第35話 血の精霊

 ブラッドゴーレムを倒してから三十分ほどセレナに回復魔法をかけてもらった俺は、体力以外はほぼほぼ回復した。紅魔法により減った血も、"血界"の反動で傷ついた体も元通りだ。セレナ自身もブラッドゴーレムから受けた傷を治し、服がところどころ破れている以外は問題なさそうだ。ブラッドゴーレムから防ぐために魔法を使い、俺と自分の傷を癒すためにも魔法を使い、それでもなお魔力に余裕があるそうなのだから、'聖女'のジョブはやはり計り知れないと再認識した。


 ……ところで、俺はいつまでこうしていればいいんだろうか。


「……なぁ? もう体は大丈夫なんだが?」

「ダメです。重症だったんですから、もう少し安静にしていてください」


 膝の上から見上げる形で尋ねると、セレナが有無を言わさぬ口調で言った。さっきまではボロボロだったからあれだが、傷が治った以上、こうして誰かに膝枕をされるのは非常にいたたまれないのだが。


「……それにしても、ブラッドゴーレムを倒したのに何も起こりませんね」

「ん?」


 言われてみればそうだ。てっきりこの部屋のどこかにどこか別のところに繋がる転移魔法陣でも浮かび上がると思ったんだが。これだけ呑気にこの部屋で休憩しておきながら何も起きないという事は、何かしら仕掛けがあるというのか?


「ちょっと調べてみる必要がありそうだな」

「あ、ちょっとレオンさん!」


 セレナの膝から起き上がりスタスタ歩き出すと、セレナが不満そうな声をあげながら後ろについてきた。とりあえず壁からだ。もしかしたら隠し扉でもあって他の場所に行けるのかもしれない。という事で、念入りに調べてみる。

 部屋を一回りしてみた感じ、まったく怪しいところはなかった。ただの壁だ。やはり他にここから出る手段がありそうだ。とはいえ、床にも不審な点はなかった。という事は、後考えられるのは一つ。


「てっきりこのデカブツを倒せば楽にここら出られると思ったんだが」


 今や赤黒い塊と化したブラッドゴーレムの亡骸を八つ当たりまぎれに蹴りながら呟く。こいつがここから出る鍵じゃなかったら何のために苦労して倒したんだか。


「……ん?」

「どうしたんですか?」


 ブラッドゴーレムの体を調べてみると、その体に埋もれるように豪華な装飾が施された箱がある事に気が付く。


「なんだこれ?」

「これは宝箱じゃないですか!? こんなに強い敵を倒したから、ご褒美として宝箱が出てきたんですよ!」


 セレナが瞳をキラキラと輝かせながら言った。いや魔物を倒してドロップアイテムというのは分かるけど、宝箱なんて聞いた事ないぞ。


「……とりあえず開けてみるぞ」

「はい! 早く開けてください!」


 なんでそんなウキウキしてるんだ。……まぁいい。罠がないか注意しつつ、宝箱を開けてみる。


「これは……」

「指輪ですね」


 中に入っていたのは何の変哲もない指輪だった。高価な宝石もついていない銀の指輪、強敵を倒した褒美にしてはしょぼすぎる気がする。もしかしたら何か凄い効果が付与されたマジックアイテムなのかもしれない。一応装備をして……。


『おぉぉぉぉい!! 見つけるまでどんだけかかっとんねぇぇぇん!!』


 手に持った瞬間、指輪がしゃべったんだが。


『おかしいやろ自分! あんなごっつい奴倒したら真っ先に調べるやろがい! なのにいつまでもいつまでも女と乳繰りあいおってからに! デート感覚でダンジョン来んのも大概にせぇよこらぁ!』


