第27話 二人の冒険者
「ん……」
セレナが魔法をかけ始めてから十分ほど経ったところで、冒険者の少年が目を覚ました。
「ヴィッツ!!」
冒険者の少女が感極まった様子で少年に抱き着く。
「……あ? エ、エブリイか……」
「よかった……本当によかった……!!」
エブリイと呼ばれた少女が目に涙を浮かべながら笑った。セレナがホッとした表情で額の汗をぬぐう。
「あの……遅くなりましたが、助けていただいてありがとうございます」
少し落ちついたのか、エブリイが少年に抱き着いたまま俺とセレナに頭を下げてきた。
「助けていただいて……? おいエブリイ、こいつらは誰なんだ?」
「こいつらなんて言わないの! この人達は私達を助けてくれたのよ!? お二人は……!」
そこでエブリイの言葉が止まる。ここにきて自己紹介すらしていない事に気が付いたようだ。そのまま固まってしまったエブリイを見てセレナが小さく笑った。
「私はセレナ。あなた達と同じで'血'のダンジョンに挑戦している冒険者です」
「レオンだ」
これ以上ないくらい簡潔に自己紹介をする。随分と不愛想に思えるが、少年がセレナに見惚れている以上、何を言っても俺の話なんて聞いてないからこれくらいで十分だろう。
「私はDランク冒険者のエブリイ・プライス、こっちは同じパーティのヴィッツ・レイナーです」
Dランクか。俺やセレナよりも若く見えるのに、中々優秀な人材だ。とは言っても、二人でダンジョンに挑むには些かランクが足りていないようにも思える。
「俺達は
「クラン?」
「パーティよりも大きな冒険者の集団だ」
多くても四、五人単位で組まれるパーティとは違ってクランはそんなパーティがいくつも集まり、数十人、場合によっては百人を超える冒険者が同じクランに所属していたりする。経験者から冒険者としての心得を教わる事が出来るから、初心者であればクランに入るのは悪くない選択だ。というか、ちょっと待ってくれ。
「ヴィッツ! 適当な事言わないで! まだ私達は
「ふんっ! このダンジョンでレアアイテムをゲットすれば加入できるんだから、別にいいだろ!」
「よくないよ! クランに所属してないのにあたかも所属してる風に振る舞うのは罪になるんだから! 特に
「お前は本当に口うるさいな!」
「え、えっと……?」
言い合う二人に戸惑うセレナ。やはり聞き間違いではないらしい。だとすれば、あまり関わり合いになりたくないところなんだが。
「ご、ごめんなさい。
「そんな事ねぇよ。狼も猪も難なく倒せたじゃねぇか」
「難なくじゃなくて苦労して、でしょ! オークの強化個体には手も足も出なかったじゃない!」
「あ、あれはちょっと油断しちまっただけだよ! 次戦ったら勝てるっつーの!」
「どこからその自信が来るのよ!!」
ヴィッツとエブリイが顔を突き合わせて睨み合う。なるほどなるほど。ヴィッツは怖いもの知らずでガンガン突き進むタイプで、エブリイがしっかりと現実を見る事が出来てそれを諫めるタイプか。どちらも冒険者には必要な要素だ。大胆さがなければ魔物を倒す事はできないし、慎重さがなければすぐに命を落としてしまう。二人パーティとはいえ、結構いいコンビじゃないか。
「私よりも若そうなのにDランクなんてすごいですね! 私はまだFランクですよ!」
「Fランク!?」
「Fランク!?」
雰囲気の悪さを払拭しようとセレナが言うと、二人が声を合わせて驚く。だが、その驚いた理由は全く違うように思えた。
「なんであんなに強いのにそんな低ランクなんですか!? おかしいですよ!!」
「そんな低ランクの奴がこのダンジョンに挑んでんじゃねぇよ! 今すぐ帰れ!!」
同時に言葉を発すると、互いに相手の発言が信じられなかったのか顔を見合わせる。やっぱり違ったか。エブリイはセレナの実力を目の当たりにしているからこそセレナの言葉を信じられず、ヴィッツの方は冒険者になりたての奴がこんなところにいるのが信じられないようだ。どちらも納得できる。
それにしてもヴィッツの今の言葉に蔑みの色はなく、本気でセレナの心配をしているようだった。年相応に向こう見ずなところはありそうだが、悪い奴ではなさそうだ。
「あ、ヴィッツは気を失っていたから知らないのよね。さっきこのお二方が私達を助けてくれたって言ったけど、それはあのブラッドオークを倒して助けてくれたのよ」
「はぁ!?」
「私もテンパってたからよく見てはないんだけど、光の塊があのオークの頭を吹き飛ばしたから……」
「あぁ、あの魔物を倒したのはセレナだ」
必要はないと思うが一応事実を伝えておく。それを聞いたヴィッツが大きく目を見開いた。
「まじかよ……あんたみたいな奇麗な姉ちゃんが……? た、確かに、聖魔法なんて珍しい魔法を使ってるし、こんな短期間で俺の傷が殆ど治るくらい精度が高い……」
「本当驚きですよ! 教会に頼んでもあのレベルの大怪我じゃ、半日以上かかりますからね! セレナさんのジョブは余程素晴らしいものなんですね!」
「おい!」
ヴィッツが怖い顔で声を荒げる。
「ジョブの詮索はクズのやる事だぞ! 気をつけろ!」
「ご、ごめんなさい! そんなつもりはなかったんですけど……!」
ヴィッツに言われ、エブリイが慌てて謝った。冒険者にとって、いや冒険者だけじゃなく、自分のジョブを知られるという事は強みも弱みも全て知られてしまうという事だ。自ら明かす者もいるが、知られたくない者も少なくない。俺のような
「全然気にしてないから大丈夫ですよ」
「本当にごめんなさい……」
エブリイがしゅんっと肩を落とす。本気で落ち込んでいるようだ。この若さの冒険者は何かしら事情がある事が多いから、すれた性格になりやすいのだが、どうやらこの二人はそうではないらしい。同じ冒険者としてそのまま悪に染まることなく成長する事を願うばかりだ。
「……とりあえず、礼は言わせてもらう。助けてくれてありがとな」
「いえいえ。困った時はお互い様です」
セレナがにっこりと微笑むと、ヴィッツが顔を赤くして視線を逸らせる。セレナには男キラーの素養がありそうだ。まぁ、本人は性格的にそれを利用しようとは思わないだろうけどな。
「おい、エブリイ。もう十分休んだろ。さっさと行くぞ」
「え?」
ヴィッツの言葉が理解できなかったエブリイが間の抜けた声を出した。
「何アホ面浮かべてんだよ。このダンジョン来た目的を忘れたか?」
「え? え? で、でも……ブラッドオークにやられたばっかりで……!」
「この姉ちゃんのおかげでもう全快だ」
有無を言わさぬ口調でヴィッツが言う。出血した血もオークに負わされた怪我も、セレナの魔法によって回復した。大型クランに入るため実績が欲しい、という目的がある以上、病み上がりでもすぐに魔物を倒しに行こうとするのは冒険者としておかしな点はない。俺としては労いの言葉と共に送り出してやりたいところではあるが、ヴィッツが心配だが言葉が見つからずまごまごしているエブリイと、そんな彼女を見つつ、助けを求める様にちらちらと俺に視線を送ってくるセレナの手前、そういうわけにもいかないらしい。
「あー……ちょっといいか?」
気が進まないまま俺はヴィッツに声をかけた。
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