第22話 ダンジョン準備
宿といっても町ではないので、本当に寝るためだけの仮設テントが立ち並んでいるだけだ。その中でなるべく清潔そうなところを選び、俺とセレナは睡眠をとった。もちろん同じ部屋、というか同じテントだ。初めの頃は恥じらいを見せていたセレナも今ではまるで気にしなくなっていた。冒険者が板についてきたのはいいが、こうも適応能力が高いと、果たして彼女を冒険者への道に引きずり込んだのは正しかったのか少しだけ不安になってくる。
セレナが目を覚ましたのは翌日の日が昇り始めた頃だった。朝飯を食べたらすぐに寝たので殆ど丸一日寝ていたことになる。当然、大衆浴場などあるわけもなく、適当に建てられた簡易シャワーで汚れを落とした後、軽食のサンドウィッチを頬張りながら準備を整えていく。
「一度ダンジョンに入ったら物資の補給はできないからな。しっかりと準備をしておかないと大変な事になるぞ」
「どれくらいの期間ダンジョンにいる事になるんですか?」
「ダンジョンにもよるし、目的にもよる。金策としてドロップアイテムを集めるなら短期間で済むし、ダンジョンボスを倒すつもりなら一週間以上かかったりもする」
「ダンジョンボス、ですか?」
あぁ、そういえばその説明はしてなかったな。
「ダンジョンの奥に行けば行くほど魔素が濃くなっていく関係で、ダンジョンの一番奥には他とは一味も二味も違う強力な魔物が生まれるんだ。当然、そいつが落とすドロップは一級品のアイテムで俺らが勝手にダンジョンボスと呼んでるってわけだ」
「はー……それは強そうですね」
「そうだな。高ランクの冒険者でもソロで倒したっていうのは聞いた事ないな。ランクで言ったらAかSくらいじゃねぇか?」
「そ、そんなにですか!?」
Fランクの魔物しか相手にした事のないセレナにとっては雲の上の存在だろう。
「俺達の目的はダンジョンボスを倒す事じゃないから、そう怯える事はねぇよ」
「ち、ちなみにレオンさんはダンジョンボスを倒したことはあるんですか?」
「ないな。ダンジョン自体は何度か挑んだ事はあるけど、ダンジョンに行きたいって駄々こねた奴が割とすぐに目当てのアイテムを手に入れたもんだから、最深部にすら行ったことない」
シルビアが『あたしの魔法の威力をあげるのが魔王を倒す近道でしょ!』とか言いだして、基本四属性のダンジョンに付き合わされたっけか。俺もその流れに便乗しておけばよかったな。いや、'血'のダンジョンに行きたいって言ってもどうせあいつに、そんなダンジョンに行っても時間の無駄って一蹴されるのがオチだったろうが。
「とまぁ、色々と言ったが、流石に初心者のセレナをいきなり長期間ダンジョンに連れ回すわけにはいかないから、今日は様子見でいこうと思う」
「今日は……という事は何度か挑戦する予定ですか?」
「俺の都合で申し訳ないとは思うが、そのつもりだ」
「あぁいえ! そういう意味で言ったわけじゃないです!」
セレナが慌てて両手を振る。
「えーっと……ここでゆっくりしても大丈夫なのか気になって……」
「あー、そういう事か」
ディアブロの存在が気になってるわけだな。当然の心配事と言える。だが、問題ない。
「多分あいつらはここには来ないだろうな。戦闘経験が殆どないセレナを連れてダンジョンに挑戦しようなんて普通の奴は思わねぇから」
「……言われてみればそうですね」
「恐らく連中はブラスカかダコダに向かってるはずだ。魔族と人間が小競り合いをしているワオミングには俺達も行かないと思ってな」
尤も、ダンジョンの用が済んだらそのどちらか……いや、一身上の都合によりブラスカには近づきたくないので、ダコダに行こうと思ってるから、待ちぶせをされている可能性はある。まぁ、それはその時考えればいいだろう。
「確実に大丈夫とは言い切れないけど、ここでのんびりしても問題ないはずだ。まぁ、バカンスを楽しむ様な場所じゃないけどな」
「そういう事なら安心してダンジョンに挑めます!」
「今日は夕方頃に帰るのを目標としてダンジョンに潜ってみるぞ。だからって、準備は蔑ろにしない」
「はい!」
まずは食料と水だ。ダンジョンの魔物が食べられるか分からない以上、食料を用意しなければ命に関わる。今回の様子見潜りではその辺も確認しなければならないな。日帰りのつもりなのでテントや寝袋は必要ないが、それはアオイワで購入済みなのでどちらにせよ必要ない。
「レオンさん! さっき商人の方から、ダンジョンに挑戦するなら地図は必須だよ、とアドバイスをもらったので買ってきました!」
得意げな顔で渡された地図を見て、俺は苦笑いを浮かべる。
「あぁ、ダンジョン初心者だと見抜かれて見事にカモられたな」
「え?」
「ダンジョンがこんな小さい紙一つで収まるわけねぇよ。これは恐らくスタート地点からちょっと行ったところまでしか書かれてないな。つまり、殆ど意味がないって事だ」
「ええええええ!?」
商人の口車に乗ってしまい騙されるのは冒険者あるあるだ。そして、こういう商売に関しては騙した方よりも騙された方が悪いというのも冒険者の共通認識となっている。
「学がなくても冒険者はやっていけるが、無知だとやっていけねぇ。まぁ、ある意味冒険者の心得を学べたんだ、授業料として諦めろ」
「はい……」
軽く笑いながら落ち込むセレナの頭をぽんぽんと優しく叩く。
次は武器屋に足を運んだ。品ぞろえは決していいとは言えないが、必要なのはセレナの矢だけなのでさほど問題ないだろう。二十本ほど買ってセレナに持たせる。
「思ったよりも少ないですね。これで足りますか?」
「アオイワではセレナの戦闘経験を増やすために殆ど手を出さなかったが、今回は俺が戦闘をするつもりだから問題ないだろ」
「レオンさんが……」
「それに試したい事もあるしな」
「試したい事、ですか?」
「あぁ」
今後のセレナの戦闘スタイルに大きく関わる事だ。まぁ、それはダンジョンに入ってからでいいだろう。これで大体の準備は整った。セレナのダンジョン初挑戦、行ってみるとするか。
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