第34話 ノーガード

 鉄をも切り裂く俺の紅武器が一撃で破壊される事からもわかるようにブラッドゴーレムの装甲は硬い。それに加えて従来のゴーレムにはなかった'血'のダンジョンモンスター特有の超回復の能力を持っているため、仮に無理をして装甲を剥がしてもすぐに回復されてしまう。倒すには複数人がかりで回復する暇も与えずに攻撃し、核を曝け出させるしかない。それならばこの場に二人しかおらず、その上実質攻撃役が一人しかいない俺達はどうすればいいのか。その答えは簡単だ。俺がそれに匹敵するほどの速度で攻撃を繰り出し続ければいい。


「"血界けっかい"」


 紅魔法により無理やり血流を早めた。これにより俺の身体能力は何倍にも高められる。これは一種のドーピングのようなものだ。激流のような血液の流れに俺の体が長時間耐えられるわけもない。だが、これで怒涛の連続攻撃を仕掛ける事が出来る。

 とはいえ、これではまだ不十分だ。一撃くらわす度に"血化鉄ちかてつ"により生成した武器が壊れてしまう。その度にもう一度魔法で作り直していたら、せっかく体を酷使して限界を超えたスピードで攻撃をしようとしているというのに、それが無駄になる。それならば事前に武器を用意しておけばいいだけだ。


「"血化鉄ちかてつ刀饗とうきょう滅屠櫓めとろ"」


 俺が魔法を発動すると、周囲に紅武器が地面から芽吹くように顕現した。こいつは俺だけが使える武器庫だ。俺の血と魔力が続く限り、無限に紅武器が生えてくる。これで準備は整った。


「セレナ」

「はい」

「後は頼む」

「……はい」


 小さいが力強い声が俺の心に炎をともす。左右に刺さっていた剣を取ると、壁から抜け出しこちらへ走ってきているブラッドゴーレムに向かって俺は全力で地面を蹴った。


「はぁぁぁぁぁぁ!!」


 一振りでブラッドゴーレムの動きを止め、二振りで後方へと吹き飛ばした。砕け散った両手の紅武器を躊躇なく捨て、近くに刺さっている紅武器を取り、ひたすらに前へと突き進む。

 "血界"により強化されるのは速度だけではない。膂力も飛躍的に向上し、一撃一撃がさっきまでとは比べられないほどの重さを有している。それでも耐久力に自信のあるゴーレムは伊達ではなかった。


「グゴォ!!」


 地面に足を突き刺し、それ以上後ろに下がらない様に自身を固定したブラッドゴーレムの頭部で光る目が一際強い光を放った。紅い光の軌跡しか見えないほどのスピードで動いている俺の動きを予想して拳を突き出してきた。なるほど、肉を切らせて骨を断つ作戦か。だが、守る時間などない。その数秒でブラッドゴーレムの装甲はみるみる回復してしまう。こちらもノーガードで迎え撃つほかない。


 だが、こちらは肉を切らせるつもりなど毛頭ない。俺には信頼できる仲間がいるからだ。


「"聖なる護りプロテクション"!!」


 俺とブラッドゴーレムの間に現れた光の障壁がその拳を弾き返した。防御魔法は術者との距離によってその効果が大きく変わる。魔力が規格外であるセレナでも、遠距離からブラッドゴーレムの攻撃を防ぐのは不可能だ。つまり、彼女は俺達のすぐ後ろにいる。確認する余裕などはないが、その事実がさらに俺の背中を押してくれた。


「剥がれろぉぉぉぉぉ!!」


 斬る。斬る。斬る。壊れた紅武器を持ち換えただひたすらに斬り続ける。


 もうブラッドゴーレムの姿しか見えない。頭の中はブラッドゴーレムを倒す事しかない。余計な事はすべて捨てろ。ただ目の前にいる邪魔者を排除するためだけに動き続けろ。


「ぐ……が……!!」


 口から血が零れる。ブラッドゴーレムの攻撃を受けたからではない。奴の攻撃からはセレナが完璧に守ってくれている。この吐血はタイムリミットを知らせてくれるものだ。氾濫した血液が少しずつ俺の体を破壊していた。

 確実にブラッドゴーレムの装甲を剥がしている。回復が間に合わないほどの威力と手数で圧倒している。だが、核が出てこない。足りない。時間も血も体も足りない。このままじゃブラッドゴーレムを倒す前にこちらが息絶えてしまう。


「出ろ! 出ろ! 出ろぉぉぉぉぉ!!」


 内心に生じた焦りが言葉として出てしまった。無理なのか? 倒せないのか? 悲鳴を上げ続けている体に鞭を打ち、呼吸も忘れて攻め続けているというのに、この邪魔者を打ち滅ぼす事はできないというのか?


