第33話 ブラッドゴーレム
「ゴーレム……ですか」
起動したゴーレムから片時も目を離さずに、セレナが緊張した声で呟く。
「知ってるのか?」
「書物で読んだ事があります」
「なら話が早い」
ゴーレムは魔物の中でも有名な方だ。別に知っていてもおかしい事ではない。とはいっても、ゴーレムというのは岩が魔素によって魔物化したものなので、目の前にいるあれは正確にはゴーレムではない。今までこのダンジョンに出てきた魔物から察するに……。
「あれはブラッドゴーレムだな」
「ブラッドゴーレム……」
セレナが小声で俺の言った魔物名を反芻する。
「ゴーレムの倒し方は?」
「外側の装甲を剥がし、中の核を破壊します」
「上出来だ」
端的ながら的確な答えに俺は頷いて答えた。冒険者ギルドが設定するゴーレムのランクはCだ。だが、それはゴーレムが積極的に人を襲う事が少ない魔物である事を考慮してのランク付けとなっているため、実際の戦闘力はランク以上だ。そして、装甲を剥がさなければ討伐できないため、元になった素材によってランクは上昇する。鉄の体を持つアイアンゴーレムはBランクとされているし、鉄よりはるかに硬いミスリルゴーレムはAランクだ。
それならばBランク以上Aランク以下の魔物と見ればいいのか? いや、そういうわけにもいかない。
「一つ確認したい事があるからちょっと行ってくる。セレナは光の壁で攻撃を防げるようにしておけ」
手でセレナに前に出ないように指示を与えつつ、適当な武器を作り出す。
「"
重量感のあるバトルアックスが出現した。硬さを確認するならこれくらいの武器じゃないと無理だろう。
「はぁ!!」
地面を蹴り、全く動く気配のないブラッドゴーレムに向かってバトルアックスを振り下ろした。
ガキンッ!!
激しい衝突音と共にバトルアックスが砕け散る。思った以上の硬さだ。手がしびれて感覚がない。だが、俺の紅武器であれば時間はかかるが、こいつの装甲をはぎ取る事は可能そうだ。……時間をかける事が出来ればの話だが。
俺の攻撃を受けると同時にブラッドゴーレムが動き出した。その俊敏さに思わず目を見開く。繰り出された拳は、俺の知っている鈍重なゴーレムのそれではなかった。
「レオンさん!!」
殴り飛ばされる俺を見て、セレナが焦り声をあげる。
「今、回復魔法を……!!」
「後ろに飛んでダメージを殺したから必要ない!! それよりも絶対にブラッドゴーレムには手を出すな!!」
ゴーレムという魔物の性質上、危害を加えられなければ襲ってこないはず。セレナにターゲットが向いたら護りきれる自信がない。
そんな事を考えていたらブラッドゴーレムが脇目も振らずに追撃を仕掛けてきた。俺は壁に張り付き体勢を整え身構える。
このブラッドゴーレム、かなりやばい相手かもしれない。俺がバトルアックスで食らわせた傷がもう既に治っているのは、'血'のダンジョンにいる魔物特有の異常な回復力の高さから想定はしていたが、完全に予想外なのが動きの速さだ。今もゴーレム種ではあり得ない速度で連撃をしてきている。
岩や鉄といった重い物質で構成されているゴーレムは基本的に動きの遅いパワー型の魔物だ。だが、このブラッドゴーレムは血で出来ているので体が軽い。にも拘らず鉄よりも固い体を持ち、パワーは他のゴーレムと遜色ない。それに加えて超回復力まで持っているとなると、倒せるビジョンが全く見えないのだが。
「とにかく攻めるしかねぇか……!」
ゴーレムを倒すには核を破壊するしかない。何をしてでも核を露出させなければ。
容易に地面を陥没させるような拳を躱しつつ、攻撃を加えていく。いや、その表現は間違いだ。息つく暇もない連撃を必死に回避して、僅かな隙を狙ってすぐに回復されるダメージを与える。要するに手詰まりってやつだ。
「なにかしら打開策を考えないとマジでやばいな」
