第18話 招かざる客
目を覚ますとひどい倦怠感に襲われた。脳みそをフル稼働させて直前の記憶を手繰り寄せる。確か聖女様の我儘を聞いて、魔物の大群を相手に柄にもなくハッスルしたんだったか。その結果倒れたとか大分かっこ悪いな。
気怠い体に鞭を打ち体を起こすと、ベッドの脇で顔を伏せて寝ているセレナに気が付く。この様子だと、どうやらずっと看病させていたようだ。
「ん……」
俺が起きた気配を感じ取ったのか、セレナが目をこすりながら顔をあげる。そして、俺を見て嬉しそうに笑った。
「レオンさん! 目を覚ましたんですね!」
「おかげ様でな。……どれくらい寝てた?」
「丸一日です!」
魔物の群れを駆逐した時と外の暗さがあまり変わらないから、寝てたのは一瞬だけかと思ったがそんな事はなかった。まさか一日中寝ていたとは。
「心配しましたよ? 魔物に襲われた様子がなかったのに突然倒れたりしたんですもの。コルトさんも心配してました」
「コルト?」
「私の担当受付嬢さんです。今日のお昼頃、謝罪をしに来たんですよ」
あぁ……初めて会った時から目の敵にされてるあの女か。昨日もなんかいちゃもんつけられたしな。って、謝罪ってどういう事だ?
「……本部から来たレオンさんの情報を鵜呑みにして失礼な態度をとってしまった事を謝りたいって言ってました」
「そういう事か」
俺の表情から考えている事を読み取ったセレナが疑問に答えてくれる。何とも真面目な女だ。こちらも積極的に否定しなかったし、別に謝るような事じゃないっていうのに。勇者パーティをクビになったのは本当の事だしな。
「心配かけてすまなかったな」
「体の方はもう大丈夫ですか?」
「あー……まぁ、問題ねぇよ」
不安そうな面持ちでセレナが尋ねてきたので、適当にはぐらかす。正直、本調子とは言えなかった。もちろん、魔物から攻撃を受けたという事ではない。そもそも、俺に近づく前にあいつらは駆逐したから攻撃を受けようがない。では、なぜ倒れたりしたのか。それは偏に俺が使った
血を扱うあの魔法は、魔力と共に術者の血液も消費する。だからこそ、魔力量がそれほど多くない俺でもあれだけの威力と規模の魔法が撃てるのだ。
つまり、今の俺は端的に言って重度の貧血に陥ってるってわけだ。血が全然足りない。
今まではアリアが血の増える聖魔法を戦闘中常に使ってくれていたから何とかなったけど、それがないと大技一発使っただけでダウンしてしまうのか。これは何かしら対策を取らないとまずいかもしれない。
……いや、ちょっと待てよ? セレナも同じ魔法を使えるんじゃないか? いや、セレナの聖魔法の腕前はアリアと同じレベルで高いんだ、使えるに違いない。それならこれ以上心配かけないよう誤魔化すんじゃなく、素直に回復をお願いした方がよさそうだ。
「悪い、本当はちょっとばかしきついんだ。できれば聖魔法で──」
刹那、切り裂かれるような殺気に襲われる。反射的にベッドから飛び出した俺はセレナを突き飛ばし、殺気が放たれた場所から彼女を遮るように前に立った。
「……待ちくたびれたじゃなぁい」
背中に大鎌を背負い、顔に髑髏のタトゥーが入った男が頬杖を突きながら窓枠に座っている。突然の奇行に驚いていたセレナも、その男に気が付き緊張した顔で身構えた。それを見た髑髏男が愉快そうにけたけた笑う。
「別に怯える必要ねぇぞ、嬢ちゃん。あんたに用はねぇから」
……セレナに用がない? この男が着ている黒のローブは、王都でセレナを襲撃した連中と同じものだからてっきりそいつらの仲間かと思ったのに。
いや、そんな事よりも、だ。この髑髏タトゥー男、かなりやばい。体から放たれる異様な血の匂い、座っているだけなのに全く隙のない佇まい。そして、なにより俺がここまで無防備に接近を許した相手はこいつが初めてだった。
「……こんな夜更けに訪ねてくるとは、マナーがなってねぇな」
「悪いねぇ。育ちが悪いもんでそういう教育はうけてねぇんだよ」
「見た目通りって事か」
「はっ! 言うじゃなぁい!」
