第20話 勇者パーティ、仕方なく力を蓄える
魔王討伐の役目を国から与えられた冒険者パーティ、いわゆる勇者パーティが人員を入れ替え、新たに第一王子であるネイキッド・アーサー・アルバートを仲間に加えてから二週間が経過した。にも拘らず、彼らは未だに王都に滞在していた。何もしていないというわけではない。王都の冒険者ギルドでそこそこのランクの依頼を受け、細々と冒険者としての仕事をこなしていた。だが、魔族の脅威にさらされている前線には一向に行く気配がない。それを不満に感じていたネイキッドが事あるごとにパーティのリーダーであるセドリック・メイナードに苦言を呈していたが、まるで聞く耳を持たれなかった。
「まったく……あの勇者は一体何を考えているんだ」
そろそろいい頃合いだろう、と話に行ってみたのだが、『もう少し連携を確認したいので』と、いつもの文句で軽くあしらわれてしまった。他の第二第三王子に王位を取られないよう勇者パーティに加わり、手っ取り早く世間評価を稼ごうと画策していたネイキッドだったが、まさかここまで勇者が魔族を倒しに行こうとしないとは予想もしていなかった。日に日に歯がゆさだけが募っていく。
「ん? あれは……」
もやもやした気分で城の廊下を歩いていると、大き目な黒いローブを着た女が中庭で本を読んでいる姿を見つけ、ネイキッドが小さく笑みを浮かべる。
「こんなところで読書か?」
ネイキッドに声をかけられた'大賢者'のシルビア・アルムハルトが鬱陶しそうに顔を向けた。その顔立ちは少し釣り目ではあるが文句なしに美少女だ。もう一人のパーティメンバーであるアリア・ダックワースもシルビアと甲乙つけがたい程の可愛らしさではあるが、どうやらあちらは勇者といい仲であるという噂を聞いたので、ネイキッドは密かにシルビアを狙っていた。
「……あたしがどこで本を読もうが王子には関係ないでしょ」
冷たくそう言い放つと、シルビアは再び読書を再開する。王子である自分にこんなにも無礼な態度をとるのはシルビアだけだった。初めの頃は憤慨していたネイキッドも、二週間も続けば流石に慣れる。むしろ今は強気な彼女をどうやって従順にしてやろうか考えるのが楽しいくらいであった。
「たった今、セドリックの所へ行ってパーティの方針に意見してきたんだが無駄足に終わってしまった。あの男は慎重すぎてまいってしまうよ」
「えぇ」
「受けるクエストもそこらの冒険者でもこなせそうな楽なものばかりだし、魔族と戦いに行かないにしても、もう少し高ランクのクエストを受けたいものだな」
「そうね」
相槌は打ってるものの、シルビアはまるで聞いていなかった。残念ながらネイキッドの話よりも本の続きの方が、断然彼女の興味を引いている。
「次の目標である'烈火'のダンタリオンは非常に手ごわい相手だ。十分すぎるくらいの準備が必要である事は僕でもわかる。だが、奴から攻撃を受けているワオミングの民の事を考えると、どうにも焦りを感じてしまうのだよ。無駄な血を流させたくはない、次期国王である僕としてはね」
「へぇ」
言葉自体は立派なのだが、ネイキッドが言うとどうにも薄っぺらく感じてしまう。本人が薄っぺらい男だからしょうがないのだろう。
「だから、君からもあの勇者に言ってやってくれないだろうか?」
「はぁ」
「君達はあの'絶氷'のベリアルを倒した勇者パーティなんだ。もっと自信を持って欲しい。おまけに役立たずが消えて、優秀な僕が仲間になったんだから、ダンタリオンも恐れる必要はないだろう、とね」
それまで完全にネイキッドの言葉を聞き流しながらすらすらとページをめくっていたシルビアの手がピタリと止まる。
「……役立たず?」
「あの
ネイキッドが馬鹿にしたような笑みを浮かべた。一方、シルビアは全くの無表情だ。
「まぁ、忘れてしまった方が健全だろう。ああいうゴミがいるせいで冒険者の品位が下がっていると言っても過言ではない。だが、安心してくれたまえ。あの男が今後冒険者として活動できないよう、僕が直接冒険者ギルドに掛け合っておいたのでな」
「…………」
「今頃路頭に迷っているんじゃないのか? 自業自得だ、と言わざるを得ないな。あの男には僕自ら分相応という言葉を叩きこんでやりたかったよ。ゴミはゴミらしく見えないところでうじうじ生きていくのがお似合い――」
バタンッ!!
