衛の質が悪すぎる。全員俺より年下に見えるし、護衛依頼の経験が殆どないひよっこ共か。
『あぁ? 何ガンたれとんだおどれら。いてもうたろか?』
おいおい。随分とガラの悪い精霊だな。とはいっても、他の精霊を見た事がないからこいつがそういう気性なのかどうかは分からないが。
「く、黒い鳥がしゃべったぞ!?」
「ま、魔物使いか!?」
増々警戒されたじゃないか。余計な事をするな。敵対しても面倒事に巻き込まれるだけだろうから、こういう時は穏便に済ませた方がいいんだよ。手本を見せてやる。
「俺達は通りがかりの冒険者だ。野盗に襲われてるみたいだったから手を貸した。気に入らねぇ奴はかかってこい。ぶちのめしてやるよ」
「そ、そんな言い方したら誤解されちゃうんじゃないですか!」
慌てて駆け寄ってきたセレナに怒られてしまった。なぜだ。分かりやすく要点と気持ちを伝えたはずなのに。
「私はFランク冒険者のセレナです! 回復魔法が使えますので怪我人は私の所に来てください!」
唐突に現れた美女に護衛の冒険者達が戸惑いを見せる。なんだかんだ言ってこういう時は容姿が重要だ。相手に女が多い時はセドリックが、男が多い時はアリアがこの役を担っていた。俺は人相が悪いし、シルビアは見た目が良くても中身に問題があるからな。まぁ、適材適所ってやつだ。ここはセレナに任せるとしよう。
「"
護衛の冒険者達がデレデレした顔でセレナの治療を受けているのを横目に見つつ、俺は紅い鎖で野盗達を一ヶ所に集めて縛り上げた。少人数であれば手近な町まで連れていき、犯罪者の管理も行っている冒険者ギルドに引き渡すところだが、人数が多い時は適当に拘束し、監視をたててギルドに報告しに行く。もろもろの手続きが済んだ後に後日報奨金をもらう、という仕組みだ。
『……あかん。実体化しすぎて
荷馬車に寄り掛かりつつセレナの治療が終わるのを待っていたら、マルファスが大きく羽を伸ばしながらそう言うと、スッと姿を消した。なるほど。無制限に実体化する事はできないわけか。できればこのまま永遠に指輪の中で眠っていてもらいたいところだが、そうはならないのだろう。人生、上手くいかないものだ。
「……で? いつまでこそこそ盗み見してるつもりだ?」
「ぎくぅ!!」
なんてわかりやすいリアクションを取るやつだ。呆れながら荷馬車のドアの方へ視線を向けると、金髪ドリルを左右に携えた女がおずおずと中から出てきた。
「ま、まさかわたくしの視線に気がついていたとは……!」
「まぁ、あんだけガン見されてたらな。あんたがあいつらの雇い主か?」
「そ、その通りですわ!」
随分と若そうだ。年の頃はセレナと同じくらいか? 貴族っぽい雰囲気だが、それにしては随分とビクビクしてるな。
「わ、わたくしの名前はフィット・クローズ! クローズ商会の跡取り娘ですわ!」
「クローズ商会?」
これはまた随分とビッグネームが飛び出したものだ。クローズ商会といったらダコダを本拠地としている大型の商会じゃないか。そういうのに疎い俺でも知ってるほどに有名だぞ。そんな商会の娘が何だったこんな粗末な護衛と一緒にいるのか疑問ではあるが、別に知る必要もない事だろう。
「ご丁寧にどうも。俺はレオン・ロックハート。あっちでお前さんの護衛を治療してんのが仲間のセレナだ」
「あら? 思ったよりも反応が薄いですわね」
クローズ商会の名前に驚くと思ったのだろうか。俺の顔を見てフィットが眉を潜める。十分驚いてるぞ。職業柄、リアクションをあまり表には出さないだけだ。
「ま、まぁいいですわ! お二人はどういったご職業の方でいらっしゃるの?」
「大商会の娘さんみたいに大層な職じゃねぇよ。通りすがりのしがない冒険者だ」
「冒険者……」
俺の素性を聞いてフィットが口元に手を当てて黙り込む。
「……先ほどの戦い、馬車の窓から拝見させていただきましたが、レオンさんかなりの実力者ですわね!?」
「いや、別に普通だ」
「ご謙遜されなくてもいいですわ! あの技術、あの身のこなし、あの強さ! ただ者ではありませんわ!!」
「いや、だから普通だって」
「そんなレオンさんを見込んでお願いがありますの!」
何となく嫌な予感がしたから普通である事をアピールしたが、まるで聞いちゃいない。こういう時は大体面倒事に巻き込まれる時だ。
「わたくしを商業の町ダコダまで……!」
「お断りだ」
フィットが言い切るより前に、俺は申し出を拒否した。
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