なんとか拳をいなしつつ、頭をフル回転させる。基本的にダンジョンボスはパーティで倒す強敵だ。攻撃役、撹乱役、遠距離役、支援役など数の力で何とか討伐するケースが殆どだ。そして、このブラッドゴーレムはその最たるケースだと思える。圧倒的な耐久に驚異的な回復力を持つブラッドゴーレムの装甲を削りきるにはそれこそ数の暴力以外にありえない。つまり、俺一人で倒すには絶望的に手数が足りないという事だ。
「それなら無理やり手数を増やすしかねぇよなぁ」
後ろに飛びのき、ブラッドゴーレムから距離を取りながら一気に魔力を練り上げる。セレナが俺に補助魔法をかけてくれているから、大技の魔法を使っても問題ないだろう。
「"
アオイワで大量の魔物に対して使った殲滅魔法を発動する。この円形の広い空間が俺の生み出した紅い武器で埋め尽くされた。こいつで一気に核まで破壊しつくす。
「ヴォオオオオォォォォォォ!!」
言葉で表現しがたい絶叫をあげると、ブラッドゴーレムの周囲に自分と同じ赤黒い塊が無数に浮遊し始めた。
「魔法まで使えるのかよっ……!!」
ドラゴンやフェンリルといった高ランクの魔物は魔法を行使する事が出来る。だが、ゴーレムは肉弾戦を仕掛けてくるだけで、魔法なんて使ってこなかった。だから、魔法は使えないものだと勝手に決めつけていた。
「駆逐しろっ!!」
俺の怒声がトリガーとなり、紅い武器達が一斉にブラッドゴーレムへと襲い掛かる。それと同時に、ブラッドゴーレムの周囲を浮遊していた赤黒い塊が放たれた。
ぶつかり合う剣と弾丸。同じ物質であるが故、優劣はつかずに双方砕け散っていく。それでも物量は俺の方が上だ。赤黒い塊と対峙しなかった紅武器が容赦なくブラッドゴーレムの体に突き刺さる。
「ガァァァァァァァ!!」
「なっ……!?」
だが、ブラッドゴーレムは一切怯むことなくこちらに向かってきた。慌てて紅武器を生成し、攻撃を受けとめる。あの魔法でも仕留めるどころか動きを鈍らす事すらできないのか。しかも、際限なく作り出される赤黒い塊が間髪なく俺に襲い掛かってくる。こうなってくると攻撃するどころじゃない。
「くっ……!」
致命傷になりうるブラッドゴーレムの攻撃に集中すると、飛来する赤黒い塊を避ける事が出来ず、決して軽いとは言えないダメージが積み重なっていく。だが、それを気にしてるとあの血の拳が一撃で俺の体を破壊をするだろう。とはいえ、この状況が続けば俺に待っているのは死だけだ。
「はぁ……はぁ……!」
考えろ。生きる残るために全力で頭を使え。
こいつの耐久力を考えると投擲じゃダメだ。直接斬らないと装甲を削る事はできない。とはいえ、ゴーレムにあるまじき速度の攻撃に、赤黒い塊による魔法攻撃をかいくぐって斬りかかるのは容易な事じゃない。それも一撃じゃなく、ブラッドゴーレムに核を曝け出させるほどに攻撃を繰り返す必要がある。しかも、超回復力があるので短期間で、だ。どう考えても不可能だ。
「やっぱり、ダンジョンボスなんて一人で挑むもんじゃねぇなぁ……!!」
ブラッドゴーレムの猛攻を凌ぎながら、乾いた笑みを浮かべる。昔、あいつらとダンジョンを回っていた時、偶にはダンジョンボスを狩りたいと思って試しに一人で挑んでみるって言ったら、シルビアの奴に全力で止められたな。「バカじゃない!? 死にたいの!?」って。あの時は俺も若かったから何を大げさなって思ったけど、あまりにシルビアが必死に止めるもんだから鬱陶しく思ってボスモンスターに挑むのやめたんだっけか。シルビアに感謝しないといけないな。あいつの忠告を無視したわけではないが、やはり一人でダンジョンボスに挑むのは無謀だったようだ。
突然足に力が入らなくなり、俺はその場に膝をつく。いつの間にか体に相当なダメージが蓄積していたみたいだ。致命傷は回避していたというのに、それだけあの赤黒い塊を食らっていたというのか。
