第23話 ダンジョン初挑戦

 最低限の物資を整え、ダンジョンの入り口までやって来た。途中何人かの冒険者がセレナに声をかけてきたが、俺が睨みをきかせるとすごすごと退散していった。食って掛かってくるような面倒な輩がいなくて助かる。やはりセレナの容姿は問題だな。追手から逃げている手前、あまり目立ちたくはないんだが、そういうわけにはいかなそうだ。


「ここが'血'のダンジョンの入り口なんですね……!!」


 セレナが強張った表情で言った。このダンジョンの入り口は階段を降りていくスタイルのようだ。場所によっては水の中に入って行ったり、谷へ落ちていったりするものもあったから、ダンジョンの入り口としてはまともな部類に入る。


「そう気張る事ねぇよ。今日は様子見だって言っただろ?」

「は、はい! でも……やっぱり初めての事なので緊張します……!」

「大丈夫。何があっても俺がセレナを護るから」

「あっ……」


 一瞬嬉しそうな顔をしたセレナだったが、すぐに何とも言えない表情になった。


「なんだ? 何か言いたい事でもあるのか?」

「いや、あの……」

「遠慮するなって。それにダンジョンに入ったら会話をする余裕もないかもしれないから、今のうちに言っておいた方がいいぞ」

「はい……」


 少しだけ逡巡した様子のセレナだったが、意を決したように口を開いた。


「あの! 今回のダンジョン、なるべく私にも戦闘に参加させてください!」

「へ?」


 予想外の言葉に、思わず変な声が出た。


「烏滸がましいのは百も承知です! 私の実力じゃレオンさんの邪魔にしかならない事も分かってます! でも、私もレオンさんと一緒に戦いたいんです! 護衛対象ではなく、一緒に旅をする仲間として!」


 仲間。その言葉が俺の心臓をぎゅっと握りしめる。それは俺が最も信頼していたものであり、最も信じる事が出来なくなったものだった。

 何も言う事の出来ない俺の目をセレナがまっすぐに見つめてくる。彼女には詳しい話をしていない。だが、アオイワで俺が勇者パーティを外された事を知った時、思うところがあったのだろう。


「あー……」


 沈黙に耐えきれなくなったセレナが目を左右に泳がせた。


「偉そうなことを言いましたが、あの大鎌を持った怖い人みたいな人が襲ってきたら、レオンさんに護っていただかないと確実に私死にます。だから、そういう時は護ってください。お願いします」


 素直過ぎる本音に、思わず口角が上がる。俺は何も答えずにセレナから視線を外すと、ダンジョンの入り口に向き直った。


「レオンさん……?」

「……このダンジョンでセレナが俺に魔法をかけつつ、戦う事ができるかどうかを試すつもりだ。それに俺の戦い方も知ってもらって、簡単な連携も練習していきたいと思ってる……今後一緒に戦う仲間として、な」

「っ!?」


 当分は仲間なんて作れないと思っていたが、セレナなら信じられるかもしれない。お互い、裏切られる辛さを知っているから。


「他にも試したい事は色々あるから結構大変なダンジョン探索になるかもだぞ? 覚悟しとけよ」

「は、はい!」


 元気のいい声に背中を押されながら、俺はダンジョンの中へと入っていった。


 しばらく階段を降りていくと、道幅の広い平坦な通路に出た。洞窟というよりもしっかりと舗装されたトンネルようだ。床も天井も壁も四角いレンガで作られている。


「……地下なのに随分と明るいですね」

「魔素の影響だな。高濃度の魔素は青白い光を発する」


 周囲の警戒をしながら後ろからおっかなびっくりついて来ているセレナに答えた。言ってしまえば無数の蛍がいるような状況だ。これのおかげで松明がなくてもダンジョンを歩いていく事が出来る。


「慎重に進んでいくぞ。ダンジョンには罠もあるからな」

「どうして罠があるんですか?」

「……それは知らねぇ。ダンジョンを作る精霊様に直接聞いてみてくれ」

「分かりました」


 それを言うならなんで魔物がアイテムをドロップするのかも不思議だろ。まぁ、神の使いの考える事は常人には理解できないって話だ。悩んだところで答えなんて出やしない。

 俺も'血'のダンジョンは初挑戦なので必要以上に慎重に進んでいく。'暗殺者アサシン'のジョブは人の気配だけでなく、罠の気配にも敏感だ。勇者パーティでは斥候みたいな役回りも行っていたので、かなり油断しでもしない限り罠になどかかりはしないが、万が一という事もある。


