第三章 ダンジョンと血の精霊
第21話 ダンジョンと精霊
ダンジョン。ある一定の条件で自然発生する、迷宮のように入り組んでいる空間。そして、多くの冒険者がこぞって足を運ぶ人気スポット。
ダンジョン内には特殊な魔物が生息しており、そのどれもが通常の種類と比べて手ごわくなっている。それだけ希少な素材を得られると普通は考えるのだが、ダンジョン内の魔物はその異様な魔素濃度の高さから発生するものであり、そのダンジョンの中でしか存在する事が出来なかった。その特性により、ダンジョンから魔物達が溢れ出てくることはないのだが、同時に素材を持ち帰る事は叶わない。
ならば、なぜ冒険者達が血眼になってダンジョンに潜ろうとするのか。それは偏にその特殊な魔物から稀に希少なアイテムがドロップするからだ。そのレアアイテムは物によってはそのダンジョンでしか機能しないのもあるが、大部分がダンジョンから運び出しても使用する事が可能であり、その効果は強力なものばかりだった。使用している武器や道具の質がそのまま生存率につながるといっても過言ではない冒険者にとって、ダンジョンのドロップアイテムは危険を冒してでも入手する価値が十分にある代物なのだ。
「はぁ……だから、冒険者の方は危険なダンジョンに挑戦するのですね」
夜の森路を馬で駆け抜けながら、ダンジョンについての基本的な知識をセレナに説明する。
「ダンジョンが出来る条件とは何ですか?」
「精霊が好ましいと思う環境を用意する事だ」
「精霊?」
「あぁ、精霊がダンジョンを作るって言われてるんだ。まぁ、精霊は人前に姿を現す事なんて殆どないし、どういう環境を望んでるかなんてわかるわけないから、人為的にダンジョンを生成するのは不可能なんだけどな」
精霊に魅入られた研究者が色々試したのだが、結局精霊が現れる条件は分からなかったらしい。神の使いともいわれる存在がほいほい姿を見せてきても有難みが薄れるって話だ。
「どうして精霊がダンジョンを作るんですかね?」
「俺も専門家じゃねぇからあんまり詳しくないんだけど、聞いた話じゃ……あー……なんて説明すればいいやら」
俺も不思議に思ってダンジョンに詳しい冒険者に話を聞いた事はあるが、小難しい話を延々とされ結構辛かったのを覚えている。それをセレナにするのは躊躇われるし、そもそもうろ覚えだ。別に正しい理論を知る必要もないし、俺の理解を話せばいいか。
「あれだ。分かりやすく言うと、ダンジョンは精霊の便所だ」
「べ、便……!?」
まさかの例えにセレナが目を丸くする。
「空気中に存在する魔素が集まって魔物になるのは知ってるだろ?」
「え? あ、はい。教会で教わりました」
「当然、魔素が多くなりすぎると魔物が増えまくるから、精霊が魔素をその身に取り込みバランスを取ってるんだ。とはいえ、いくら精霊といっても無限に魔素を貯蔵できるわけじゃないから、その捨て場が必要になるわけだな」
「あー……それで精霊のべ……トイレという表現をしたのですね。不要物を排出する場だから」
「そういう事だ」
だから、ダンジョンのできる条件が精霊が好む場所になるってわけだ。精霊だって落ち着くところで用を足したいだろうしな。
「精霊から出された魔素で出来るわけだから、ダンジョンはその精霊の影響をもろに受けるんだよ。例えば炎の精霊が作ったダンジョンであれば、炎属性の魔物ばかりが生まれ、炎に関する特性を有したアイテムが生成されるんだ。ダンジョン名も分かりやすく、その精霊の属性がそのままつけられる」
「という事は、私達が今向かっているのは」
「血の精霊が作ったダンジョンって事だな」
このダンジョンに程よく近く、王都からそれなりに距離があって、魔族の侵攻を受けていない平和な町というのがアオイワだったという事だ。実のところ、このダンジョンには勇者パーティにいた頃から行きたかったのだが、国から魔王討伐を任されている以上、俺個人の希望でダンジョンに挑戦するわけにはいかなかった。まぁ、パーティ戦闘という事で、常にアリアからのアシストを受けられてた当時は、そこまで必要と感じていなかったのも事実としてある。
だが、今はそうも言ってられない。確かにセレナもアリアと同じ魔法を使う事が出来るが、戦闘に慣れていない彼女がその魔法を俺に使う事で自分を疎かにしてしまい、刺客にやられてしまえば何の意味もないからだ。
そういうわけで、俺が血のダンジョンで狙うのは一つ。'増血'の効果が付与されたアイテムだ。これは品質により程度の差はあるが、装備する事で出血した時、自動で失った血を補ってくれる効果を持つものだ。別に傷が治ったりするわけではないので、他の奴にとっては気休めくらいにしかならないが、俺の場合これがあるのとないのとでは雲泥の差だ。ダンジョンにセレナを連れていくリスクは分かってはいるが、教会が化け物じみたSランク執行者まで差し向けてきた以上、四の五の言っていられない。
そんなこんなで、一晩中馬を走らせたところで目的の場所に着いた。ちらりと前にいるセレナ見ると、俺の看病をしていた疲れと'死神'ことディアブロ・ブラックバーンの強襲による極度の緊張も相まって、体力の限界を迎えていたセレナが馬に乗りながらこくりこくりと舟をこいでいる。少し迷ったが、このまま馬上で眠らせるわけもいかないので、なるべく優しく起こす事にした。
「着いたぞ、セレナ」
「ふぁい……!?」
ビクッと体を震わせ、背筋をピンっと伸ばす。それを見て思わず笑ってしまった。
「こ、ここが'血'のダンジョンですか……?」
周りを見渡しながら、少し意外そうな顔でセレナが聞いてきた。その気持ちは分からないでもない。俺も初めてダンジョンを目にした時は、色々な建物がある事に驚いたものだ。
「ダンジョンの入り口があるだけの寂しい場所を想像していたか?」
「あの……はい」
「ダンジョンは冒険者が集まるところだぞ? という事は、そういう連中を相手にした店や簡易宿屋があってもおかしくないだろ」
「確かにそうですね」
早朝でもそれなりの賑わいを見せているダンジョン周辺を見ながら、セレナが納得したように頷いた。
「とはいえ、このダンジョンはあんまり人気がない方だけどな。炎や水といった属性ダンジョンや、ミスリルや鋼やいった強力な装備が期待できるダンジョンはこの比じゃねぇぞ」
それこそ小さな町くらいには繫栄してたりする。まぁ、リスクを負って'血'の特性を有したアイテムなんか欲しがる冒険者は、物好き以外の何者でもないからな。
「とりあえず、適当な宿で体を休めるか。どうやら聖女様は限界みたいだしな」
「あ……えーっと……そうしていただけるとありがたいです」
セレナが申し訳なさそうに体を縮める。その様を見て小さく笑いながら、俺は彼女でも泊まれそうな宿を物色し始めた。
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