第36話 新たな仲間……?

「で? その精霊様がなんだって指輪の中にいんだよ」

『なんや自分。儂が精霊やと信じとらんやろ?』

「信じられるような振る舞いをしないお前が悪い」


 信心深いアルテム教の信者じゃない俺だって、精霊っていうのはもっと高貴な存在だって思ってたんだ。なのに、こんな酒場で盛り上がってる親父みたいな奴……指輪が精霊だなんて信じろって方が無理な話だ。


『ははーん……儂の力を見とらんから、そんな風に敬意も抱けんわけやな。よっしゃ! 儂の力見せたる! ちょ、そん指に儂を嵌めてみ?』

「はぁ?」

『ええからええから! 騙された思て一度嵌めてみればええねん! さきっちょ! さきっちょだけでええから!』


 言い回しがなんとなく気に入らないのは置いておいて、確かにこの指輪が持つ効果は気になった。あんな化け物じみた魔物を倒し、あんな大層な箱の中に入っていた物が、月並みの性能なわけがない。


「こ、これは……!」


 人差し指に指輪をはめた瞬間、俺の体に変化が起こる。


「ど、どうかしたんですか!?」

『はっはっはー! 姉ちゃん、この兄ちゃんは儂の力に恐れ慄いとるんよ! 儂の持つ無限の力にのぉ!!』


 マルファスが得意げな声で言った。まさか……この指輪の効果って……!


『せや! 儂は血を司る精霊、マルファス様やぞ!! そんな儂が宿る指輪を装備したらのぉ……血液がさらっさらになるんや!』

「…………え?」


 セレナが間の抜けた声をあげながら、俺の顔から指輪が嵌められている右手に視線を向ける。そうだな。俺もそんな顔をしたいぞセレナ。


「……よし。このうるせぇ指輪はその辺に捨てて、さっさとここから出る方法を探すぞセレナ」

「え、あ、はい」

『ちょ、待たんかーい!!』


 やれやれ、本当にうるさいな。とっととこの指輪をはずして……はず……あれ?


