第31話 しばしの別れ
ダンジョンで一泊した翌日、俺達はヴィッツ達と共にダンジョンから帰還した。そこで二人とは別れる予定だったのだが、地面に頭をこすりつけながらヴィッツにお願いされたため、物資を補給し、更に一週間四人でダンジョンを探索した。ドロップアイテムはそれなりの数出てくれたが、お目当てのものはなかった。まぁ、必要ないから全て売り払ったら結構な金になったので悪くはないのだが、もう少しこのダンジョンのお世話にならなきゃいけなそうだ。
ヴィッツとエブリイは最初に出会った頃と比べ、随分と戦えるようになっていた。今ではブラッドオークくらいであれば難なく倒せるレベルだ。若いからなのか成長度合いも吸収度合いも半端ない。後は自分達の力を過信せず、コツコツと依頼をこなしていけば冒険者としてかなりいいところまで行けるだろう。つまり、俺はお役御免というわけだ。
「うわぁぁぁぁぁん!! 師匠ぉぉぉぉぉ!!」
だから、涙も鼻水も垂らしまくって俺に抱き着くのはやめてくれ。服がべちょべちょになる。いや、もう手遅れか。
「俺、俺……! 寂じいよぉぉぉぉぉ!!」
「わかった、わかったからもう泣くな」
どんだけ懐かれてんだ。そんなに優しくした覚えはないぞ。'血'のダンジョンが人気のないダンジョンでよかった。興味深そうにこっちを見てるのが店の連中と少数の冒険者だけだから。
「セレナさぁん……お別れしたくないよぉ……」
「泣かないでください、エブリイ。私も別れが惜しいです」
あっちもあっちで大変そうだった。この数日でかなり打ち解けたからな。エブリイは俺にもセレナにも敬語じゃなくなったし、セレナの方も気づいたら呼び方が「エブリイさん」から「エブリイ」になっていた。
「ヴィッツ、エブリイ。冒険者には別れがつきものなのぐらい理解してるだろ?」
「ひっく……それはそうだけど……!」
冒険者というのは様々だ。一つの町に留まって依頼をこなし続けるやつもいるし、場所を転々とする奴もいる。それこそ、昨日チームを組んだ相手が不慮の事故で命を落とす事だってあるんだ。
「それはわかってっけど……俺はもっと師匠達といてぇよぉ!! もっと弱っちい俺を鍛えてくれよぉ!!」
「まだまだ私達は半人前だし……教わりたい事がたくさんあるよぉ!!」
「お前達は十分強くなったよ。初心者にありがちな奢りや油断もなくなった。もう俺が教えられることはねぇよ」
あまりの泣きっぷりに苦笑しながら、二人の頭を優しくなでる。
「後はお前達の力だけで上にのぼっていけ。大丈夫、お前達ならやれるさ」
「師匠……!」
「レオンさん……!」
そんなウルウルした瞳で俺を見つめるのは勘弁してくれ。なんかこそばゆい。
「それに今生の別れってわけでもねぇだろ? お互い冒険者ならまたどっかでばったり会えるさ」
「そうですよ! このダンジョンで用事が済んだらエブリイ達の町に行くって約束したじゃないですか!」
「…………え?」
二人の頭をなでていた俺の手がピタッと止まる。ちょっと待て、なんだその話。聞いてないんだが?
「そ、そうだね……! 約束したもんね……!」
「師匠達が町に来てくれるなら先に帰って出迎える準備をしとかなきゃだな!」
二人が目をゴシゴシ拭ってニカッと太陽のような眩しさで笑った。いや、太陽のような眩しさで笑ったじゃない。泣き止んだのはいい。だが、とても恐ろしい話をしていないか?
「師匠! お世話になりました! 俺、先に町に戻ってます! 師匠達ととったダンジョンアイテムは使わないで、
うん。とてもいい心掛けだ。今のヴィッツとエブリイなら入団試験もパスできるかもしれない。だが、それよりも重要な事がある。
「レオンさん、セレナさん! 本当にありがとうございました! お二人がいなければ私もヴィッツもブラッドオークに殺されていました! このご恩は一生忘れません!」
そんなに重く捉える必要はないぞ。俺は聖女様の我儘に付き合っただけだからな。いやいや、だからそうじゃない。お前達の町って……。
「それではブラスカでお待ちしております!」
「なるべく早く来てくれよな!」
……やっぱりブラスカか。マジか。マジなのか。
姿が見えなくなるまでぶんぶんと手を振っていたヴィッツ達を見送ると、俺はがっくりと肩を落とした。
「どうしたんですか?」
「あぁ、いや……このダンジョンの次はブラスカに行くのか?」
「はい! エブリイと約束したので! ブラスカは『美の町』と呼ばれるくらい美しいところらしいじゃないですか! とっても楽しみです!」
「あー……確かに奇麗な町だな、あそこは」
「あれ? レオンさん、行った事あるんですか?」
「まぁ……な」
行った事あるというかなんというか……その話はいいだろう。
「……それならさっさとダンジョン探索を終わらせないとな」
「はい! 頑張りましょう!」
気合十分のセレナには悪いが、正直なところブラスカには行きたくない。とはいえ、セレナの行きたいところへ連れていく、と言っておきながらこれまでそれを叶えてはこなかった手前、俺も覚悟を決める必要がありそうだ。
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