第10話 悪名
来るもの拒まずの精神から扉のない入り口をくぐり、冒険者ギルドの中へと入っていった。多少視線が集まったが、それほど気になるものはない。しいて言えば、セレナに向けられる好色の目が鬱陶しいくらいだ。申し訳ないが我慢してもらうほかない。
王都バージニアとアオイワ、住んでる家も人もまるで違うというのに冒険者は変わらないから面白い。粗野でがさつで酒好きな奴らが殆どだ。俺は嫌いじゃない。
「ようこそ! 冒険者ギルド、アオイワ支部へ!」
適当に空いている受付カウンターの前に立つと、受付嬢がとびっきりの営業スマイルを向けてきた。毎度の事ながらどういう顔で受け答えすればいいのか困る。
「依頼を受けたいんだが」
「かしこまりました! ギルドカードはお持ちですか?」
「あぁ」
俺は懐から手鏡くらいの大きさの鉄板をカウンターに投げて寄越す。ギルドカードは冒険者の誰もが持っている身分証のようなものだ。これは魔道具になっているらしく、個人情報だけでなく達成したクエストの情報や現在受けているクエストなど、色々なものが魔法で記録されているらしい。
「はーい! それでは早速確認させていただきますね! …………え?」
それまでニコニコと対応していた受付嬢の笑顔が、俺のギルドカードを見た瞬間凍り付いた。そして、見る見るうちに真顔になると、頭を下げながらギルドカードをこちらへ突き返してくる。
「申し訳ありませんが、依頼を登録する事はできません」
「……どういうことだ?」
予想外の発言に思わず眉を潜める。これまで数えきれないほど冒険者ギルドを利用してきたが、こんな事を言われたのは初めてだった。
ゆっくりと上げた受付嬢の顔には僅かに怒りの色が滲んでいた。
「王都にある冒険者ギルドより通達が来ております。……実力が伴わない
受付嬢が俺の名前を呼んだ瞬間、それまで騒がしかった冒険者ギルドが一瞬にして静まり返った。……なるほど。そういう事か。
「勇者パーティ……レオンさん、あなた……!?」
「その話は後でする」
俺の素性を知らなかったセレナが驚きの声を上げるが、俺はそれを遮った。今はその話をしている場合じゃない。
「そういうわけで、あなたに依頼できるクエストはありません。お引き取りを」
丁寧な口調ではあるが明らかに冷たい声で受付嬢が言った。それと同時にギルド内で怒号が巻き起こる。
「さっさと失せろ! 冒険者の面汚しめ!!」
「雑魚のくせに勇者パーティでたかってんじゃねぇよ!!」
「このゴールドフィッシュが!!」
冒険者が嫌いなものが三つある。割に合わないクエストとぬるい酒、そして、強い冒険者に引っ付いて自分では何もやらずにそのおこぼれにあずかろうとする
それにしても、勇者パーティから除名されたのは知っていたが、まさかこんな形でされているとは思わなかった。そういえばセドリックにもシルビアにも言われたっけ。お前は邪魔だって。あれは本心からの言葉だったのか。あいつらは俺の事をずっとそう思っていたのか。
「…………はっ」
罵声混じりに木のジョッキを投げつけられながら思わず乾いた笑みが零れた。まったく……やってられねぇよ。
「……悪いな、セレナ。金策は他の方法を考える事にしよう」
「レオンさん……」
見なくてもその声を聞けばセレナがどんな顔をしているのか手に取るようにわかる。でも、そちらを見れない。なぜなら、俺の顔を見てほしくないからだ。
そのまま冒険者ギルドから出ていこうとした俺の手首を、セレナが力強く握った。少し迷ったが、仕方なくセレナの方を見た瞬間、体が硬直する。
「……どうして下を向く必要があるのですか?」
その瞳と同じくらい力強い声でセレナが言った。
「私を護ってくれたのは勇者じゃなくてあなたなんですよ?」
真っ直ぐに俺を見ながら放たれるセレナの言葉が、俺の体を貫く。
「私は自分の目で見た事しか信じません。そう決めたのです」
そう言ってセレナは周囲に冷ややかな視線を向けた。
「私はあなたを蔑んだりしません。人から聞いた事をだけを鵜呑みにして、その人の事を知ろうともせずに自己満足で攻め立てるような卑怯な人間にはなりたくないんです」
セレナの言葉を聞いたギルドにいた連中が一様にバツの悪い表情を見せる。いつの間にやら罵声はなくなっていた。
「だから――そんな顔をしないでください」
セレナが優しく笑いかけてくる。俺は今、どんな顔をしているだろうか。感情を隠すのは得意な方だと思っていたが……今は鏡を見る自信がない。
俺の腕から手を離すと、再び静まり返った冒険者ギルドの中をセレナが堂々と歩いていく。そして、他の連中と同様に何とも言えない表情を浮かべている受付嬢の前に立った。
「依頼をください。私達にはお金が必要なんです」
「で、ですから今申し上げました通り、本部からの通達で……!!」
受付嬢の言葉を遮るようにセレナが手を前に出す。そのまま勢いよく受付カウンターにその手を叩きつけた。
「レオンさんじゃありません。私にです。――今日から私も冒険者になります」
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