『ぷぷぷー! 残念やったな! こん指輪は一度嵌めたら儂の許可なしではずせんようになっとるんや! クールぶってるとこ悪いのう!』


 なんだと……? 最早呪いの装備じゃないか。


「よし。ならこの人差し指を切り落として、さっさとここから出る方法を探すぞセレナ」

『そこまでぇ!?』


 当たり前だろ。血液がサラサラになるとかいうよくわからん効果が付くだけで、一生人差し指がやかましいなら切り落とすほかない。


『そ、そない嫌がる事ないやろ!? ありがたい精霊様がいつも側におるんやで!?』

「悪霊の間違いだろ。悪いけど、お前に付き合ってる暇なんかねぇんだ。こちとら早くダンジョンから出て目当てのマジックアイテムを入手したのか確認したいんだよ」

『……目当てのマジックアイテム?』


 マルファスが怪訝そうな声を出した。


『自分、欲しい効果がついとるアイテムでもあんのかいな?』

「……'増血'の効果が付与されたマジックアイテムだよ。紅魔法は使うたびに俺の血を消費するからな」

『なんや、それの事かい。それなら儂の指輪を嵌めてればその効果を得られんで』

「は?」


 さも当然とばかりに言い放ったマルファス、もとい指輪を凝視する。


『それだけやない。血の巡りがようなるから自己治癒能力も高なるし、血の質がようなるわけやから自分が使う紅魔法の性能も上がるで』

「…………」


 それが本当なら、俺が求めていたマジックアイテムよりも数段上じゃないか。試しに紅魔法で剣を作り出し、壁に向かって投げつける。


「……まじかよ」


 根元まで深々と刺さった剣を見ながら呟いた。普通だったら切っ先が刺さるだけだというのに、明らかに切れ味が上がっている。おまけに、血が減った感覚がない。


『なーっはっはっは! どや? すごいやろ?』

「……あぁ」


 これに関しては素直にすごいと言わざるを得ない。本当にこの指輪に宿っているのは精霊だったのか。


『まぁ、儂と自分の相性がいいのは当然やな。自分が使うんが紅魔法で、儂は血の精霊やからのう。……せやけど、儂が出来るのはそれだけやないで?』


 まだ何か効果があるのか? 少しばかり精霊の力をなめていたかもしれない。


『よぉ見とき!』


 マルファスがそう言うと、突然指輪から黒い雲のようなものが噴き出し、なにかの形を成していく。それは嘴の少し太い、手のひらよりも少し大きいくらいの鳥の姿だった。


『こうやって自分らの前に現れる事も可能なんや!』

「この真っ黒な鳥がお前の姿なのか?」

『魔力を使った仮の姿やけどな。大体こんなもんや』

「こ、これがマルファス様……マルさんのお姿なんですね!」


 信仰の対象ではあっても実際に精霊を見た事がないセレナがごくりと息をのむ。俺も初めて見た。てっきり人型だと勝手に思っていたが、そういうわけでもないのか。


『おーええやん。敬え敬え、儂を敬いまくれ。まぁ、目玉は血液サラサラ機能やけどな!』

「それが一番しょぼい機能だよ」


 我が物顔で腕にとまっているマルファスに冷たく言い放つ。だが、本音を言えばこの指輪は超高性能だ。'増血'だけでおつりがくるというのに、俺の紅魔法まで強化してくれるのはありがた過ぎる。


『ちなみにちゃんと空飛べんで』

「そりゃいいな。そのまま指輪の効果だけ残して飛び去ってくれ」

『おう! じゃあ儂はこの辺で……って、んなわけないやろがい!』


 ちっ。やはりだめか。


「つーか、俺の質問に答えてねぇぞ。なんでお偉い精霊様が指輪の中にいんだよ?」

『ええ質問や! よう聞いたのう!』


 いや、この質問二回目だから。


『儂がこの指輪にいる理由はのう……ずばり、相性のいい主人についていくためや!』

「相性のいい主人についていく?」

『せや!』


 言葉の意味がいまいち理解できずにオウム返しすると、マルファスがバサッと翼を俺に向けた。


『何百年魔素の処理をしてきた思うとる? もうな、飽きてもうてんねん。溜まった魔素回収して、上手い具合に排出して、また回収して、また排出して、ってこちとらゴミ処理業者じゃないねんぞ! 儂はもう十分やったやろ! そろそろ若い奴らに任せて好き勝手生きてもいいはずや!』

「そ、そうか」


 鼻息を荒くするマルファスに若干気圧される俺。


『ちゅうわけで、のんびり世界でも見て回ろうか思ったんやけど、流石に一人でってのは味気ないやん? せやからダンジョンにくる奴らの中でおもろい奴おらんかなー、って観察しとったら自分らを見つけたっちゅうわけや! 紅魔法なんて儂の魔法いうても差し支えないぐらいの代物やからな! 相性ばっちりやろ!』


 バサバサと羽ばたきながらマルファスがどや顔で言った。


「……なるほどな。お前がダンジョンにいる時に偶々紅魔法を使う俺を見つけたから転移魔法陣で自分の所に呼び寄せた、と」

『そういうこっちゃ! だが、勘違いするなや? 紅魔法を使える奴なら誰でもいいなんて尻軽女やないで? 儂が手塩にかけて育てたあのごっついゴーレムちゃんを倒したから、自分についていってもええ思ったんや!』

「それは……光栄なこって」


 罠の確認を怠らなかったのに転移魔法陣によってこの場に連れて来られたのはそのせいか。ダンジョンマスターともいえる精霊が直接手を下したならどうしようもなかったと言える。


『つまりや! 精霊である儂が自分を主と認めてやったんや! 涙流して地面ごろごろ転がりながら深く深く感謝せぇよ!』

「すごいじゃないですかレオンさん! 精霊様に認められたんですよ!?」

「……主と認めた奴に対するセリフじゃねぇけどな」


 なぜかテンションが上がっているセレナとは対照的に、乾いた声で呟いた。この感じは……もう抗う事の出来ない流れになっている気がする。


『ちゅうわけで、今日からよろしゅうな!』

「はい、よろしくお願いします! 私はセレナと申します! サポート魔法とお粗末な弓術で援護するレオンさんの仲間です!」

『姉ちゃんセレナ言うんか。ええ名前やないかい』

「ありがとうございます!」


 マルファスとセレナが楽しそうに自己紹介し合った。様々な使える効果を持つ指輪と引き換えに、うるさい同行者が増える。差し引きマイナス百といったところか。……どうにかこの精霊だけを切り離したいところだが、叶わぬ願いだろうな。

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