「……このダンジョンを作った精霊は相当いい性格してるみたいだ」


 十分ほど進んだところでぽつりと呟く。


「どうかしたのですか?」

「そこを踏むな、あれを触るな、ってうるさく言っただろ? あれは全部トラップなんだよ」

「えぇ!?」


 セレナが驚きの声を上げた。十八。この数字が何を意味するか分かるか? ここまで仕掛けられていた罠の数だ。もちろん、全て躱してきたのでどういう内容の罠なのかは分からないが、過去これほどまでに罠が仕掛けられていたダンジョンはない。


「まぁ、'血'の精霊とか他の精霊に比べて何となくひねくれてそうだしな」

「すごい偏見ですね」

「事実だろ。……ちょっと後ろ下がってな」


 セレナが安全地帯まで移動したのを確認してから右足で少し前の床を踏む。途端に足場がボロボロと崩れていった。宙返りしつつセレナのところまで下がった俺は、間髪入れずに落ちてきたギロチンを寸でのところでセレナを抱きかかえて避ける。


「……な? ひねくれてるだろ?」

「そ、そうですね」


 目の前に落ちてきたギロチンに冷や汗を垂らしながらセレナが言った。何とか落とし穴を回避してほっと息を吐いているところにギロチンのサービス。この罠を作った奴とは友達になりたくないタイプだ。

 そこから進む事三十分。うんざりするほどの罠をかいくぐったところでトラップ地帯は終了だ。どうしてそれが分かるのか、ダンジョンモンスターがこちらに向かってきているからだ。


「来るぞ。数は八だ」

「はい」

「魔法を頼む」

「"溢れる血潮ブラッドフラッド"」


 背中に背負った弓を手に持ちつつ、セレナが魔法を唱えた。相変わらず効果が高い。これならいくらでも紅魔法が使えそうだ。


「今回は俺だけでやる。セレナには本来の俺の戦闘スタイルを見ておいて欲しい。アオイワでは大味の魔法を使って終わりだったからな」

「分かりました」

「一応、矢を打つ準備だけはしといてくれ」

「はい」


 セレナが緊張した面持ちで矢をつがえる。それを見て小さく頷いた俺は、こちらに向かってくる魔物の方へと体を向けた。

 程なくして姿を見せたのは赤黒い体毛をした狼だった。アオイワ付近の森で見かけたシルバーウルフよりも体はでかい。'血'のダンジョンからブラッドウルフと言ったところか。

 気配を絶ち、無音で移動する。匂いで獲物を感知し、ゆっくりと近づいて来ているブラッドウルフ達の背後へと気づかれる事なく回った。


「"血化鉄ちかてつ双剣そうけん"」


 紅魔法で作り出した双剣で容赦なく二匹のブラッドウルフの首を飛ばす。そこで初めて襲撃者に気づいた他のブラッドウルフ達がこちらに向くが、それと同時に双剣を投げた。血の剣が容赦なく体に突き刺さり、更に二匹のブラッドウルフが絶命する。


「"血化鉄ちかてつ大剣たいけん"」


 それを視認する事もせず、俺は次なる武器を生み出した。自分と同じくらいの巨大な剣だ。こんな狭い場所で振り回すのには適さない武器ではあるが、敵が至近距離にいるなら話は別だ。一撃だけなら範囲攻撃は有効と言える。


「おらっ!」


 あまり得意ではない大剣を力任せに振り回し三匹のブラッドウルフを吹き飛ばした。この一発で終わらせるつもりだったが、一匹だけ瞬時にセレナへとターゲットを切り替えそっちに向かっていった奴がいる。中々、したたかな奴だ。


「悪いがそれはダメだ。"血化鉄ちかてつ刺剣しけん"」


 突くことに特化した剣を作り出し、そのまま放つ。俺の作った刺剣は一直線にブラッドウルフへと飛んでいき、その体を貫くと、そのままの勢いでダンジョンの壁に磔にした。


「……とまぁ、こんな具合だ」


 ドロップアイテムがあるかどうか確認しながら呆然と佇んでいるセレナに声をかける。


「基本的には気配を消して相手の背後から奇襲をかける。'暗殺者アサシン'らしい戦い方だろ?」

「……レオンさんが強い事を頭では理解していましたが、実際に戦っているところを見ると……凄まじいですね」


 顔を引きつらせつつ称賛してくるセレナに何となく気まずさを覚えた俺は、誤魔化す様にぽりぽりと頬をかいた。

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