 視界が紅く染まる。

 体に走っていた激痛はもはや痺れに変わっていた。

 心が――折れそうになる。


「っ!?」


 そんな俺の視界の端に何かが映り込む。それは俺とブラッドゴーレムの戦いに巻き込まれてもおかしくないような場所に堂々と立っており、自分に襲いかかってくる赤黒い塊には目もくれず、ただ俺が勝つ事だけを信じて真っ直ぐこちらを見ている聖女の姿だった。

 なんて女だ。多少俺への防御魔法を緩めれば自分を守る事ができるというのに。ゴーレムの魔法を受けてあんなにも傷だらけになって。それなのにこんな俺を必死に守って、心の底から信じてくれている。


 そんな姿見せられたら、心が折れてる暇なんてないじゃねぇか。


「うおおおおおおおお!!」


 血の一滴まで沸騰させた。摩擦で発火するほどの速さでとにかくブラッドゴーレムを斬りまくる。今の俺にできるのはそれだけだ。


「ガゴッ……!!」


 ブラッドゴーレムがどう動こうが関係ない。奴からの攻撃はセレナが全部防いでくれる。俺はただ無心にその堅固な守りを崩せばいい。


 チカッ……。


 一瞬、赤黒い体の中に何か光るものが見えた。だが、すぐに体を回復されて見えなくなってしまう。

 やっとだ。やっと見つけた。こいつの核は他のゴーレム同様、体の中心にある。もう少し、もう少しでこの厄介なデカブツを倒す事ができるんだ。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 異常な血流に耐えられなくなった血管が破裂し、あちこちから出血し始めた。だが、そんな事はどうでもいい。体さえ動けばいくら血が出ようとかまわない。だから頼む。身体機能よ、勝手に停止しないでくれ。

 ……これだけ一点集中で攻撃しても、核を完全に露出させられない事から考えるに、核周辺の回復力は他と比べて格段に高くなっているようだ。核を壊されればやられてしまうのだから当然といえば当然か。だがそうなってくると、核をチラ見せさせる事しか出来ない俺ではこいつを倒す事はできない。……俺だけでは、だ。


「セレナ!!」


 大声で名前を呼ぶ。詳しく指示する余裕も余力もない。これだけで俺の意図を汲み取ってくれると、俺は信じる。

 そろそろ魔力も売り切れソールドアウトだ。残された紅武器は少ない。だが、不思議と焦りはなかった。この数少ない武器で奴を削りまくり、少しでも大きく核を曝け出させる事が出来れば――。


「"光矢こうし一閃いっせん"!!」


 ――俺の'仲間'が、確実にそれを射抜いてくれるはず。


 セレナの光の矢によって核を貫かれたブラッドゴーレムの動きが止まる。砂の山が崩れるようにゆっくりと倒れていった。俺も力尽きて地面に倒れ込む。


「レオンさんっ!!」


 セレナが悲鳴に近いような声をあげながら駆け寄ってきた。そのまま泣きそうな顔で回復魔法を使おうとするセレナを、小さく笑いながら止める。


「……お前が守ってくれたおかげで死ぬ事はねぇよ。それより自分の回復をしろ。お前を傷だらけにしたってばれたら、俺はアオイワの野郎どもに殺されちまうよ」

「レオンさん……」


 俺の軽口を聞いてホッとしたのか、少しだけ頬を赤らめながらセレナははにかんだ。そして、優しく俺に回復魔法をかけてくれる。まったく……自分から回復しろと言ったのに。


「……やりましたね」

「あぁ。セレナのおかげだ」

「私のおかげじゃありません。二人で頑張ったんです」

「……そうだな。俺とお前、二人でもぎ取った勝利だ」

「……はい」


 そう言いながら、セレナは俺の頭を掴み、自分の膝の上へと置く。なんとなく気恥ずかしかったが、何を言っても聞いてくれなさそうな雰囲気を感じたので、俺はされるがままに治癒されるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る