驚く暇も与えてくれず、ブラッドゴーレムが強烈な一撃を繰り出してくる。これは……躱すのは無理だ。魔法の発動も間に合わない。だが、何とか生身でも防御して命だけは守らなければならない。そうじゃないとセレナを護る事が――。
「――"
巨大な拳を俺に叩きつけようとしていたブラッドゴーレムが、極太な光の矢に連れていかれ目の前から消えた。一瞬、頭の中が真っ白になる。
「"
回復魔法をかけられたところで初めて、セレナが俺の側にいる事に、そして先ほどの攻撃が彼女のものである事に気が付いた。
「手を出すなって言っただろ! ゴーレムは自分を攻撃した奴を標的にする魔物なんだぞ!?」
「…………」
助けてもらった事に礼を言うのが先決だというのに、ブラッドゴーレムの脅威にセレナが晒されることに焦りを感じて思わず声を荒げてしまった。だが、彼女は何も答えず、地面に膝をついたままの俺の治療を続けている。ゆっくりと息を吐き出し冷静さを取り戻しつつ、ちらりとブラッドゴーレムを確認した。どうやらセレナの魔法は想像以上に威力が高く、壁に突き刺さり身動きが取れなくなっている。
「……俺の回復はいいから、とにかくブラッドゴーレムから離れろ」
「…………」
「ちょっと厳しい状況だが、なんとかあいつを倒す方法を見つけ出す。だから、お前は遠くから見守ってくれればいい」
「…………」
「心配すんな。俺の命に代えてもお前は」
「私がっ!!」
俯いたまま回復魔法をかけていたセレナが俺の言葉を遮るように大声をあげた。
「私が初めてダンジョンに挑む前に言った事を覚えていますかっ!?」
「は……?」
なんだいきなり。セレナがダンジョンに挑む前に俺に言った事? 一体何の話だ?
「私も一緒に戦わせてくださいっ!!」
「……!!」
セレナが顔をあげて俺の目を真正面から見つめてくる。
「役立たずかもしれないけど、足手まといかもしれないけど……私も一緒に戦いたいんです! 私も命を懸けたいんです! 私もレオンさんを護りたいんです!!」
銀色の髪のよく似合うその美しい藍色の瞳はとても力強い光を放っており――。
「レオンさんのお仲間と同じような働きが
できるなんて自惚れた事は言いません! 少し前まで私は魔物と戦った事もない世間知らずの修道女でしたから! ……ですが、これだけは断言出来ます!!」
――なぜだが俺は、その瞳から目を逸らす事が出来なかった。
「私は絶対にあなたを裏切ったりしませんっ!!」
セレナの心の叫びが俺の心臓に突き刺さる。そう、俺は裏切られることに怯えていたのだ。一緒に戦うと言っておきながら強敵を前にセレナを後ろに下げ戦闘に参加させなかったのは、彼女の身を案じて、というのが一番の理由ではない。背中を預けるのが怖かったからだ。彼女の援護を期待して裏切られた時、戦い続ける事が出来ないと思った。どうやらそんな臆病な自分を、セレナには見透かされていたようだ。
目を瞑り、大きく深呼吸をする。ブラッドゴーレムを倒す方法が一つだけ思いついた。
「……ありがとう。回復はもういいぞ」
「レオンさん……?」
ゆっくりと立ち上がり、セレナに背を向け今にも壁から抜け出しそうなブラッドゴーレムに向き直った。
「俺は今からセレナを護るために死ぬ気であのデカブツに攻撃を仕掛ける」
静かな声でそう言うと、肩越しにセレナに小さく笑いかける。
「……だから、セレナも死ぬ気で俺の事を護ってくれ」
「っ!? は、はい!!」
またこうやって誰かに命を預けて戦えるようになれるとは。さぁ、ブラッドゴーレムよ。最後の殴り合いを始めるとしようか。
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