第12話 宿泊
アオイワに戻って来た俺達はそのまままっすぐに冒険者ギルドへと向かった。当然、クエストを達成したという事をギルドへ報告に行かなければならないのだが、俺が行けばまた面倒くさい事になるのは目に見えているので、セレナだけを行かせて俺は建物の外で待機する。
十分ほど待ったところで、セレナが嬉しそうな顔でギルドから出てきた。
「お待たせしました!」
「問題なかったか?」
「はい! 大丈夫でしたよ!」
「……なんか随分と楽しそうだな」
「そうですか?」
なんだろう。ギルドで何かいい事でもあったのか?
「冒険者としてクエストをこなすのも、それが出来たと報告するのも、その結果報酬をいただくのも初めての事だったのでとてもドキドキしました!」
「あー、それでか」
これまでずっと大聖堂で変わらぬ日々を過ごしてきただろうから、初めての体験が新鮮で楽しいのか。そういえば最初に馬車に乗った時もウキウキしていたな。乗り続けているうちに浮かんだ喜色は段々と色褪せていったが。
「それで? 報酬はどれくらいだったんだ?」
「えーっと……銀貨が八枚と銅貨が六枚です」
セレナが麻袋に入った硬貨を確認しながら言った。八十六ゴルドか……あのくらいの薬草量であれば妥当なところだな。初心者という事に加え、少しだけ浮世離れした雰囲気を醸し出しているから、ぼったくられないか少し心配していたところだったが杞憂だったか。
とはいえ初級ランクのクエストの報酬として妥当というだけで、準備資金としては全然足りない。精々が夕飯代と安宿一泊ぐらいだ。ただまぁ、初冒険者業としてはまずまずといったところか。
「いい時間だし、初報酬で美味いもんでも食って宿探すか」
「はい! お腹ペコペコです!」
元気よく答えると、セレナは意気揚々と歩き出した。子供のようにはしゃいでいる後ろ姿に苦笑いをしながら、俺はその後についていく。
「どっか店に入るか、それとも適当に買い食いするかどっちにする?」
「うーん……冒険者ギルドに向かう途中で食欲をそそる匂いがした屋台がいいです!」
「了解だ」
あの匂いには聖女といえどやられてしまうか。町の入り口から冒険者ギルドへ行くために、あの屋台通りを絶対通らなければならないのは賢く設計されてると思う。
より取り見取りの屋台を前に、セレナが分かりやすく目を輝かせた。店を覗いては嬉しそうに笑い、買って食べればまた笑顔になる。それを見ているこっちも思わず口角が上がった。こういうところが彼女の魅力なのだろう。王都でのセレナの人気は相当なものだった。長期滞在した事がない俺でも、その人気ぶりを知っていたほどだ。治療の腕もさることながら、まっすぐなその笑顔に心が癒されていた人もいたに違いない。
美味しそうに串焼きを頬張るセレナを見ながら、俺はそんな事を考えていた。
のんびりと屋台を回り、腹が満たされたところで今日の寝床を探す。大聖堂で生活していたセレナには悪いが、そんなにいいところには資金的に泊まれない。三、四件見たところで、比較的清潔で比較的安全そうな宿を選んだ。
「部屋を借りたいんだけど」
「はいはい、二名様だね」
愛想のいい笑顔を浮かべた女主人が、俺とセレナを交互に見る。
「部屋は一つでいいのかい? それとも二つ用意するかい?」
「一部屋で頼む」
「ふえっ!?」
後ろでセレナが奇声を上げた。ん? 何か気になる事でもあったのか?
「それなら一泊二人で三十二ゴルドだよ」
「一人十六ゴルドか……一週間泊まるから十ゴルドにまけてくれ」
「うーん……掃除は?」
「しなくていい」
「それならいいさ!」
最低限の旅支度ができるくらいの資金を得るには、一週間以上ここにとどまってクエストをこなす必要がある。安い拠点は必要不可欠だ。
「まとめてじゃなくて一泊一泊払うでもいいか?」
「構わないよ! じゃあ、部屋までお連れするさね!」
女主人に案内されたのは、机にソファにベッドとシンプルな造りの部屋だった。別にバカンスに来てるわけじゃないからこれで十分だ。体が休めればそれでいい。
「流石にシャワーはついてないか。女性には少しきついと思うが、勘弁してくれな」
「…………」
一泊十ゴルドだったらこんなものだろ。もし、あいつらとこの宿に泊まろうものならシルビアの愚痴を一晩中聞くことになるだろうな。
「この宿の側に公衆浴場があったから寝る前に行っておくか?」
「…………」
「セレナ?」
なんか宿に入ってから全然しゃべらないんだけど。
「おーい、セレナ?」
「は、はひ!?」
わかりやすく裏返った声。盛大に体を震わせたセレナに、俺もビクッとなる。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「あ、いえ! そ、そんな事ないです! ですが……!」
「ですが?」
俺が首をかしげると、セレナが顔を赤らめながら身を縮めた。
「あの……これまで男性と同じ空間で寝た事がなかったからその……」
「あー……」
勇者パーティとして長い間過ごしてきたからすっかり忘れてたけど、男女が二人で一つの部屋に泊まるっていうのは、普通抵抗あるもんだよな。クエストによっては何日も四人で狭いテントで雑魚寝をしたりもしたから、その感覚を失ってた。
「慣れないだろうが、そこは我慢してくれ。刺客がセレナを狙っている以上、同じ部屋にいないと護れないんだ」
「あ、いや! 全然いいんです! と、とにかく疲れたので、きょ、今日はもう寝ましょう!」
「公衆浴場には行かなくてもいいのか?」
「あ、明日の朝行きます!」
「そっか」
確かに、王都を出てからずっと夜は馬車の中で過ごしてたからな。久しぶりにゆっくりと体を休めるいい機会だ。
「へ……?」
そそくさとソファに横になった俺を見て、セレナが気の抜けた声を上げる。
「ん? 寝ないのか?」
「え……あ、レ、レオンさんはベッドで寝ないんですか?」
「ベッドはセレナが使うだろ」
「あ……」
俺が当然とばかりにそう言うと、セレナが何かに気が付いた表情を浮かべる。そして、今日一番顔を赤くすると、何かを誤魔化す様に目にもとまらぬ速さでベッドへともぐりこんだ。
「お、おやすみなさい!」
「おやすみ……?」
セレナの勢いに若干気おされながらも、俺はソファの弾力に身を委ねながらゆっくりと目を閉じた。
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