ネイキッドの言葉を遮るように、シルビアが乱暴に読んでいた本を閉じた。突然の事にネイキッドが目を白黒させる。
「シ、シルビア……?」
「……一つだけあんたに言いたい事がある」
シルビアが独り言のようにぼそりと言った。
「あたしの前で二度とあの馬鹿の話をしないでちょうだい……虫唾が走るわ」
「あ、あぁ。悪かった」
静かな声ではあったが、並々ならぬ感情が抑え込まれているようだった。その迫力にネイキッドが思わず謝罪の言葉を口にする。
シルビアはネイキッドに背を向け、その端正な顔を怒りに歪めたまま歩き出した。その背中が『ついてくるな』と雄弁に語っていたため、ネイキッドはその場に突っ立って見送る事しかできない。
ずんずんと城の中を進んでいくシルビアに話しかける者はいなかった。仲良くなった城勤めの女中も、彼女を見てもはっとした表情で頭を下げるだけだ。それほどまでに今の彼女の体からは怒気が溢れていた。
「随分と機嫌が悪そうだね、ルビィちゃん」
そんなシルビアに後ろから声をかける命知らずが一人。足を止めたシルビアがゆっくりと振り返る。
「どこぞの世間知らずな王子様に嫌な事でも言われたのかな?」
そこにいたのは純白の修道服に身を包んだ美少女だった。ニコニコと笑顔で近づいてくるその姿を見て、シルビアが深々とため息を吐く。
「……見てたんなら助け舟出しなさいよ」
「邪魔しちゃ悪いと思ったんだよ」
「教会にいたくせに本当いい性格してるわよね」
シルビアにジト目を向けられたアリアが楽しそうにくすくすと笑う。
「話は聞いてたの?」
「概ね。あの王子様に言ってあげればよかったのに」
「何をよ?」
「私達が王都でゆっくりしていられるのはあなたのおかげですよって」
もちろんこれは嫌味だ。ネイキッドの実力があまりにも低すぎるので、仕方なく王都に留まってレベルアップに勤しんでいる事は当然アリアも認知している。
「……あの馬鹿王子は自分の名声のためにさっさと魔王を倒したいみたいだけど、あんた以上にできるだけ早く魔王を倒したい人がいるって事を教えてやりたいわ」
「ルビィちゃん……」
シルビアの秘めたる思いを知っているアリアが心配そうな面持ちでシルビアを見つめた。
「辛いよね……ルビィちゃんは特に」
「あたしばっかりそんな事言ってらんないでしょ。アリアだってあの馬鹿とは仲良かったし、セドリックなんて……」
「うん。表には出さないようにしてるけど、セド君もかなり堪えてるみたいだね」
あの日以来、セドリックは感情をどこかに置き忘れてしまったようだった。大切な仲間の事を思い、シルビアがグッと唇を噛みしめる。
「……とにかく、なんとしてでも魔王を倒さないと。それであの馬鹿を迎えに行くのよ。じゃないとあいつ、不貞腐れて引きこもりになっちゃうわ」
「ふふっ、そうだね。基本的にレオン君はしっかりしてるけど、そういう部分もあるもんね」
「そうなのよ! うじうじ引きこもってたらあたしがケツひっぱたいてやるんだから!!」
グッと拳を握りしめながら、シルビアが力強く言い放った。その顔には少しだけ笑みが浮かんでいる。僅かでも元気を取り戻した親友を見て、アリアは嬉しそうに微笑むのだった。
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