第30話 セーフティエリアで一泊

 大分疲れもたまってきたという事で、今日はセーフティエリアで一泊する事にした。なぜかワクワクしているセレナと共に簡易テントを建てる。流石にテントは二つだ。セレナのテントに刺客が近づいてきたら隣のテントにいても気づくことができ、殆どロスなく駆けつける事が出来るので同じテントで寝る必要はない。まぁ、ダンジョンの中であればその心配もないだろうが。

 マジックバッグから水と野菜、パンを取り出す。野菜は生のままサラダにして、ダンジョンで倒した魔物の肉を適当に焼けばそれなりの夕飯になるだろう。ダンジョンの中にいるから今が夜なのかは分からないけど、寝る前の食事という事で夕飯としておく。


「レオンさん! ここにたき火を作ればいいですか?」

「あぁ。炎魔法は使えるか?」

「得意ではありませんが、薪に火をつけるくらいは問題ありません!」

「……楽しそうだな」


 ふんふん、と機嫌よさそうに鼻歌を歌いながら作業をするセレナを見て、軽く笑いながら言った。


「そ、そう見えますか? ……こうやって野外で泊まるのは初めての事なのでなんだかドキドキしちゃって」

「……そうか」


 少しだけ恥ずかしそうに顔を赤めるセレナを微笑ましく眺める。初めて冒険者の依頼をこなした時もこんな感じだったな。教会に缶詰めだった少女にとっては全てが新鮮な世界なんだろう。


「師匠ー! 水が無くなっちまった! ちょっと分けてくれ!」

「馬鹿、水は生命線だぞ。不測の事態を想定してどんな時でも必要だと思う二倍は用意しておけ」

「わりぃ……」

「すいません……」


 少し厳しい口調で言うと、二人ともしゅんとしながら項垂れた。これは命にかかる事なのでしっかりと言い聞かせておかなければならない。ヴィッツはいいとして、しっかり者のエブリイが水の採算を間違えるはずがない。恐らく、今日中にダンジョンを出る予定だったのが、ヴィッツが俺達に同行するといったせいで色々と予定が狂ったに違いない。だが、それで足りなくなるという事は必要分しか用意しなかったのだろう。それではダメだ。


「水も食べ物もたくさんありますから一緒に食べましょ!」

「まじでか!? 実は食い物も魔物の肉しかなかったんだよな! 助かるぜ姉ちゃん!」

「セレナ……甘やかすのはこいつらのためにならないぞ?」

「いいじゃないですか! 仲良く食事しましょうよ!」


 事前準備の大切さを教えようと思ったが、満面の笑みでそう言われると、もう何も言えなくなる。まぁ、エブリイが反省をしてその辺をきっちりしてくれるだろう。ヴィッツは彼女に感謝するべきだな。

 木の枝に適当なサイズで切った魔物の肉を刺してたき火の近くで焼いていく。しばらくして食欲のそそる匂いでセーフティエリアが満たされていった。


「師匠……そろそろ……」

「通常よりも魔素が濃いんだからダンジョンモンスターの肉は良く焼け」


 涎を垂らしながら伸ばしてきたヴィッツの手を払いのける。生焼けで食べて魔素過症にでもなったら洒落にならないぞ。十分に火を通してから、それぞれに焼けた肉を配給する。


「……っめー!! なんだこれ!? めちゃくちゃうめぇじゃねぇか!!」

「本当! 美味しい!!」


 ヴィッツとエブリイが肉のおいしさに目を見開いた。……うん、確かに美味いな。今食べているのはブラッドオークの肉だが、通常のオークよりもかなり柔らかくて食べやすい。セレナもほくほく顔で食べている。


「セレナさんって冒険者らしくないですよね」


 セーフティエリアで魔物も襲ってこないという事で、食事をしながらの雑談が始まった。


「私、冒険者らしくないですか?」

「あっ……べ、別に冒険者に相応しくないって意味じゃないですよ!? ただ、立ち振る舞いとかに気品があって、どこかの貴族のご令嬢みたいだったから……!」


 少し落ち込んだ様子のセレナに、エブリイが慌てて言う。貴族の令嬢ではないが、気品を感じるのは教会に長年いたからだな。それを言うつもりはないが。


「あー、確かにセレナの姉ちゃんはいいとこのお嬢様って感じだな。それに比べて師匠はThe・冒険者だよな」

「ん? そうか?」

「そうですよ! レオンさんは一目見て冒険者だってわかりました!」


 自分じゃよくわからないが、ヴィッツとエブリイの二人から言われるのならそうなんだろう。


「だから、セレナの姉ちゃんと師匠が一緒にいるのってすっげぇ違和感あんだよなぁ。二人はどういう関係なんだ?」


 肉を頬張りながらヴィッツが軽い調子で尋ねてくる。隣に座っているエブリイの動きがピタリと止まった。別に深い意味がないのは分かっているが、どういう関係かと聞かれてもすごい困る。仲間に裏切られた男と教会に裏切られた女が刺客に追われながら傷心旅行に出てる、なんて話せるわけもないしな。

 セレナに視線を向けると、苦笑するだけで何かを言うつもりはないようだ。俺に任せるって事か。はてさて……どんな作り話をするべきか。


「ちょ、ちょっとヴィッツ……! こんな二人が一緒にいるなんて理由は一つしかないじゃない……!」

「あぁ? 理由ってなんだよ?」

「それは……駆け落ちよ!!」

「ぶー---!!」


 どや顔で言ったエブリイの言葉に、セレナが水を盛大に噴き出した。


「か、駆け落ち!?」

「そうよ! セレナさんはどこかの町の貴族の娘さんで、冒険者のレオンさんと恋に落ちてしまったの! でも、そんな恋が許されるはずがない。何度もセレナさんのお父様に許可をもらおうとしても門前払いを食らうばかり! この恋は諦めるしかないのか……いえ諦める事なんて出来ない! この恋心は誰に求める事はできないわ! 素敵な未来を築くためにセレナさんは恋人と共に鳥籠から空へと羽ばたく事しかなかったのよ!!」


 エブリイの目が若干狂気じみていて怖い。というか、似たような話をどこかの乗り合い馬車で聞いた……いや、した気もする。


「ちょ、ちょっとエブリイさん!? わ、私とレオンさんが恋人なんて……!!」


 セレナが顔を真っ赤にしながら慌てて否定する。そんな必死に否定しなくても、こんな話妄想癖に苛まれてる奴しか真に受けないだろ。


「そういう事かー。まぁ、そうだよなー。なんだかんだいって師匠とセレナの姉ちゃんってお似合いだし」

「そうよ! というか、二人で行動してる冒険者なんて恋人以外ありえないわ!」


 めちゃくちゃ断言したな。いいのか? 攻撃にしろ言葉にしろ、自分に返ってくることを想定して放つものだぞ?


「つまり、エブリイの持論が正しいとするなら、お前ら二人も恋人同士って事だよな?」

「え?」

「え?」


 俺の言葉に二人の目が点になった。


「な、ななな、何言ってんですか!? そ、そそそ、そんなわけないじゃないですか!!」

「そうだぞ師匠。俺がエブリイと恋人同士なわけねぇだろ」


 慌てふためくエブリイに至極冷静なヴィッツ。なんというかこの温度差は知らなかった方がよかったかもしれない。


「つーか、こんな口うるさい女を好きになる奴なんていねぇって! ……セ、セレナの姉ちゃんくらい奇麗だったら惚れちまうかもしれねぇけど」


 ちらちらとセレナを横目で見てるとこ悪いが、ものすごい形相でエブリイに睨まれてるぞお前。『女心』は男冒険者の死因の上位に入るからな。ダンジョンから出たら背中には気を付けた方がいい。


「そういう事だ。俺とセレナはそういう関係じゃない。まぁ、しいて言うなら先輩冒険者として初心者冒険者に色々教えてるだけの間柄だな。それ以上でもそれ以下でもないし、これからもそれは変わらねぇ」

「あ、そ、そうなんですね」

「なーんだ、そうなのか」

「大体、セレナと俺じゃ釣り合いがとれねぇだろ? 住んでる世界が違うっていうか……なぁ、セレナ?」

「……そうですね」


 俺が軽く笑いながら同意を求めると、なぜかセレナが能面のような顔で答えた。あれ? 間違えた俺?

 その後もなぜかセレナは俺に対してだけ塩対応だった。……どうやら偉そうに言っておきながらヴィッツと同じく、俺も女心がさっぱり理解できていなかったらしい。

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