第四章 ブラスカとS級冒険者

第38話 寄り道

 期せずして目的以上の効果を持つマジックアイテムを手に入れた俺達は、マルファスの力で入り口まで転移し、ダンジョンから脱出した。ダンジョンの中だけとはいえ、こんな離れ技をやってのけるところを見るに、このやかましい指輪が本当に精霊である事はもはや疑いようのない事実だった。


『ぷはー! 久しぶりの娑婆しゃばの空気はうまいのう!』

「長時間ダンジョンの中にいると、外に出た時の開放感がすごいですよね!」

『せやせや。中もええけど、やっぱ生き物ちゅうんはお天道様と顔付き合わして生きてかなあかんっちゅう事や。そら人間も精霊もおんなじやな』

「そういえばマルさんが外に出てもダンジョンの方は大丈夫なんですか?」

『ん? なーんも問題あらへんよ。モンスターが出んようになって、自然消滅するだけや』

「それって大丈夫なんですか!?」


 セレナが俺が嵌めてる指輪と仲良く会話している。異様な光景に聞こえるかもしれないが、別に俺の手を自分の顔に引き寄せたりしてるわけではないので問題なし。それにしてもうこの短期間で随分と距離が縮まったものだ。


『そんで? 自分はこれからどうするん? 儂のおかげで欲しいもん手に入ってんねやろ?』

「……確かにお前のおかげではあるけど、すげぇ認めたくねぇな」

 

 仏頂面で答える。あんなにも性質たちの悪いダンジョンボスを生み出した事を、俺はまだ許してない。


「私達はブラスカに向かう予定です」


 セレナの言葉を聞いた瞬間、俺の足がぴたりと止まった。それと同時に体中から冷や汗が吹き出す。忘れていた。このダンジョンの用事が済んだら、ここで仲良くなった二人の冒険者が活動拠点にしている町に行くという話だった。まずい、まだ覚悟も対策もできていない。


『なに焦り出しとんねん自分』

「レオンさん? どうかしましたか?」


 セレナが不思議そうに首を傾げながら顔を覗き込んでくる。今更、ブラスカに行くのはやめないか、などと提案できるわけもない。こうなったらブラスカまでの道中で何かしら対策を練らなければ。まぁいい。移動中に考えよう。

 アオイワでいただいた馬が預けてある厩の主人代金を支払い、俺達は予定よりも長居してしまった'血'のダンジョンを後にした。


 そんなわけで、今俺達はダンジョンとブラスカの町とを結ぶ林道の茂みに身を潜めている。……いや、言いたい事はわかる。とりあえず説明させて欲しい。

 馬に乗り始めてから少し経ったところで、退屈だ、と言い出したマルファスが実体化して空を飛んでいったので、この機会に俺はある事を試そうと思った。それは念話の距離だ。指輪を装備している俺とマルファスは頭の中で念じるだけで会話が可能であり、それがどれくらい離れたところまで機能するか確認したかった。上手く使えば偵察や監視に利用できると思ったからだ。

 結果的には、マルファスがかなり遠くにいても念話が可能である事がわかった。それはいい。問題はマルファスが空の散歩中に何かに襲われている荷馬車を見つけた事だ。少し迷ったが、その事を後ろにいる聖女様に伝えると、状況を確認したい、と言ったので、近くまで忍び寄って様子を見るという事になったのだ。


「……どうですか?」


 労わるように馬の背中を撫でながらセレナが尋ねてきた。様子を見る、と言っても相手に勘付かれないよう結構な距離をとっているため、セレナには人間同士が争っている姿は見えても、どういう状況なのかはわからないだろう。


「どうやら野盗共がどこぞの商人の馬車を襲ってるみたいだな。まぁ、よくある話だ」

『んー……護衛はおるようやけど、なんや野盗とあんま変わらんなりしとるな』

「専属護衛じゃなくて冒険者に護衛を依頼したんだろ」

『ふーん。えらい高そうな馬車に乗っとる割にみすぼらしい護衛を連れてれば、そら狙われて当然やろ。どっちにしろ、この分やと商人が身ぐるみはがされんのは時間の問題やな』

「そうだな」


 マルファスの見立てに俺も同意する。野盗の数は二十人弱。一方で商人の方は六人だ。豪奢な荷馬車に乗ってる割には随分と護衛が少ないものだ。


「ベテラン冒険者って感じでもなさそうだし、この人数差はひっくり返せねぇだろ。……で? どうする?」

「え?」


 心配そうな面持ちで戦っている彼らを見ていたセレナに尋ねる。彼女の気持ちなんて聞くまでもないのだが、状況を確認したいと言ったのはセレナだ。だから、それを知った上でどう行動するのか決めるのは彼女自身だろう。


「私は……!」


 セレナが何かを言おうとして唇をぐっと噛みしめた。この期に及んで自分の都合に俺を巻きむのを遠慮しているのか。やれやれ。


『なーにまごついとんのや? やりたい事素直に言うたったらええねん。自分みたいな別嬪さんが頼めば、断る男なんておらへんやろ』

「マルさん……」


 俺の肩にとまってるマルファスにセレナが視線を向ける。駄精霊のくせに偶にはいい事言うじゃないか。


「こいつの言う通りだ。遠慮する必要なんかねぇよ。無理なら無理だって言うし、やれそうなら手を貸す……仲間としてな」

「レオンさん……!」

「それにお人好しの聖女様のわがままに俺が振り回されるのなんて、今に始まった事じゃねぇだろ?」


 最後は少しおどけた口調で言うと、フッと力が抜けたようにセレナが笑った。


「……じゃあ私のわがままに振り回されてしまってもいいですか?」

「仰せのままに」


 わざとらしく大仰にお辞儀しながら、俺はにやりと笑みを浮かべた。

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