とにかく、この男は得体が知れない。俺は悟られない様注意を払いながら背後にいるセレナにハンドサインで指示を送る。
「この女に用がないって言ってたな。だったら、お前は何しに来たんだ?」
「あ? 決まってるじゃなぁい? てめぇに会いに来たんだよ」
「俺に?」
予想外の答えに思わず狼狽えてしまう。俺の知り合いだったか? いや、一度見たら忘れないような風貌の男だ。俺に覚えがない以上、知り合いという事は絶対にない。
「……お前の事なんか知らねぇんだが?」
「そうだろうな。俺様も昨日までてめぇの事なんて知らなかったしよ」
「ならなんで会いに来たんだ?」
「まぁ、会いに来たっつーのはちょっとちげぇか。……正確にはてめぇと殺し合いに来た」
そう言った瞬間、狂気じみた笑みと共に凄まじい殺気が男の体から放たれる。後ろでセレナの体が小刻みに震えているのを感じた。
「ぶっちゃけた話、うちの連中のターゲットはそこにいる嬢ちゃんだ。しかしよぉ、俺様は弱い奴に興味ねぇんだわ。でも、俺様にも立場ってもんがあってよぉ。めんどくせぇけどお目付け役って事で、だらだら傍観してたってわけ……昨日の一幕をな」
髑髏男がにやりと笑みを浮かべる。
「ターゲットに護衛がついてるってのは聞いてたけど、正直期待なんかしちゃいなかったぜ。だが、どうだ? 愚図共が無い知恵絞りながらそれなりに時間かけて仕掛けたっつーのに、てめぇはそれを軽く一蹴しやがった……あんなん見せられたら普通
……なるほど。どうりで
とりあえず疑問が解決してすっきりした。それはいい。問題は目をぎらつかせた男が今にも襲い掛かってきそうだ、という事だ。
髑髏男に神経を向けつつも、周辺視野で後ろを確認する。よし、指示通りセレナが荷物を整え終えたようだ。万一に備えて揃えた物資を一つにまとめていたのが功を奏した。
「……悪いがこちとら忙しいんだ、お前の相手をしている暇なんてない」
「何を勘違いしてんだ? 仮にもこっちはその嬢ちゃんの命を狙ってんだぞ? 護るつもりがある以上、てめぇに拒否権なんかあるわけねぇだろ!」
「……知ってんよ!」
言いながら手近にあった椅子を掴み、髑髏男に投げつける。同時にセレナを抱え上げ部屋を飛び出した。相手の出方なんて気にする必要はない。追いかけてきてようが椅子に怯んでいようが、俺がこの場を離脱するという選択は変わらないからだ。とにかくあの男から離れる事、それが今の最重要事項。
「レ、レオンさん……!!」
「しゃべるな、舌噛むぞ。落ちないようしっかりしがみついとけ」
「は、はい!」
ぐっとセレナが俺の首に手を回した。若干息苦しくはあるが、これなら誤って地面に落とす事はないだろう。夜中という事で人影がない廊下を駆け抜けていき、一目散に宿の玄関を目指す。
ヒュッ……。
外に出た瞬間、地面を蹴って横に飛んだ俺の耳に風切り音が聞こえた。紙一重で大鎌の一振りを躱した俺は、更に距離を取り、髑髏男と向き直る。
「いい反応じゃなぁい!」
嬉しそうに笑う髑髏男を見据えながら、俺はセレナを地面に下した。
「セレナ。…………」
「…………わかりました」
小声で指示を与えると、セレナは真剣な表情で頷く。そして、小走りでこの場を去っていった。それを横目で見ていた髑髏の男だったが、思った通り特に追う素振りは見せない。
「いいのか? 標的が逃げていったぞ?」
「言ったろ? 俺様はてめぇと殺り合いたいだけなんだよ。あの嬢ちゃんがどこに行こうが知ったこっちゃねぇ」
「その道のプロとは思えねぇ発言だな」
「てめぇをぶち殺しさえすれば、後はうちの愚図共でもネズミを狩るより簡単だろ。つまり、楽しい思いをしながら、お目付け役としての役目もしっかり果たせてるってわけよ」
小枝を操るような軽やかさで大鎌を振り回し、流れる様に肩に担ぐと、髑髏男が射貫くような鋭い視線をこちらに向けてきた。
「俺様の名前はディアブロ・ブラックバーン――てめぇを地獄へと誘う死神だ」
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