第11話 油断大敵
アオイワの町から少しだけ離れた森で、せっせと薬草を集めるセレナを俺は切り株に座ってぼーっと眺めていた。現在彼女はギルドから与えられたクエストをこなしている真っ最中だ。俺を拒絶する大義名分はあれど、『冒険者になる』という彼女の申し出を断る理由はギルドにはない。あの受付嬢が戸惑いながらもつつがなくセレナの冒険者登録をしてくれた。とはいえ、成り立てのFランク冒険者に、危険が伴うが実入りの良いクエストなんて回されるわけもないので、現在薬草集めに汗水たらしているというわけだ。
額の汗を拭って必死に薬草を摘んでいるセレナを見ながら、俺は先ほどの一件を思い出していた。セレスティア・ボールドウィン。これまでは王都の連中がその美しい容姿から持て囃しているだけの教会のマスコットだと思っていたが、全くそんな事はなかった。優しさ、温かさ、そして強さを兼ね備えた聖女の名に相応しい女性だった。
「……また助けられたな」
そんな言葉が自然と口から零れる。さっきの冒険者ギルドでセレナに助けられるのは二度目だ。……一度目は本人に自覚はないだろうな。
「ふぅ……これくらい集めればいいですかね」
顔に泥をつけながら薬草のたくさん入った籠をセレナが持ち上げる。俺は切り株から立ち上がると、その成果を確認するためセレナに近づいた。
「いいんじゃないか? 初めてにしては上出来だろ」
「薬草の知識があまりないので苦労しました。これ、薬草であってますよね?」
「まぁ、ちらほら毒草も混じってるけど問題ないだろ」
「そうなんですか!?」
セレナが焦り声をあげる。初めての薬草集めで八割方正しい薬草が集められれば上出来だ。というか、薬草の知識に乏しい事が意外だった。いや、そうか。"聖女"のジョブともなれば当然高難度の聖魔法が使えるだろうから、教会での癒しの役目はそれで事足りたんだろう。"大神官"だったアリアもそうだった。薬草なんて使う必要もないから、知っている必要もないという事か。
「薬草採取のクエストで毒草を持ち帰るのはまずいので、どれがそうなのか教えてもらってもいいですか?」
「毒草は毒草で使い道あるからそのままギルドに渡しちまえばいいさ。それを仕分けるのもあいつらの仕事だから」
「そ、そうですか……」
冒険者の中には知っているにも拘らずわざと毒草を薬草として提出する奴もいるくらいだからな。そういうのはきっちりやるだろう。
「と、とりあえず初めてのクエストを無事に達成できてよかったです。魔物にも出会いませんでしたしね」
「そいつはどうかな?」
「え? どういう意味ですか?」
「……冒険者ギルドに戻るまで気を抜くな、って事だ」
そういうや否や俺はセレナの服を掴み、乱暴に引き寄せる。目を白黒させるセレナだったが、今の今まで自分がいた場所に銀色の毛を光らせた狼の魔物が飛び込んできたのを見て、大きく目を見開いた。
「ま、魔物!?」
「シルバーウルフか」
素早い動きで足払いをかけ、浮き上がった体を拳で地面に叩きつける。断末魔を上げながら口から白い泡を吹いたシルバーウルフは、そのままぐったりと動かなくなった。
「あ、ありがとうございます」
恐怖に染まった顔でシルバーウルフを見ながらセレナがお礼を言ってくる。その体は小刻みに震えていた。聖女様は魔物とは無縁の存在だから、そうなるのもしょうがない事だろう。
「いい教訓になったな。魔物の生息地にいる時はいついかなる時も油断しちゃならない」
「はい……身に沁みました」
なんとか声が震えないよう我慢したようだが、体は未だに極寒の地に裸でいるようだ。だが、セレナが落ち着くまで待っている猶予はない。シルバーウルフは基本的に群れを成す魔物だ。今は気配を感じないから近くにいないにしろ、すぐにここへやって来るはず。早々にこの場を去るのが賢明な判断だろう。
「歩けるか?」
「……すみません。お恥ずかしい話なのですが腰が抜けてしまって」
「そうか」
あっさりそう言うと、俺はセレナの体を抱き上げた。
「レ、レオンさん!?」
「少しの間だけ我慢してくれ」
戸惑うセレナにそう言い放つと、すぐさま移動を開始する。薬草を探して少し森の奥の方まで来たから、このペースでいけば安全地帯までは十分ってところか。
森の中を駆け抜けながら腕の中にいるセレナの様子をうかがう。耳まで赤くしながら体を小さくしていた。まぁ、こんな形で運ばれると恥ずかしいのも無理はない。森を抜けるまでの辛抱だ。
「……レオンさん」
「ん? なんだ?」
走ってる途中でセレナが話しかけてきた。
「私に戦い方を教えてくれませんか?」
「え?」
予想外の言葉に思わず足を止めそうになる。
「レオンさんに守ってもらわなくてもいいように、なんて自惚れた事は言いません。ただ、あなたに守ってもらうための時間を稼ぐ手段が欲しいんです。……私には魔物以外にも敵がいますから」
……なるほど。自分の力も、自分の置かれている状況もしっかりと理解している。賢い女性だ。仮に、守ってもらわなくてもいいようにしてください、と頼んできたのであれば無理だ、と一蹴していた。適材適所という言葉がある。"聖女"のセレナが俺と同じように魔物を駆逐するのは無理な話だ。"
「……わかった。だが、それは魔物が犇めく場所じゃなく、安全な町の近くでな」
「よろしくお願いします」
セレナが少しでも自衛できるようになれば、護衛である俺にもメリットがある。まずは彼女に合う武器を探すところから始めるとするか。
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