第25話 セカンドアタック

 翌日、簡易宿泊所で目を覚ました俺は一人で出店に足を延ばす。セレナを起こすか迷ったが、幸せそう顔でぐっすりと眠っていたのでそのまま置いてくることにした。怪しげな気配もなかったし、まぁ大丈夫だろう。

 今日は本格的にダンジョンに潜るつもりだ。そのための物資をしっかりと集めなければならない。とはいえ、アオイワでセレナが稼いだ金も大分目減りしてきたので、まずは昨日唯一のドロップアイテムであるこのナイフを売りに行く。


「いらっしゃい」

「アイテムの買取はやってるか?」

「承っておりやす、はい」


 もみ手をしながらうさん臭い笑みを浮かべる商人の男に、俺はナイフと自分のギルドカードをカウンターに投げて寄越した。それを見て眉をピクリと動かした商人の男は、俺のギルドカードを手に取り確認する。

 商人にぼったくられる事など日常茶飯事だ。彼らは金に貪欲である。より安く仕入れ、出来るだけ高く売るのが生業なのだから当然と言えば当然だ。だが、そんな命よりも金が大事な商人達が金よりも重要視しているものがある。それは評判だ。より安く仕入れるにも、出来るだけ高く売るにも、相手がいないと始まらない。そして、人は信頼のない商人には寄り付かないものだ。多少儲けが少なくなろうと評判を落とすような真似はしたくないのが商人の心情。特に買い手でも売り手でも多い冒険者からの評判は生命線だと言っても過言ではない。だからこそ、相手が高ランクの冒険者であればあるほど適正価格で取引するようになる。そのためにギルドカードも一緒に出した。


「……食い物にはできないお客さんってわけですか」


 そう呟くと、商人の男はギルドカードを俺に返してきた。冒険者ギルド間じゃ、勇者パーティに寄生していた屑野郎、という情報が共有されているかもしれないが、そんな事はギルドカードには記されていない。パーティ欄が空白になっていたとしても、商人には何の関係もないはずだ。クエスト受注が禁止されただけでよかった。冒険者の称号を剥奪されていたら目も当てられない。

 商人の男がじっくりとナイフを観察する。仄かに魔力を感じるのは鑑定魔法を使っているからだろう。便利な魔法だから俺も習得したかったのだが、どうにも相性が悪かった。というか、紅魔法以外まともに使う事が出来ない。'暗殺者アサシン'の呪いでもあるのか?


「うーん……ダンジョンのドロップアイテムではあるけど、お客さんのランクにしては随分としょぼい品ですな」

「どんな効果があるんだ?」

「'出血'ですね。このナイフで切れば傷の直りが遅くなりやす。と言っても、品質は低いですからそれほど高い効果は期待できやせんね」

「まぁ、ダンジョンの序盤でドロップしたやつだからな。買値は?」

「ナイフとしてはいい切れ味をしてるんで、六十ゴルドってところですかね」


 一日ダンジョンに潜ってその値段というのは切ないが、妥当な金額だと思える。


「分かった。なら水を二樽買うから、差額をくれ」

「一樽十二ゴルドなんで二樽で二十四ゴルドなんですが、おまけして二十ゴルドにしておきますよ」

「いいのか?」

「お客さん、今日もダンジョンに行かれるんでしょ? またドロップアイテムを拾ったら、当然サービスのいいうちの店に卸してくれますよね?」

「……水が安く買える店を贔屓にしちまうのは不可抗力だな」


 商人魂に苦笑しながら、俺はお釣りの銀貨四枚と水の入った樽を受け取る。よし、最重要の水はこれでオッケーだ。あのダンジョン構造的に水を補給できるところはなさそうだからな。昨日の感じだと魔物の肉は食べられそうだったから、食料の方はパンと野菜を用意すれば事足りる。後はたき火用の薪を買えば準備は完了だ。

 必要な物を買い揃え宿に戻ると、セレナはまだ寝ていたので、椅子に腰かけ起きるのを待つことにする。なんともまぁ随分と気を許したものだ。神経が太いのか世間知らずなのか……いずれにせよ、セレナは俺の事を信用してくれているようだ。そう思うと少しだけ心が痛む。

 別に彼女を騙しているからではない。ただ、俺自身まだ他人を心の底から信じる事が出来ないからだ。セレナの事を信じようとはしている。だが、一歩踏み出せない自分がいるのも事実。どうやら自分が思っていたよりレオン・ロックハートという男は臆病で弱い人間だったみたいだ。


「むにゃ……」


 そんな事を考えていたらセレナが目を覚ました。


「起きたか」

「ふえ……? あー……レオンさん……おはようございます」

「涎たれてるぞ」

「えぇ……?」


 半分寝た状態でセレナが口元をゴシゴシ拭う。この寝癖だらけでぼけっとしている聖女様を王都の連中に見せてやりたい。


「顔洗って歯を磨いて、朝飯食ったら早速ダンジョンへ行くぞ。今日からが本番だ」

「ふぁい……」


 俺の言葉を理解しているのかしていないのか返事をすると、再び布団にもぐったセレナを見て俺は深々とため息を吐いた。

 それからたっぷり一時間ほど二度寝を決め込み、申し訳なさそうに体を小さくするセレナを連れてダンジョンへと突入した。


「魔物の数三。向かってくるブラッドボアは俺がやるから後ろを頼む」

「はい!」


 セレナの声を背中で受けながら一気の距離を詰め、深紅の剣で突進してくるブラッドボアを斬り伏せる。それと同時に背後から飛んできた二本の光の矢がブラッドスライムの体を貫き、その体を消滅させた。昨日の今日で完璧に聖魔法による矢の生成をマスターしている。驚くべき成長度合いだ。'勇者'と同等とされる'聖女'のジョブはやはり人知を超えている。


