第28話 現実を教える
「なんだよ、おっさん?」
「おっさ……!?」
ここ最近で一番ダメージを受けた。俺はまだ二十歳だぞ? 五歳児にそう呼ばれる事すら若干抵抗があるのに、そこまで歳の差があるわけでもない年下からおっさん呼ばわりされるのは心に来るものがある。
咳ばらいを一つ挟んで、気持ちを切り替える。
「俺達がいなかったらブラッドオークに殺されてたんだぞ? まだ、お前らにこのダンジョンは早すぎる」
「…………」
俺の言葉にエブリイは何度も大きく頷いているが、ヴィッツはじっとこちらを見ているだけだ。
「……おっさんも冒険者か?」
「あぁ、俺もお前達と同じ冒険者だよ。つーか、おっさんじゃねぇ、レオンだ」
「それならわかんだろ? 冒険者には引けない時があるって事が」
……まぁ、一言言ったところでいう事を聞くような奴なら、死にかけたダンジョンからそそくさと撤退するだろうな。だが、はいそうですか、と簡単に引いたらセレナに睨まれそうなので、もう少し食い下がるほかない。
「冒険者に引けない時があるのは分かるが、仲間の命が危機に瀕しているわけでもなく、こんなよくわからねぇダンジョンで無茶するのがその時なのかって聞かれたら甚だ疑問だな」
「俺らの事情を知らない奴が偉そうな事言うんじゃねぇよ! 俺もエブリイも魔物に親を殺されてんだ! だから、
叫び声にも似た声でヴィッツが言うと、エブリイが下唇を噛みしめる。やはり訳ありだったか。そうなってくると、あれこれ口出す方が無粋というものだ。
とはいえ、このまま放って置けば高確率で二人ともダンジョンの養分となるだろう。それはなるべく避けたいところだ。なぜなら
「……あー、もうめんどくせぇな」
かつての俺と似たような無鉄砲さと、意外と真面目な性格に不器用ながら仲間を思う優しさを持つこの男が嫌いじゃないからだ。
「冒険者ってのは頑固な奴が多くていけねぇよな。……まぁ、俺も含めてだが」
ガシガシと頭をかきながら愚痴るように言った。
「来いよ。俺を倒せたらもう何もうるせぇことは言わねぇ」
「なに……?」
「冒険者ならシンプルにいこうぜ。勝ったら自分の好きにしていい、負けたらこっちの言う事を大人しく聞く」
口を開こうとしたエブリイをセレナが止める。ありがたい。こういう相手にはこのやり方が一番効果的なんだ。
「ビビる事はねぇ。こっちは武器も魔法も使わねぇから、死ぬことはねぇよ」
不敵な笑みを浮かべながら言った俺の言葉に、ヴィッツの眉がピクリと反応した。扱いやすくて助かる。
「……年下だからって舐めんじゃねぇぞ? こっちはDランクだぞ?」
「別に舐めちゃいねぇさ。ランク込みで言ってんだよ。お前程度なら武器も魔法も必要ねぇんだ」
ヴィッツの体から怒気が迸った。だが、怒りの面持ちでこちらを睨みつけてくるだけで、動く素振りはない。ここまで煽られておきながら問答無用で襲い掛かって来ないところを見るに、やはりヴィッツには見所がある。
「……あんたらには命を救われた恩義がある。怪我させたくない」
「ガキの癖に妙な気づかいしてんじゃねぇよ。いいからさっさとかかってこい」
そいう言いながら挑発するようにくいくいっと人差し指を動かした。それが我慢の限界だったのか、横に置いておいた自分の剣を掴み、凄まじい形相でこちらに向かってくる。
「後悔しても知らねぇぞぉぉぉぉ!!」
怒声と共に振り下ろされる剣を、俺は冷静に回避した。あっさりと躱されたことに驚きながらも、すぐさまヴィッツは連撃を繰り出す。太刀筋は悪くないが、指導者なしでここまでやって来たのだろう。それでも、それなりに様になっているのはジョブのおかげか。ちゃんとした師がいればもっと伸びそうだ。そう考えると、大型クランに所属しようとしているのは理に適っている気がした。
「くそっ! なんで当たらないんだ!?」
ヴィッツが焦りの表情を浮かべながら剣を振り続ける。最初斬りかかって来た時よりも剣速が明らかに早い。怒りに任せて攻撃してきたと思ったが、一応手加減する余裕はあったんだな。敵ではない相手を傷つけたくない、という心は評価できるが、本気を出さなきゃいけない相手かどうかの見極めは落第点だな。そういう見極めは、生き残るための冒険者の重要なスキルといえる。
「ガキの割には戦えるみたいだが、無駄な動きが多すぎる」
「なっ……!?」
剣を持つ手首を掴み、足をかけ宙に浮いた体を地面に叩きつけ、そのまま組み伏せる。これで身動きは取れないはずだ。
「……わかったか? 丸腰の男にやられるほど、お前は未熟なんだよ。ダンジョンなんて百年はやい」
極力冷たい口調で言い放った。これで大人しくいう事を聞いてくれればいいが。
「……す」
「す?」
「すげぇぇぇぇぇ! おっさん、めちゃくちゃ強いじゃねぇか!!」
右手で押し付けた頭から歓喜の声が聞こえた。なぜだ。
とりあえず、もう暴れそうにないので組み伏せていた体を解放する。勢いよく起き上がったヴィッツが目をキラキラさせながら俺に詰め寄ってきた。
「本気でやったのに全っ然相手になんなかった!! おっさんやべぇよ!! どっかのクランに所属してんのか!?」
「い、いや。クランには所属してねぇよ」
「って事は、一人でその強さまで上り詰めたのかよ!! かっこよすぎだろおっさん!! いや、師匠って呼ばせてくれ!!」
やばい。どうやら変なスイッチを入れてしまったようだ。
「と、とにかく俺の勝ちだ。約束通り俺の言う事を聞いてダンジョンから撤退しろ」
「悔しいけど、こんな
おっ、随分と聞き分けがいいじゃないか。よかった。なんか面倒くさい事になりそうな雰囲気が漂っていたが、気のせいだったようだ。やはりこういう手合いには力の差を教えてやるのが手っ取り早くて……。
「師匠の言う通り大人しく帰るからさ! その前に少しの間だけ一緒に行動してダンジョンの立ち回りを教えてくれよ!」
……どうしてそうなるんだ。
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