第32話 転移トラップ
「……しっ!」
紅い武器で横薙ぎにしてブラッドオークを斬り伏せる。ドロップアイテムは……なしか。
ヴィッツ達と別れてから一週間、ダンジョンでひたすら魔物を狩っているが、その成果は芳しくない。ヴィッツ達がいないという事に加えて、入り口に近いところでは他の冒険者と鉢合わせする可能性が高いため、かなり深いところまで潜っているっていうのに。
「ふぅ……こっちは剣が一本と槍が一本ですね」
「そうか」
ブラッドオークの死体からドロップアイテムを探し終えたセレナが額の汗を拭いながら言った。これだけ倒してそれだけか。もう少し奥まで行って魔物のランクを上げるか? いや、今でもかなりセレナに無理をさせている。これ以上は厳しい。
「セレナ、体力と魔力はどうだ?」
「魔力の方は問題ありません。ですが、体力がちょっと不安です」
俺に心配をかけないよう無理をしがちだったセレナだが、ここのところちゃんと自分の体調を教えてくれる。一緒に冒険をする相手の状態をしっかり把握しておかなければ不測の事態が起こりうる、という事をセレナに話してよかった。
「そうなるとセーフティエリアに戻るか、ダンジョンから出るか……いや、そもそもの話これだけやって欲しいアイテムが出ないんじゃ、諦めるっていうのも選択肢に入ってくるな」
「えぇ!?」
セレナが驚きの声を上げた。
「い、いいんですか!? 必要なものなんですよね!?」
「あった方が確実に戦いやすくなるのは事実だ。だが、どうしてもってわけじゃねぇ」
「そ、それはそうですが……」
セレナが何とも言えない表情を浮かべる。まぁ、これだけ粘っておきながら、あっさり諦めると言われたらそんな顔にもなるだろう。本音を言えば欲しい事には変わりないが、それでも必要ないと思えるようになったのには理由がある。
「それにセレナが血が増える魔法をいつでも使ってくれるだろ? ずっと一緒にいるんだ、それなら問題ないって判断したんだよ」
「……!!」
それは想像以上にセレナが魔法を使いながら戦えたことだ。分断されれば話は別だが、常に行動を共にしておけばその心配もしなくていいはず。
「そ、そうですよね! ずっと一緒にいますもんね! レオンさんの血が足りなくなったら私が何とかしてあげればいいですもんね!」
「あ、あぁ」
なぜか頬を紅潮させながら迫ってきたセレナの圧が凄すぎて思わず仰け反ってしまった。何かが彼女の琴線に触れたらしい。ちょっと怖い。
「そうと決まればさっさと出口を目指すか。今回拾ったアイテムを鑑定して'増血'がなかったら、そん時は潔く諦めよう」
「わかりました!」
セレナが元気よく答える。まぁ、正味期待はできないだろうけどな。ドロップアイテムを拾うたびに
キィィィィン!!
突然、立っている床に巨大な魔法陣が浮かび上がった。思考が固まったのがコンマ二秒。すぐにセレナの方へと手を伸ばす。
「セレナ!!」
「は、はい!」
何が起こっているか分からないセレナの手を何とか掴んだ。体が妙な浮遊感に襲われる。次の瞬間には円形の見知らぬ大きな部屋の中に立っていた。
「レオンさん……一体何が……?」
「どうやら転移魔法陣の罠にかかってダンジョンのどこかに転移させられたようだな」
動揺するセレナに今の状況を冷静に伝える。だが、おかしい。あの場所にはトラップの類はなかったはず。でなければ、あんなにもブラッドオークが襲い掛かってくるわけがない。ダンジョンモンスターは本能的にダンジョンのトラップに近づかない習性があるからだ。俺自身も常にトラップには気を配っていた。ましてやあんな規模の魔法陣が発動するトラップを見過ごすわけがない。
「なにかしら条件のもと発動するトラップって事か? いや、それでも全く痕跡がないっていうのは……」
「レオンさん?」
無意識に考えてることが声に出ていた。俺の悪い癖だ。
照れ隠しに頭をかきながらこの場所をじっくりと観察する。床も壁も今までいたところと同じ材質の物を使っているからダンジョンの中である事は間違いなさそうだ。だが、魔物は一匹も見当たらない。
「見たところ出入口はないな」
「はい。窓も扉もありません」
「という事は、転移魔法陣でしか来れない場所って事か。そして、出るのも同じ方法だろうな、きっと」
何かをする事で転移魔法陣を起動させる。その何かは分からないが、この部屋に異質な物が一つだけあった。
「……あれはなんでしょうか?」
「さぁ? 分からんが、多分あれがこの場所から出る鍵だろうな」
そう言ってセレナが見ている方へ俺も視線を向ける。広い部屋の中心に置いてある巨大な赤黒い塊。一見大きな岩のようにも見えるが、その塊からは不穏な気配を感じた。
「あれが何なのか近づいて確かめてみる。セレナはここから動くなよ」
「気を付けてくださいね」
心配そうなセレナの声を聞きつつ、慎重に謎の赤黒い物体に近づいていく。はっきり言ってなにかしら起こってくれた方がありがたい。その起きた事に対処すれば転移魔法陣が発動する可能性が高いからだ。最悪なのは近づいても触れても何も起こらない事。その場合、俺達はこの部屋に閉じ込められることになる。そうなったら壁をぶち壊して帰り道を探すしかないか。そんな俺の心配はあっさりと杞憂に終わる。
ゴゴゴ……。
数メートルというところまで近づいたところで、赤黒い塊が動き出した。瞬時にセレナの元まで下がり、様子をうかがう。折りたたまれたものが元に戻るように赤い塊はゆっくりと形を成していった。その姿はまるで岩で作られた巨人だ。この魔物のオリジナルを知っている俺は思わず舌打ちをした。
「……ゴーレム」
こいつを倒さなければこの場所から出れないとすると、これは大分厄介な話になるぞ。
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