 俺は無言で指輪を元の場所に戻して箱を閉じた。


『ちょ、冗談冗談! 自分がちぃとばかし儂に気付くんが遅かったから、かるーく嫌味を言うただけやろ! んな本気にせんでもええやん!』


 箱に戻してもうるさい。なんなんだこれは。


「……なんなんですか、今のは」

「……知らねぇ」


 少しだけ迷ったが、もう一度箱を開けて確認する。


『やーっと開けおったか! 初対面の相手にする態度やないでぇ!?』

「人の言葉を話す気味の悪い指輪に対しては百点満点の反応だろうが」

『何言うとんねん! 『なんで指輪がしゃべってんねーん!』ってツッコむのが百二十点の回答や!!』

「なんで指輪がしゃべってんだよ」

『……テンションひっくいなぁ自分』


 指輪が深々とため息を吐く。いや、指輪が息を吐くわけがないのでそう感じただけだが。


「……あのぉ、指輪さんはマジックアイテムなんですか?」


 隣にいるセレナが遠慮がちに尋ねた。


『ん? あぁ、ちゃうで。ちゅーか、指輪やない。儂はこの指輪に居候させてもろてる精霊やからな』

「精霊!?」


 思わず大声が出た。精霊って事はこのダンジョンを作った張本人って事か? この指輪が?


『せや。儂は血の精霊のマルファスや。マルちゃんって呼んでや』

「血の精霊……マルファス……」


 何を言ってるんだこの指輪は? こいつの正体が滅多に人の前に姿を見せない精霊だと? そんな事が信じられるというのか? だが、人の言葉を話すアイテムなんて聞いた事がない。という事は、本当にこの指輪は精霊なのか?


「え、えっとぉ……マルファス様?」

『他人行儀やのぉ。マルちゃんでええで』

「じゃ、じゃあマルさん、一つお尋ねしてもいいですか?」

『なんや姉ちゃん』


 セレナは精霊を神の使いとして崇めるアルテム教の修道女だったからな。聞きたい事も多いだろ。今ならめったに聞けない貴重話が聞けるかもだぞ。こいつが本当に精霊ならな。とはいえ、セレナが精霊(仮)に聞きたい事はちょっと興味ある。


「どうしてダンジョンに罠を仕掛けてるんですか!?」


 聞きたい事ってそれかい。いやおれが精霊に直接聞いてくれって言ったけども。


『ええ質問やな!』


 いや、全然いい質問じゃないだろ。


『儂ら精霊がダンジョンを作る理由は知っとんのやろ?』

「え? あ、はい! 確か、空気中の魔素を体に吸収し、その捨て場としてダンジョンを作る、とレオンさんに伺いました」

『まぁ、大体あっとるな。魔素によって生み出される魔物が増えすぎると、生態系がむちゃくちゃになってしまうからの。儂らが一肌脱いどんのや! ちゅーても、ダンジョン作ってそこに魔素を捨てて魔物を量産しすぎると、それはそれで問題での』

「問題、ですか?」

『おうよ! ダンジョンモンスターっちゅーのは言うなれば儂が捨てた異質な魔素の塊。そんな奴らが増えすぎると、魔素の濃度が濃くなりすぎて大爆発を引き起こしてしまうんや。だから、誰かに倒してもらうよう、あいつらにせこせこドロップアイテムを仕込んどるっちゅーわけや』


 ……なるほどな。だから、ダンジョンモンスターは希少なドロップアイテムを落とすのか。それを目当てにやって来る冒険者に不要物の処理をやらせるために。でも、それはセレナの問いの答えにはなってなくないか?


「そんな深い理由があったのですね……という事はダンジョンに罠を仕掛けるのも……?」

『せや! 海よりも深ーい理由があるんや!』


 指輪だけどなんとなくマルファスがどや顔している気がする。俺も気になるぞ。冒険者にダンジョンモンスターを倒してもらいたい精霊がダンジョンに罠を仕掛ける理由、それは……。


『儂らがダンジョンに罠を仕掛ける理由。それは……遊び心や!!』


 ……は?


『ダンジョンモンスターを倒してもらいたい言うても、軽々倒されんのはおもろないやろ? やっぱ、アトラクション要素がないと、お客さんにすぐ飽きられてまうからな! つまり、精霊ちゅうんはサービス精神の多いエンターテイナーっちゅう事や!』


 ……こいつ本当に精霊なのか?

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