「もう矢がなくなる心配はしなくてよさそうだな。精度も威力も申し分ない」

「本当ですか!? レオンさんにそう言ってもらえると自信が持てます!」


 早足で近づいてきたセレナが嬉しそうに微笑んだ。まだダンジョンに入って一時間くらいしか経っていないというのに、もう既に昨日よりも進んでいる。攻略するつもりはないからそんなに奥まで行く必要はないのだが、魔素の濃い奥の方がアイテムのドロップ率が上がるため、できればもう少し奥まで行きたい。


「セレナ。もう少し奥まで行きたいんだけど、大丈夫そうか? 今より魔物は手ごわくなると思うが」

「多分大丈夫です! レオンさんがしっかりと前衛をこなしてくれるおかげで、まだまだ余裕ありますから!」

「そうか。なら進むとするか。きつかったら言ってくれ」

「わかりました!」


 無理をしている様子はなさそうなので、このまま先へと進む。このダンジョンはあまり入り組んでいないようだ。ここまで分かれ道は殆どなかった。その分、嫌らしい罠は万歳だったが。


「……おっと、団体様のお出ましだ。何体か打ち漏らすと思うがいけるか?」

「任せてください!」

「ははっ、心づえぇな」


 紅魔法で双剣を作り出し、迫ってくる魔物に身構える。現れたのはゴブリンの群れだった。普段であれば取るに足らない魔物ではあるが、'血'のダンジョン特有の超回復力を持っているなら話は違ってくる。数が多くても簡単に仕留められるからこそゴブリンはEランクの魔物とされているわけで、圧倒的な回復力を持ち、数を減らすのが困難になればゴブリンでも脅威になりうる。つまり、ブラッドゴブリンは油断ならない相手という事だ。


「数は五十五か……出来る限り刈り取る!」


 通常の緑色とは違い、赤茶色く変色したブラッドゴブリンの集団に真正面から突っ込んでいく。中途半端な傷ではダメだ。確実に首と頭を分断させる。強化個体とはいえ、ゴブリンはゴブリンだ。単体性能はそう高くはなかった。だが、一匹残らずというわけにはいかない。最初から俺の事など眼中になかった数体のブラッドゴブリンがセレナの方に走り寄っていった。万が一のことを考え、すぐにでもセレナの下へ向かえるよう注意を向ける。


「ゲギャギャギャ!」


 ガギンッ!!


 至近距離まで迫ったブラッドゴブリンが持っていた棍棒をセレナに振り下ろすと、目に見えない壁に阻まれた。怯んだゴブリンの頭をセレナの光の矢が正確に捉える。よしよし。光の矢の魔法は完璧に習得できたという事で、次のステップとしてセレナには複数の魔法を同時に唱える並列魔法を試すよう指示を出したが、こちらも順調のようだ。光の矢と光の障壁、どちらの魔法も問題なく機能している。これなら心配なさそうだ。

 後顧の憂いがなくなった俺はブラッドゴブリンを殲滅する事だけに意識を集中させた。セレナの援護射撃もあって五分足らずでこの場を制圧する。


「ふぅ……なんとか倒せましたね」


 セレナが小さく息を吐いた。無傷とはいえ多くの魔物と対峙するのは精神的ストレスがかなりかかるだろう。


「ドロップアイテムの確認をしたら少し休憩するか」

「私なら大丈夫ですよ! まだまだやれます!」

「張り切るのは結構だが、無理は禁物だな。休める時には休んでいざという時に最大のパフォーマンスを発揮できるようにしておくのも、冒険者としては大切な事だ」

「……そうですね。分かりました」


 素直にいう事を聞いてくれるのは彼女の美徳だ。新人冒険者の中には自分の力を過信してベテラン冒険者の言葉を蔑ろにする輩も少なくない。そういう奴らは大抵悲惨な末路をたどる事になる。


「これだけの数になるとドロップアイテムがあるか確認するのも一苦労ですね。なにか分かりやすい目印でもあれば――」


 ――きゃああああああああ。


 セレナの動きがピタリと止まった。今の悲鳴は少し先から聞こえたようだ。だが、別に珍しい事ではない。なぜなら、このダンジョンに挑戦している冒険者は俺達だけではないからだ。そして、冒険者というのは自分の身に何が起きても自己責任というのが基本スタイル。だから、今の悲鳴も別に無視したところで非難されることはない。普通の冒険者であれば君子危うきに近寄らずの精神を貫くだろう。


 ……ただまぁ、刺客に狙われる'聖女'に勇者パーティをクビになった'暗殺者'は、およそ普通とは言えないだろう。


「セレナの好きにすればいい。俺はそれに従うまでだ」

「……!! はい!!」


 何かを訴えかけるような顔でこちらを見たセレナに穏やかな口調でそう言うと、彼女は表情を明るくして悲鳴の聞こえた方へ走り出した。

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