第26話 冒険者救助
聞こえた悲鳴の大きさからそれほど遠くにはいないだろう。そう思いながら走っていたら通路の先で誰かが戦っている姿が見えた。どうやら戦っている魔物はブラッドオークのようだ。
二足歩行の巨大な豚のような魔物であるオークは鈍重な動きながらも、タフな肉体にその怪力に任せた強力な攻撃は目を見張るものがある。ギルドが設定したランクはD。中級冒険者でも油断ならない相手だ。それがダンジョンで強化されているとなれば相当厄介といえる。そんな魔物と二人の冒険者が対峙していた。
状況は……大分劣勢だな。二人のうち一人が戦士タイプの近接型で、もう一人が魔法使いタイプの遠距離型。俺達と編成は一緒だが、壁となるべき戦士タイプの方がブラッドオークの猛攻に今にも沈みそうだった。間に合うかどうかわからないがとりあえず全速力を、と足に力を込めようとしたが、ちらりとセレナに目をやった俺はその足を止める。俺とほとんど同じタイミングで状況を把握したセレナは既に集中力を高め、力強く弓を引いていた。
「……"
力をためていた右手を解放すると、セレナの弓からレーザーのような勢いで矢が放たれる。それは倒れた冒険者にとどめを刺そうとしていたブラッドオークの頭をこの世界から消失させた。
「……いい判断だ。俺だったら間に合わなかったかもしれない」
「何とか助けないと、って思ったら無我夢中で打ってました」
「威力も十分だったな。つーか、高すぎてちょっとびびったくらいだぞ」
ブラッドオークの硬さは分からないが、それでも原種のオークより硬いのは間違いないはずだ。その頭を軽々消し飛ばすとか成長しすぎだろ。末恐ろしいというか、もう既に恐ろしい。
「何を言っているんですか。アオイワでレオンさんが見せた魔法の方が凄い破壊力でしたよ」
「あ、あぁ。まぁ、あれは結構無理したし」
「それに咄嗟だったからそれほど魔力を練り込めませんでした。次はもう少し質を上げます」
あれで失敗した方だったのか。俺の中で恐怖心がもう少しだけ上がった。
「それよりあの二人が心配です!」
そう言うとセレナは二人の冒険者へと走り出した。俺もその後についていく。
「大丈夫ですか!?」
「……へ?」
自分達に襲い掛かってきた強敵の頭が突然消えた事に理解が追い付いていないらしい後衛の少女が、セレナの声に反応してゆっくりと振り返った。疲労はしているもののその冒険者に外傷がない事を瞬時に見極めたセレナは、もう一人の地面に倒れ伏している冒険者の方へ近づく。それを見て我に返ったのか、少女も慌ててそちらへ駆け寄った。
「ヴィッツ! しっかりしてヴィッツ!!」
「あまり揺らさないでください! 血を流しすぎています!」
「あ……ご、ごめんなさい……」
セレナが強い口調で言うと少女が委縮する。セレナの態度を見る限り、かなりやばい状態のようだ。
「治療はできそうか?」
「腰を据えてゆっくりと回復魔法を使えば恐らく……ですが、いつ魔物が襲ってくるか分からないダンジョンでは……」
「そ、それならすぐ先にセーフティエリアがあります! 私達はそこを拠点としてダンジョンモンスターを討伐していましたから!」
「セーフティエリア?」
「魔素が濃いダンジョンにおいて時々生まれる魔素が殆どないエリアだな。ダンジョンの外に出られないダンジョンモンスターは、地上と同じ環境であるセーフティエリアには入ってこれない。つまり、ダンジョンで数少ない安全地帯ってわけだ」
セレナに早口で説明しながら、倒れ伏している冒険者の少年を担ぎ上げる。
「とにかくセーフティエリアに移動するぞ。俺についてこい」
「わかりました」
「は、はい!」
少年が使っていた剣を右手に持ち、さっさとセーフティエリアを目指す。悪いな、この剣借りるぞ。
「す、すごい……!」
流れ作業でブラッドゴブリンをなぎ倒しながら突き進んでいたら、少女がごくりと息をのみこんだ。
「レオンさんはすごく強いんですよ! ゴブリンなんてへっちゃらです!」
「いや、あなたも……」
笑顔でそう言いながら光の矢で次々とブラッドゴブリンの頭部を射抜いているセレナを見て、少女の顔が盛大に引き攣る。うーん、少しばかり冒険者色に染めすぎたかもしれない。アリアもそうだったが、あの教会出身者はなぜか冒険者適性が高くて困る。
絶え間なく襲いかかってくるブラッドゴブリンに辟易し始めたところで、ようやく開けた空間に出た。ブラッドゴブリン達が入ってこないところを見るに、ここがセーフティエリアで間違いないだろう。
「セレナ」
「はい」
なるべく丁寧に冒険者の少年を地面に置くと、早速セレナが魔法で治療を開始する。
「"
もはや俺御用達の魔法をセレナが冒険者の少年に唱えた。その瞬間、少年の出血が激しくなる。
「ちょ、ちょっと!?」
「慌てるな。まずは失った血を元に戻してるだけだ」
「はい。本当は傷を塞ぐ方が先決なのですが、このままだと出血多量で死んでしまうので」
「そ、そうなんですか……?」
「傷の治癒はこれからです。瞬時に治す事が出来る魔法はないので時間はかかりますが。……"
セレナが魔法を唱えると、少年の体が強い光に包まれた。少女が不安そうな顔でそれを見つめる。
「そう不安がる必要はねぇよ。回復魔法において俺の相方の右に出る奴は殆どいないからな」
「はい……」
そうは言っても仲間の命の危機だ、安心するのは難しいだろう。気休めにもならないのはわかっているが、嘘は言っていない。あのアルテム教の総本山で最も人を癒していた聖女様なんだ、むしろセレナで治す事が出来なければ、誰にも治す事はできないと言っても過言じゃないはずだ。まぁ、大船に乗ったつもりで待てばいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます