第14話 武器

 翌朝、目を覚ましたセレナは、夜中涙を流していた事が嘘のようにはつらつとしていた。だから、俺もその事には触れず昨日と同じように接する。それが彼女に対する礼儀だと思ったからだ。

 早朝という事で殆ど人のいない公衆浴場でこれまでの汚れを落とし、宿が用意してくれた朝食をいただいた。パンと野菜のスープという質素なものではあったが、一泊十ゴルドと考えると破格のサービスといえる。

 朝食を食べ終えるや否や、すぐに冒険者ギルドへ行こうとするセレナを引き止め、俺はある場所に彼女を連れていく。


「ここは……武器屋さんですか?」


 店内に所狭しと並べられた剣や槍などを眺めつつ、セレナが尋ねてきた。


「あぁ。旅をするにあたって服とか雑貨とか必要な物はたくさんあるが、安全を考えたら何より先に買いたいと思ってな」

「確かに、今は素手で戦っていますものね。レオンさんはどんな武器を使うのですか?」


 ……ん?


「何か勘違いしてるだろ。ここにはセレナの武器を探しに来たんだぞ?」

「へ?」


 俺の言葉が理解できなかったのか、セレナの目が点になる。そんな彼女を無視して、俺はそれぞれの武器につけられた値段と質が釣り合っているか確認していく。よしよし、まともな武器屋だな。


「戦い方を教えて欲しいって言ってただろ? 徒手空拳でも悪くはないが、達人でもない限り武器を持っていた方がどう考えても強い」

「そ、そうですね。ですが、私、戦闘の経験は皆無なので武器なんて持った事すらありませんよ?」

「誰だって初めはそうだ。俺が教えるから問題ない」

「は、はい……」


 セレナがあからさまに不安げな表情を見せる。なんか変なプレッシャーを感じてるな。


「別にドラゴン相手に短期で勝てるまで強くなれって言ってるわけじゃないんだ。ただ、戦闘の心得があるのとないのとじゃ全然違うからな。刺客に襲われた時、数秒耐えられるのであれば俺も助かる」

「そ、そうですか……?」

「あぁ。間違いない」


 俺が断言すると、セレナが真面目な顔で頷いた。


「……わかりました。レオンさんの負担を減らすためにも私、やってみます」


 決死の覚悟すら感じるセレナに、思わず苦笑してしまう。


「そんな気負う事はねぇよ。アリアだってやれたんだから」

「アリアさん……? あ、レオンさんは勇者パーティですものね!」


 納得の顔をしたセレナだったが、はっとした表情で自分の口元を押さえる。やっぱり気にしてたのか。そんな気を使わなくていいのに。とはいえ、なんと返したらいいのかわからなかったから、黙って武器の物色を続ける。


「あー……っと……。ア、アリアさんはどうやって戦っていたのですか?」

「ん? あぁ、知っての通りあいつはセレナと同じ聖魔法が得意だったから、基本的には俺らの後ろから補助魔法と回復魔法で支援してくれていたな」


 その支援のレベルが規格外だったけどな。正直、俺が本気で戦う時はあいつの補助が不可欠だった。俺のジョブが持つ固有魔法が特殊っていうのもあるんだが。


「まぁ、あれだ。俺が言いたいのは教会にいたアリアでもやれたんだから、セレナだって出来るって話だ」

「そ、そうならいいのですが……」

「好きな武器を選べばいい。自分が使えそうなやつをな。こういうのは案外直感が大事だ」

「直感……」


 俺の言葉を聞いたセレナが真剣な顔で武器とにらめっこを始めた。邪魔にならないよう、少し後ろからその様子を見守る。


「……これにします」


 たっぷり一時間ほど悩んだところで、セレナが自分の武器を決めた。


「弓か……打ったことは?」

「ありません」


 セレナが申し訳なさそうに答える。


「あぁ、いいんだ。逆に変な癖とかついてないからやりやすい。ちなみに、選んだ理由とかあるのか?」

「……非常に情けない話なのですが、自分の手に感触が残るのは……その……耐えられない気がして……」


 段々と小声になりながらセレナが答えた。別に情けない事なんて何もない。人でも魔物でも魔族でも、命を奪う感触に何も感じない方が問題だ。


「それなら何本か大きさの違う弓を買っていくか。色々試してみてセレナに合うのを見つる。それでこれから毎日クエストに行く前に弓の訓練だ。上手く教えられるかわからねぇけど勘弁な」

「はい! よろしくお願いします!」


 大抵の武器は扱えるが遠距離武器はあまり得意ではない。だが、教えるくらいなら問題ないはずだ。


「レオンさんの武器は購入しないのですか?」


 いくつかの弓を適当に見繕ってカウンターに行こうとした俺を見て、セレナが不思議そうに聞いてきた。


「俺には必要ねぇんだ」

「武器を使わないって事ですか?」

「いや、そういうわけじゃない」


 セレナが訝しげな顔をする。そんな顔するなって。詳しく説明するのが面倒くさいんだ。


「まぁ、実際に見ればわかるだろ」

「むぅ……」


 納得のいかない顔をしているセレナに軽い口調で言うと、俺は弓と木の矢を必要な分だけ買って店を出た。弓を主要武器にするとなると、近接戦が不安な事に変わりない。一般的な弓使いの立ち回りってわけにはいかないだろうな。訓練の仕方を考える必要がありそうだ。

 その後、余った資金で冒険者の必需品であるマジックバックを購入した。大量のアイテムを保管できるこれがないと始まらない。今の手持ちではそれほど容量の多いものは買えないが贅沢は言えないだろう。俺の持ってるマジックバックがそこそこの品質だし、持てなくなるって事はないと思う。しばらくはこれで我慢してもらうしかない。


 さて、準備も整ったし本格的にセレナの冒険者生活を始めるとしようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る